第七話 『新たな仲間と友好を 其の二』
あれから、私達は揃ってサモエドの散歩……という名のお披露目に出発。サモエドの反応を見るため、今回はアストも同行。
「まあ、新しい子かしらぁ?」
「ソアラさん! お会いできて嬉しいです!」
「うふふ、今日も元気ねぇ」
大人しくリードを付けたサモエドを連れて早々、こちらに気付いたソアラが話しかけてくれた。想い人の登場にエリクが顔を輝かせるが、ソアラは笑って挨拶を交わすのみ。
居住区のバーを任されている淫魔の一人、ソアラ。彼女は種族の特徴とも言うべき色っぽい見た目のお姉さんだが、その性格は『面倒見のいい、皆のお姉ちゃん』。
弟と共にバーを切り盛りする彼女は、デュラハンとなったエリクの想い人であ~る。
ソアラはサモエドを『新たに創造された仲間』として認識したらしく、サモエドの前で膝を着くと、視線を合わせて微笑んだ。
「真っ白の毛並みの可愛い子ねぇ。ええと……種族は何かしらぁ?」
種族の特定まではできなかったようだけど。ああ、アストが呆れた目を向けてくる……!
「それはフェンリルの幼体ですよ。名前は『サモエド』です。ただ、例の如く聖が勝手なイメージを抱いたまま創造したので、随分と平和な顔をした犬にしか見えません」
「い、いいじゃん! エリクだって喜んでいるんだし!」
「そうですよ、アスト様! サモエドはこれでいい……いえ、このままがいいんです!」
「こ……この、二十一歳児どもが……!」
私とエリクの抗議に、青筋を立てるアスト。そんな私達の遣り取りも慣れっこなのか、私達を綺麗にスルーして、ソアラはサモエドに話しかけている。
「そうなの。ふふ、宜しくね? サモエドちゃん。私は淫魔のソアラよ。弟と一緒に居住区のバーを任されているから、いつでも遊びにいらっしゃいね?」
「キュウ!」
サモエドは嬉しそうに鳴くと、片前足をひょいっと上げた。ソアラはサモエドの前足を握ると、「宜しくね」と言いながら握手(?)する。
……。
会話できてるじゃん、サモエド。しかも、妙に社交的な性格をしている模様。
「偉いぞ、サモエド! 俺が教えたことを覚えて実践するなんて!」
「キュウ!」
「あらぁ、エリクさんの仕込みだったのねぇ」
「はい! 俺、犬を飼うことに憧れていたから、嬉しくって!」
ブンブンと尻尾を振るサモエドを間にして、ソアラとエリクは楽しそうに会話をしている。……時々、サモエドの頭を撫でてやることも忘れないあたり、二人ともサモエドを気に入ったらしい。
「ですから、『それ』は犬ではないと……!」
一人、アストが頭痛を覚えているようだけど、気にしない! はは、いいじゃないか、アスト。ここは『殺さずのダンジョン』なんだから、愛されるマスコットがいても不思議はないって。
「いいじゃん、二人とも喜んでいるみたいだし。この分なら、挑戦者達からも可愛がられそうだよ? もうさ、このダンジョンのマスコットでいいと思う」
「ひ・じ・り? 貴女は一体、何のためにサモエドを作ったんでしたっけねぇ……!? 誰が、平和な顔した犬モドキを作れと言いました!? ここはダンジョン! 多くの人が富と名声を求めて挑むダンジョンなのですよ!?」
「判ってるって! でもさ、私達と挑戦者は敵対しているわけじゃないでしょ。こちらに悪意がないと判らせる意味でも、親しみやすい個体は必要だと思うんだ」
そういった意味では、サモエドは優秀だと思う。いつまでこの姿かは判らないが、アストの話を聞く限り、数十年は幼体のままだろう。
ソアラの反応を見ても、一定数は居るという『可愛いもの好き』な人々からすれば、大歓迎される見た目と人懐っこさじゃないか。
そもそも、サモエドは本当~に子供なんだと思う。サモエドの『キュウ』という、妙に甲高い鳴き声って、子犬とか赤ちゃん犬を物凄く連想させるもの。
犬として見れば成犬並みの大きさだけど、フェンリル基準だとマジで産まれたばかりのお子様なんじゃないか?
「まあ、このダンジョンの運営方針に沿っている個体ではあると思いますが……」
「でしょう? ネリアだと警戒されそうだけど、サモエドなら皆のマスコットになれると思う!」
アストは暫し、目を眇めて黙り込む。彼なりに、『ダンジョンのマスコット・サモエド』としての価値を考えているのだろう。
サモエドは戦闘能力という点ではまだまだ未知数――飛び掛からない限り、安全だと思う――だが、接客という意味では最適なのだ。
しかも、サモエドはぬいぐるみのような愛らしい見た目に反し、物凄く強くなる可能性を秘めている。
基本的にアストは真面目なのだ。何だかんだ言っても、戦闘能力皆無なダンジョンマスターである私を守ろうと、常に心を砕いてくれている。
私が死ねば、このダンジョンはリセットがかかってしまうため、皆のことを守ってくれていると言っても過言ではない。
いくら私が『ここは娯楽施設です。誰も死なないよ!』と言ったところで、信じてくれる人達ばかりではないのだ。寧ろ、無害なダンジョンマスターと認識したからこそ討伐可能と判断し、打ち取って名声を得ようとする輩が出ても不思議じゃない。
アストが考えているのは、『サモエドの有効性』。外の人間達からダンジョンが狙われないようにするためにも、彼らと友好的になる要素として使えるならば、サモエドには十分な価値があるのだから。
「……判りました。サモエドはこのまま、ダンジョンのマスコットになってもらいましょう。将来的にどういった見た目になるかは判りませんが、成長過程を挑戦者達に見せることによって、成体になっても『無害なフェンリル』という認識をしてもらえるやもしれませんし」
「無害なフェンリル……」
「何か文句がおありで?」
「いや、ない」
睨まれながら問われても、『いいえ』しか言えませんよ、アストさん。ま、まあ、作り出した私から見ても、平和そうな顔をしていると思うけど!
「とりあえず、使い道があって何よりです。これで犬と何ら変わりなかったら、ただの愛玩動物になるところでした。百年後くらいに立派なフェンリルになれば、良しとしましょう」
そう言って、アストは肩を竦めた。その表情がどことなく穏やかに見えるので、アストもマスコットとしてのサモエドを受け入れてくれたのだろう。
会話を終えた私達の視線は自然と、サモエドへと向く。サモエドは相変わらずソアラやエリクにじゃれており、魔物というよりは完全に犬だった。
「ふふ、サモエドは人気者になりそうねぇ。このダンジョンのネリア達は可愛いけれど、外の世界のネリアを知る人達にとっては、等しく警戒対象だもの。見慣れないこの子の方が、人が寄っていきやすいと思うわよ? 聖ちゃん」
「あ~……やっぱりそう思う?」
「ええ。だって、このダンジョンの魔物達の方が特殊なのよ? 挑戦者達の生活の場はここではなく、外の世界だもの。どうしたって、警戒心は消えないでしょうねぇ」
「ここの魔物達と同じように接したら、命の危機ですからね。ソアラさんの言うように、完全に警戒心を忘れることはないって、俺も思います」
ソアラに続き、エリクも彼女の意見に同意を示す。エリクは生前騎士だったので、特にそういった考えになるのかもしれなかった。エリクの騎士としての経験は、今でも彼の中に生きている。
いくら可愛くても、相手は魔物。弱肉強食の世界で生きる者達だからこそ、その本能はそう簡単に消えるものじゃない。
群れる種だったとしても、それは同じ。ネリアの凶暴性とて、そんな世界で生き抜くための『才能』なのかもしれないじゃないか。
「じゃあ、最初に考えた方針の通りだね。サモエドは誰かに同行してもらいながら、ダンジョン内の魔物だけじゃなく、挑戦者達にも慣れさせよう。暫くはリード付きで、いきなり飛び掛からないように躾ける……ということでいいかな」
「いいと思います。今のところ、サモエドが自分の力強さを自覚していないことのみが問題ですから、飛び掛かる癖さえ何とかなれば、大丈夫でしょう」
アストの後押しを受け、サモエドはめでたく『ダンジョンのマスコット』に決定。
……エリクだけでなくソアラも嬉しそうなので、今後はサモエドを可愛がる人達――魔物・挑戦者問わず――が続出するかもしれないね。
「キュウ!」
そんなことを考えていたら、サモエドが後ろ足で立ち上がって私にじゃれてきた。咄嗟に抱き留めてやると、サモエドは嬉しそうに私の顔を嘗める。
「わっ……と! サモエド、あんたって本当に人懐っこいね。これから宜しく」
「キュウ! キュウ!」
「……。やっぱり一番懐いているのは聖さんかぁ」
「まあ、聖が親のようなものですし」
「うふふ! 微笑ましいじゃない」
微妙に残念そうなエリクを慰める、アストとソアラ。そんな彼らの声を聞きつつ、私はサモエドにじゃれつかれていた。
……。
あの、誰でもいいから、そろそろサモエドを止めてくれませんかね? このままだとサモエドの涎でベトベトになるし、重いんですけど。
つーか、すでに抜け毛が服にべったりです。少しは加減を覚えような、サモちゃんや。




