第八話 『新たな仲間と友好を 其の三』
サモエドを創造して早数日。エリクや私に連れられ、大半の身内――ダンジョン内の魔物達――との顔合わせも済んだサモエドは、すっかりここの一員として認められていた。
ただし、サモエドはここにおいて最年少。その幼さもあって、皆は子犬か幼い子供に接するような対応をしてくれている。勿論、そうなるまでに多少の戸惑いはあったのだけど。
フェンリルの幼体ということもあり、どうやらサモエドの基礎能力は高いらしい。魔物の本能ゆえか、皆にはそれがはっきりと判ることが戸惑いの理由。まあ、対応に悩むわな。
だが、サモエドの無邪気っぷりが功を奏し、『能力は高いけど、今は無邪気でお馬鹿なワンコ』的なポジションを確立していた。
つまり、愛玩犬としての扱いが決定しました。サモエド、笑顔(と毛並み)の勝利です。
ふっかふかな毛並みも、その評価に一役買ったことは言うまでもない。
アスト曰く『普通は自分達よりも上位と認識し、慣れ合うことなんてありませんよ。警戒します』とのこと。
どうやら、皆は現ダンジョンマスターである私の影響を受け、『ダンジョンの魔物達は皆家族! 俺達は仲間!』的な発想に至る場合が多い模様。
そ う か 、 殺 伐 思 考 は 欠 片 も な い と 。
我 な が ら 、 凄 ぇ 平 和 な ダ ン ジ ョ ン だ な !?
……。
いや、私としては問題ない……というか、大歓迎なんだけど。
真面目な補佐役アストが頭を抱え、勝手に色々と悩んでいるだけさ。銀髪ショタ(神)も面白がっている――すっかりメル友です――あたり、アストの苦労は続くのだろう。合掌。
……で。
本日はルイに付き合ってもらいながら、改装中のダンジョンの見回りをしております。
「へぇ……随分と皆に可愛がられているんですね。僕はまだサモエドに会ったことはありませんけど、姉さんがとても喜んでいましたよ。『可愛い』って」
「あ~……ソアラなら、そういう評価になるでしょうね」
どうやら、ルイもサモエドが気になっているらしい。というか、皆の話を聞いた結果、サモエドが謎の生物に見えているのではないかと思う。
何せ、サモエドは見た目こそ『笑顔の家庭犬・サモエド』だが、実際はフェンリルの幼体である。そして、ルイは真面目な性格をしているので、日々、勉学に余念がない。
結果として、ルイの持つフェンリルのイメージと、聞こえてくるサモエド(ダンジョン産)の評価が一致しないのだ。姉であるソアラの言葉もあり、首を傾げる事態になっているのだろう。
「僕はフェンリルを恐ろしいもの……いえ、こういった言い方はよくありませんね。戦闘能力が高く、それゆえに下位にある魔物達を見下すような性格の魔物と認識していたんです。ですが、姉さんや皆の話を聞く限り、別物のように思えてしまって」
言いにくそうに、けれど正直に言ってくれるルイには好感が持てる。そもそも、フェンリルの知識を持つ人達にとっては、こういった疑問を抱くことが当然なのだと思う。
「まあ、ねぇ……。でも、フェンリルの本来の性格って、そんな感じなんだ?」
「気位が高いのは事実でしょうね。慣れ合うような性質でもないと思います」
誇り高いからこそ、そして強いからこそ、他者と慣れ合うことをせず。
弱者に厳しいからこそ、たやすく人に慣れない孤高の狼。それがフェンリル。
様々な意味で強者たる存在ゆえに、人はフェンリルを恐れながらも憧れるのだろう。
人はたった一人で生きていけるわけじゃない……そんな強さを持っていない。だからこそ、それらを持ち合わせる存在に対しては自然と、畏怖するようになる。
自分を『弱い』と認識するゆえの、無意識の判断。だが、それは悪いことではないだろう。そういった感情がもたらす危機感や、様々な感情を持ち得るからこそ、人は生死を分ける場面において、生き長らえようと足掻くのだから。
「まあ、とりあえず会ってやってよ。ソアラから聞いているだろうけど、サモエドは本当に無害なワンコだから。今はエリクが散歩させてるんじゃないかな」
安心させるように提案すると、ルイも微笑んで頷いてくれた。
「勿論です。個人的に、このダンジョンの戦力が強化されるのは歓迎すべきことですし、姉さんや皆の言葉を疑う気もありません。聖さんが創造された以上、サモエドも僕らの仲間です」
「うん、ありがと。可愛がってやって。あの子、本当にお子様なんだよ」
「はい! 未知数だからこそ、鍛え甲斐があるとも言えますしね」
安堵を覚えつつ、ルイと微笑み合う。アスト寄りの発想をするルイだが、サモエドのことは受け入れてくれるらしい。『ダンジョンの戦力』という意味でも、歓迎すべき事態と思っている模様。
――後々、フェンリル(成体)が加わることが確実ならば、今はその成長を見守る時。
ルイはこんな風に考えているようなので、サモエドの教育にも一役買ってくれることだろう。
……で。
私達はサモエドのお散歩コースである、ダンジョン内にあるネリア達の登場区域――森林エリア。空がないだけで、基本的には森の中を彷徨うのと変わらない――に来たわけですが。
「ほーら、サモエド。楽しいかー?」
「キュウ! キュウキュウ!」
「「……」」
一本の木に、サモエドがなっていた。……訂正、エリクの手を借りて、サモエドが木登りに挑戦している真っ最中。自然と、私とルイの目が生温かいものになる。
「……。あのさ、エリク。一体、何をしているの?」
「あ、聖さん! ……っと、ルイも一緒か」
「こんにちは、エリクさん。僕は聖さんの護衛がてら、ダンジョン内の散策です。未だ、改装が済んでいない場所もありますから、意見を交し合う必要もありますし」
「ははっ! その通りだ」
エリクは愛犬の散歩の最中に知り合いと会ったが如く、笑顔で私達と会話を交わしている。……いや、エリクさん。微妙に引いているルイに気付こうよ。あんた達、仲良しじゃん!?
「……で? エリクとサモエドは一体、何をしているの?」
改めて問いかければ、エリクは視線をサモエドに移し。
「木登りですよ。サモエド、ネリア達と同じことがしたいらしくって」
「「……」」
いや、犬は木登りしないだろ。エリクも何で、手助けしてやってるのさ!?
「エリクさん……その、サモエドの手助けをしてやろうという優しさは判りますが、犬……じゃなかった、狼は木登りをしないかと」
「まあな、俺もそう思ったよ。でもさ、上からネリア達が『早くおいで』って呼ぶんだよ。サモエドにとっちゃ、ネリア達は身近な毛玉だろ? 置いて行かれるのが、寂しいらしくてな」
「身近な毛玉……」
エリクの言い分に、ルイは顔を引き攣らせる。ネリア(猫型毛玉)とサモエド(犬型毛玉)は仲が良いので、エリクの言い分も間違いではない。間違いではないんだけど!
上を見上げれば、ネリアの子供達が鳴いてサモエドを呼んでいる。体こそサモエドに比べて小さいが、ネリアの子供達はサモエドの『お兄ちゃん』と『お姉ちゃん』なのだ……そりゃ、末っ子のサモエドは後を追いたがるわな。
う~ん……エリクがそういった言い方をするのも理解できる、かな? 私達は人型なので、サモエドからしたら、別の種族に見えちゃうのかもしれないし。
「それで、この状態なんだ……」
現在、サモエドは木にしがみ付いている。エリクが下から支えているので、頑張れば上に行けるだろう。……そこから、どうやって降りるのかは知らないが。
「というか、エリクさんは重くないんですか? サモエドは結構大きいですけど」
「ああ、俺も最初は驚いたんだけどさ。サモエド、体の大半が毛なんだよ。そりゃもう、ふっかふか! アスト様が『見た目はともかく、サモエドは間違いなくフェンリル』って言ったのも、『その状態でさえ力が強い』ってことなのかもな」
「なるほど。本体は未だ貧弱なのに、大の大人を押し倒す力があるなら、納得ですね」
「だよなー! 飛びかかからないように躾けないと、危ないぜ」
納得の表情で頷くルイに、同意するにエリク。対して、サモエドは木登りが楽しいのか、上機嫌で上に行こうと奮闘中。
サモちゃん……ワンコの足とか爪って、木登りするようにはできていない気がするんだけど。
私の温い視線を感じ取ったのか、サモエドが私を見た。そして、顔を輝かせると、唐突に木登りを中断し、私へと飛び掛かる。
「ちょ、おい! サモエド!」
慌てたようなエリクの声を聞きながら、『ああ、また涎と毛塗れコースか』とある意味、達観した感想を抱く私。……しかし、いつまで経っても衝撃は訪れなかった。
「サモエド。君にとって聖さんは親のような存在かもしれないけど、それ以上に主なんだよ? いきなり飛び掛かったりすれば、危ないだろう?」
「キュ、キュウ……クゥーン……」
私はルイの背に庇われていた。どうやら、ルイが咄嗟に庇ってくれたらしい。……ん? サモエドはともかく、何でエリクまで顔を引き攣らせているのさ?
「子供だといっても、君の力は強い。聖さんに迷惑をかけたいわけじゃないよね?」
「キュウ! キュウキュウ!」
「うん、良い子だね。僕達は聖さんを守るために存在するんだから、迷惑をかけては駄目だよ。君だって、聖さんが好きだろう?」
「キュウ!」
必死に弁明(?)するサモエドに、ルイは満足そうな顔で頷いた。どうやら、無事に意思の疎通ができたらしい。しかも……サモエド、ルイを自分の上位に認定してないか?
ただ、一つだけ訂正を。
「あのさ、ルイ。確かに私はダンジョンマスターだけど、自分を最優先にしろとは思わないからね? エリクみたいに恋を見つけても良し、商売に情熱を燃やしても良し! だから。私は絶対者になりたいわけじゃないよ」
「!」
そう告げれば、ルイどころかサモエドも私をガン見し。次の瞬間、嬉しそうに破顔した。
「そういう貴女だからこそ、僕達は大事なんですよ」
「キュウ!」
「そう? よく判らないけど、ありがとう」
三人で微笑み合う。ほのぼのとした空気が流れる中、エリク一人ががっくりと落ち込んでいた。
「聖さんは別格だけど、ルイの言うことには従うのかよ、サモエド……! 教育係は俺だぞ!?」
エリクよ、ワンコは縦社会だ。時には上位の存在として振る舞うことも大事だと思うよ?




