第十一話 『意外な人の来訪』
『他国の騎士が置手紙していきました』な報告を受け、私とアストは一階層の事務室へと向かった。途中で会ったエリクとルイも合流し、連絡をくれた獣人の一人から手紙を受け取る。
ちなみに、手紙はすでに安全を確認済み。アスト曰く、『魔術が仕掛けられていることもありますから、まず安全を確認する必要があります』とのこと。
爆弾とかはないみたいだけど、封筒を開けた途端に魔法が発動する……なんてこともあるそうな。さすが、異世界……!
「……で。これがその手紙なんだよね?」
「はい。確認のために開封し、中身を確かめてありますが……」
そう言いながらも、手紙を手渡してくれた獣人は困惑気味だ。不思議に思って周囲を見回すと、一緒に手紙を確認したらしきゴースト達――彼らにダメージを与えられる魔法や武器は限られているため、安全確認要員である――も同様。
んん? 何で、皆揃って困惑してるんだ? 妙なことでも書かれていた?
首を傾げるも、視線で手紙を読むように促される。ちらりとアストに視線を向けるも、肩を竦めるばかり。……アストにも、理由が判らないらしい。仕方がないので私が代表で手紙を手に取り、手紙に書かれた文章を目で追う。
「えーと……はぁ!?」
「どうしました、聖」
唖然とした私に、アストが訝しげな目を向けてくる。エリクとルイも心配そうな視線を向けてくるが、私は彼らの様子を気にする余裕などなかった。……驚き過ぎて。
「いや、あの……アマルティアの婚約者……元婚約者、かな? その人が話を聞きたいってさ」
『は?』
皆の言葉が綺麗にハモった。ただし、エリクは目を据わらせ、ルイは不快そうな表情となり、アストは呆れた表情になる、という差はあったけど。
「何ですか、それ。あの女、また自分に都合のいいことでも言ったんですか?」
「いや、それだけじゃないみたい。『王直々の謝罪と共に、事情説明をされた』ってあるから、それが切っ掛けになって興味を抱いたみたいだよ。……ただし、『アマルティア姫自身の言葉と、事情説明に差が見られたため』ともあるけど」
不機嫌そうなエリクの言葉に、一応、手紙に書かれている事実を告げる。うーん……ダンジョンに興味を持ったのも事実だけど、あの一件の確認もしたいってところだろうか。
だが、アストは元婚約者サイドの対応に納得したらしく、頷いて理解を示していた。
「おそらくは、どちらを信じていいのか判らないのでしょうね。こう言っては何ですが、王の言葉は『表向きの事情』と判断されてしまう場合があります。まあ、この国にとって重要なのは『真実』ではなく、『建前』でしょうしね」
「そういうもの?」
「個人同士の遣り取りではありませんからね。外交事情込みでの政略結婚だった場合、やはり真実は気になると思いますよ」
「それもありますが、アマルティア姫がどのような態度を取っていたかにもよると思います。彼女の本性を知らなければ、王の説明に納得できないかもしれません」
「……そういうことです。はっきり言ってしまえば、ルイの言葉が当たってしまった場合が厄介ですね。我々は魔物、あちらは猫かぶりの性悪女とはいえ、王女。こちらの正当性を証明するにしても、最初から我々に対する感情はマイナスでしょう」
「うぇ……面倒な」
「あの女、やっぱりろくでもねぇぇぇっ!」
冷静なルイの言葉を支持しつつも、更に最悪の事態へと掘り下げるアスト。頭を抱えるエリクだけでなく、顔を顰める者が続出する。……が、嫌なことにアストの言葉を否定できる者はいなかった。勿論、私も同様。
「ってことは、こちらが事実を伝えたとしても、納得しない場合もあるってこと?」
「その可能性もあります。まあ、このダンジョンへの興味が強いだけだった場合、アマルティア姫のことは事実確認程度でしょうが……」
アストは言葉を濁すが、すんなり納得してもらえるとは思っていないのだろう。ルイも難しい顔で黙り込み、誰の口からも楽観的な意見は出なかった。
「とりあえず、返事を書いておこうか。『翌日、返事を受け取りに来る』って書いてあるから、こちらの返事自体は明日伝わるとして……『三日後に場を設ける』とでも書いておけばいいかな?」
とりあえずの提案をすれば、皆の視線は揃ってアストへと集まった。皆の視線を一身に浴びながら、アストは暫し考えるように目を伏せ……やがて、頷いた。
「……そうですね、それくらいが妥当でしょう。あまり日を置いても、何かを企んでいると邪推されかねません。この国への滞在期間も不明ですし、さっさと終わらせましょう」
「よっしゃ、嫌なことはさっさと終わらせよう!」
「聖、あからさま過ぎますよ」
アストは呆れるが、私は肩を竦めて反論を。
「いいじゃん。どう取り繕っても、アマルティアのことは私達にとって『嫌なこと』だよ。説明しても納得しなければ、このダンジョンの利用禁止措置を取るだけだよ? 優先順位はここで暮らす皆だもの。エリクだって、いつまでも引き摺っていたくないでしょ?」
「勿論です! 感謝します、聖さん!」
「だよねー! ほら、私達が正しい」
「ふふ、僕も二人に同意します。ダンジョンの改装もありますし、さっさと終わらせるべきかと」
「ルイ……」
キャッキャとノリ良くハイタッチする私とエリクに、ルイが苦笑しながらも後押ししてくれる。そんな私達の仲良しな姿に、アストはジト目を向け……やがて、諦めたように溜息を吐いた。
「事情説明の席では、感情のままにあれこれ口にしないでくださいね?」
「嫌だな、アスト。嫌なことを終わらせたいんだから、そんな真似はしないよ?」
そこまでお馬鹿じゃない! と胸を張れば、アストが生温かい目を向けてくる。
「いえ、聖はさらっと本音を呟きそうなので」
確かに、それは否定できないね。
※※※※※※※※※
――そんな遣り取りがあった三日後。
「時間を取ってもらって済まないな、ダンジョンマスター」
私達はアマルティアの元婚約者を迎えていた。勿論、彼が一人で来たわけではない。それでも護衛の騎士が五人程度なのは、一応、こちらに配慮したと見るべきだろう。
あれです、『争いに来たんじゃありません。威嚇する気もありませんよ』ってやつですな!
隣国の第三王子という彼の見た目は、眼鏡をかけたインテリ系。いかにも賢そうというか、アマルティアに騙されそうにはない雰囲気を持つ青年だった。
「ようこそ、と言わせていただきますよ」
「ふむ、こちらが無理を言った割には、普通に接してくれるのだな?」
「『あの』アマルティア姫の婚約者だった方ですから。意外と言うか、気の毒と言うか……とにかく、優しい目で見てあげたいなっていう心境です」
本当にな。いくら政略結婚とはいえ、気の毒過ぎる結婚相手だろう。いくら婚約が解消されたとはいえ、これまで大変だったと思う。
我らダンジョン面子一同、貴方には同情しておりますとも。
「……」
「……」
微妙な表情の元婚約者の王子様と、哀れみを多分に含んだ表情の私は暫し、見つめ合い。
「……。君達に同情を向けられる必要性は感じないが、言いたいことは理解した。そうか、君達も彼女の被害者だったな。彼女の本性を知っていても不思議はないか」
疲れたような元婚約者の王子の言葉に、私はどこか仲間意識を感じ取って肩の力を抜いた。
こちらの言いたいことを察していただけて、何よりです。さて、話し合いをしましょうか。




