第十三話 『新たな常連ゲットの予感』
何故か、空気洗浄機に食い付いてきた元婚約者の王子様!
果たして、その真意は如何に……!?
……などという、ナレーションが脳内に響いた気がした。あちらサイドが物凄く必死だから、おかしなことも言えないし。真面目にやらないと、監視しているアストが怖いし。
つーか、意味が判らない! 遊ばなきゃ、やってられないって!
とりあえず、自己紹介をお願いしたところ、ご本人は初めてそこに思い至ったのか、顔を赤らめながらも名前を教えてくれた。
「す、すまなかった。私の名はアドルフ。隣国の第三王子で、この国の第二王女であるアマルティア姫の婚約者だった……と言った方が、君達には理解しやすいか?」
「私は聖です。……すでに『元』婚約者、でいいんですよね?」
「ああ。そもそも、この国に来た理由が婚約解消のためだからな。アマルティア姫自身に原因がある以上、王も自ら事情説明をせねばならんと判断したらしい」
婚約が解消された割に、アドルフ……さんは平然としている。どうやら、アマルティア姫に惚れていたとか、婚約破棄によって国益が損なわれたとかではない模様。
ややこしい事態になる可能性が遠のいたことに、安堵です……! 良かった、良かった。
「こちら側は巻き込まれたというか、先ほどお話したことが全てです。ちなみに、そこに居るエリクが殺された騎士ですよ」
「ほう? 彼がデュラハンか」
会釈するエリクに対し、興味深げな視線を向けるアドルフさん。エリクがデュラハンになったことは聞いていたらしく、『殺されたのに、そこに居るってどういうこと?』という疑問は抱かないらしい。
ただ、騎士達は警戒しているみたいなので、アドルフさんの性格も多大に影響しているのだろう。
というか、それが普通。ここはダンジョン、一般的な認識としては『魔物の巣窟』です。
寧ろ、こちらにあまり嫌悪感を示さない王子様の方が(立場的な意味でも)異常だろう。
そんな私の気持ちを感じ取ったのか、アドルフさんは苦笑した。
「君達のことや、このダンジョンの特異性を事前に聞いていたこともあるが、私は好奇心が強い性質でね。それに……その、こう言っては何だが、君達は私の知る魔物達とは違うように思う」
成程、外の魔物達が比較対象になっているのか。それならば、納得だ。確かに、ここの魔物達は外の世界どころか、他のダンジョンに居る同種達とも違うだろうよ。
「ああ、確かにそれはありますね。挑戦者達にもよく言われますよ? 『知的な獣人とか、脱落者を外まで運搬するヘルハウンドなんて、他では見たことない!』って」
「は……? 知的な獣人!? 獣人は獣が混ざった姿ゆえか、本能に忠実に生きる傾向にあると聞いているが……。だが、確かに、彼は粗暴な性格には見えないな」
困惑気味のアドルフさんに、私はふっと笑ってエディを指差す。
「うちのダンジョンで五指に入る賢さを誇っているのが、そこに居る獣人のエディです。ちなみに、趣味は読書。最近は魔術にも興味を持ち始めてますよ」
「それほどでもありませんよ、聖さん。私は本を読み、その内容について意見を交し合うのが好きなだけです。知識を得ること、それをより高め合うことが許されている環境というだけですよ」
「あはは! それだけなら、相談とかされないって!」
ご謙遜! と言いつつ、ひらひらと手を振る私、苦笑するエディ。そんな私達の会話を聞き、唖然とするアドルフさん。驚愕のあまり、硬直している模様。
……。
そうか、陽気なデュラハン・エリクに驚かない奴でも、『知的な獣人』は珍しいのか。
うちには『真面目な淫魔』やら、『戦闘能力皆無なダンジョンマスター』も居るんだけどな。
どうやら、うちは色々と規格外だったようだ。アドルフさんは唖然としているだけだが、護衛の騎士達から「俺達より賢くないか?」「言うなよ、馬鹿!」って聞こえたような。
「ま、まあ、貴女からして、人に友好的なダンジョンマスターのようだからな。愛玩動物のような見た目のネリアなども、聞いたことがない。少々、変わっていても不思議はないだろう」
「『イロモノ、多いね?』って、素直に言っても怒りませんよ?」
「……。自分で言うのも、どうかと思うぞ」
否定はしないんだね、アドルフさん……。視線を泳がせているとはいえ、その素直さと気遣いは好印象ですよ! 変に魔物を差別しない態度といい、良い人っぽいですな。
さて、自己紹介はここまででいいか。とりあえず、事情を聞かなければね。
「話を進めましょうか。このダンジョンは私の影響を受け、この世界にはない物も多く存在します。ご希望の空気洗浄機もその一環なので、譲渡や販売は考えてしまうのですが……随分と、そちらの皆さんは必死なようです。その事情をお聞かせ願えますか?」
話を切り出すと、アドルフさんは即座に纏う空気を切り替えた。そして、真剣な表情の中に憂いを滲ませて話し出す。
「我が国に存在する植物の中に、大量の花粉を飛ばすものがあってね。まあ、これは受粉しにくいという理由があるので、仕方がないと思うんだが……その花粉が問題なんだ」
「花粉、ね」
あれ、この先の展開が読めたような。ちらりと視線を向けた先の凪も、微妙な顔をしている。
「大量の花粉が舞う時期、多くの人が体に不調をきたす。医師や学者達の尽力によって、花粉が原因ということは判っているから、即座に植物を刈り取るなどの処置は取られるんだ。しかし、一度発症すると、非常に苦しむ」
「くしゃみとか、目の痒みとか、鼻水ですか? 酷い場合は、発熱するかもしれませんが」
深刻そうな様子のアドルフさんに対し、私が口にしたのは命に関わるような症状ではない。エリク達もそれを不思議に思ったのか、困惑気味な視線を私へと向けてくる。
……うん、その気持ちも判る。これ、『ある特定の人達限定』な症状であって、私にはその辛さが判らないもの。
だが、しかし。アドルフさんはカッと目を見開くと、身を乗り出して私の手を握り締めた。
「そう! その通りだ! あの苦しさ、辛さを判ってくれるだけでなく、知っているとは……」
「い、いや、そこまで共感してませんよ!? ただ、私の居た世界にも同じ症例があったので」
人はそれを『花粉症』と言う。確か、花粉が引き金となって起こるアレルギー反応だったような。
花粉症は病気の一種ではあるけれど、命に関わるものではなかったはず。一般的な認識としては、ただひたすらに辛いと評判の、季節限定・人類の敵ですな。
「書類を見るだけでも厳しいのに、人に会わなければならない時は最悪だ。あの苦行の中、王族としての威厳を保てなど……無茶を言うな!」
ダン! とテーブルに拳を叩きつけて力説するアドルフさん。語られた内容は、彼のような立場だからこそ深刻なもの……確かに、洒落にならないだろう。本人的にも情けない。
「それで、空気洗浄機に反応したんですか」
「ああ! 画期的な治療法がない以上、状況の改善を図るしかない。花粉がどうにかできるならば、我が国は君達と有効的な関係を結ぶことを約束しよう」
劇的な治療法がないのは、この世界も同じらしい。
だからと言って、安請け合いするのもどうかと思う、この案件。
だって、確実に効果があるかなんて、判らないじゃん!(本音)
かと言って、このまま帰すのも忍びない。アドルフさん、本当~に必死なんだもの。
「ええと……とりあえず、効果を確かめてからでも遅くないと思いますよ? あと、他にも対策用品があるので、数日いただければ、サンプルとしてお渡しします。それで効果があったら話し合い、ということにしませんか? こちらにも準備が色々とありまして……」
問題の先送りと言うなかれ。幾つかの品を通販する必要もあるし、銀髪ショタ(神)に空気洗浄機の譲渡の是非をお伺いせにゃならんのだ。譲渡が駄目なら、製作です。
いくら効果があっても、この世界に根付かせない方がいい技術という可能性もある。
許可が出たら、異世界の技術を知ってテンションが上がりまくっているドワーフ――物作り大好きなアンデッド。アストの銃もこの人作――に協力を仰ぎ、この世界版・空気洗浄機の製作となるだろう。
そういった事情――銀髪ショタ(神)のことは暈した――を話すと、アドルフさんは快く納得してくれた。
曰く『そういった危機感を持つのは、悪いことではない。いくら必要でも、何らかの不都合が起きるならば自粛すべき』だそうな。
真面目です。とても真面目で、相手の事情も考えてくれる良い人です……!
「では、十日後にまた訪ねてもいいだろうか」
「多分、大丈夫です。良いお知らせができるといいんですが」
「無理は言わんよ。だが、前向きに考えてくれると嬉しい」
次の約束をして、アドルフさん達は去って行った。実に気持ちの良いお別れだ。
――その後。
「聖……本題がずれていませんでしたかねぇ?」
「一応、話したよ。アマルティアに対する理解があったお蔭で、あっさり終わったけど」
「だからと言って、次の約束をしてどうするんですか……!」
モニター越しに全てを見ていたアストから、お小言を食らったのだった。『この世界への貢献』っていう意味では正しいんだから、いいじゃない!




