第六話 『新たな仲間と友好を 其の一』
「ははっ! お前、可愛いなー」
「キュウ!」
新たに創造したサモエド――犬ではなく、フェンリルの幼体……のはず――はアストにじゃれると、次はエリクに標的を定めたようだった。ただ、アストと違って、エリクは大歓迎な模様。
「俺、昔から犬が飼いたかったんですよ。自分だけで精一杯だったし、騎士なんて、いつ任務で長期間家を空けるか判らなかったから、諦めていたんですけど」
「あ~……今回、願いが叶った感じ?」
「はい!」
あらあら、エリクは本当に嬉しそう。対して、サモエドに飛び掛かられた衝撃でずれたモノクルを直していたアストは少々、遠い目になっている。
「それはようございました。はあ……そんな見た目でも、一応、フェンリルですね。犬と比べて、やはり力が強い」
「あ、やっぱり違った? 今でも中型犬くらいの大きさはあるから、そこそこ力が強いとは思っていたけど」
「間違いなく、犬ではありませんよ。その証拠に、足は随分と太い。将来的にはかなりの大きさ……フェンリルの成体になることだけは間違いないようです。……確実と言えるのは、大きさと力強さだけ、ですが」
アストの言葉にサモエドへと視線を向ける。エリクにじゃれつく姿は本っ当~にワンコなので、『大きくなったら、凶暴そうな灰色狼になるかもしれません』と言われても、ピンとこない。
「このまま大きくなるにしろ、最低限の躾は必要だと思いますよ?」
「ああ、大型犬の躾みたいな感じ? 『いきなり飛び掛からないようにする』とか?」
「挑戦者の方達の安全を確保したいならば、必須でしょうね。幸い、人懐こい性格のようなので、無暗やたらと噛み付くようなことはないと思いますが……今のように、飛び掛かられると危険です。幼体だけあって思考も幼いようですから、言い聞かせるというよりも『躾』でしょうね」
ふかふかなワンコに悪意はない。……が、サモエドの体はそれなりに大きく、力も強い。最低限、飛び掛からないようにしておかなければ、その内、怪我人が出てしまうだろう。
ここは娯楽施設『殺さずのダンジョン』。スタッフが客に怪我をさせるなど、あってはならない。
「ってことは、私がしっかり言い聞かせればいいかな? 一応、飼い主認定されてると思うけど」
基本的なことを口にすれば、アストも暫し首を傾げ。
「それだけなく、ダンジョンや様々な種族の者達に慣れさせるべきでしょう。貴女は勿論、このダンジョンの者達が仲間ということは理解できているでしょうが、挑戦者達は完全に外部の人間です。仲間を守ろうとする意識から、危害を加えようとするかもしれませんよ」
――それが本来、創造された魔物に根付いている『本能』のような物ですから。
付け加えられたアストの言葉は重い。このダンジョンにそれが適応されないのは、私自身の『命令』があるからだ。それがアスト曰くの『本能』を抑え込み、挑戦者達への力加減に繋がっている。
はっきり言うと、このダンジョンの魔物達の優先順位は私、アストと続き、次は自分を含めた魔物達。悪意はなくとも、うっかり……な展開がないのではなく、魔物達が気を付けているだけ。
「じゃあ、皆に散歩とか頼もうかな。この状態で挑戦者と会った時は説明が必要だろうし、暫くは様子見だね。人型の魔物にダンジョン内での散歩をお願いして、挑戦者達に顔を売ろう」
「集団行動などは、ネリアやヘルハウンド達に任せてもいいかもしれません。サモエドがダンジョンのスタッフとして活動するなら、手下に見えるようなフォロー役になれると思います」
「手下と見せかけて、お守りか……」
『一般的なフェンリルの場合』:中ボスとかラスボス系の扱い。大将格。
『サモエドの場合』:ネリア達に引率されて挑戦者と対峙する『マスコット』。
……。
うん、この発想は多分、間違ってない。
挑戦者の皆さんからはその違いが判らない――ボスに引き連れられている魔物は基本的に、ボスを守るような動きをするらしい――から、スタッフとしてサモエドを投入する際は、ネリアやヘルハウンドといった獣系魔物にお願いしよう。
挑戦者とエンカウントした際、喜色満面にじゃれ付いたりしなければ、犬に似た魔物として見てもらえるだろう。……フェンリルの幼体と思われるかは別として。
「じゃあ、その方向で! とりあえず、皆との顔合わせだね」
アストと頷き合って、今後の方針の確認を。そして、私達はエリクとサモエドに伝えるべく、一人と一匹がいる方を向き――
「よーし、よーし、サモエド、お手! おお、賢いな!」
上機嫌でサモエドを犬扱いをしているエリクと、すっかりエリクを『遊んでくれるお兄ちゃん』と認識したらしい、笑顔のサモエドを見る羽目になった。
思わず、二人揃って生温かい目を向けてしまう。おーい、お二人さん……いいのか、家庭犬扱いで。
「とりあえず、サモエドの顔見せに行きますよ。未だ、不慣れでしょうし、リードを付けた方が良さそうですね。エリクが可愛がっているようですし、リードは彼に持たせますか」
「マジで!? やりぃ! 散歩に行こうぜ、サモエド」
上機嫌なエリクに触発されたのか、サモエドも嬉しそうに飛び跳ねている。実に微笑ましい光景だが、片方は結構な不幸の果てに、このダンジョンに取り込まれたはずなのだけど。
「『王家が絡んだ騒動に巻き込まれた挙句に殺され、このダンジョンの魔物――デュラハン――として復活。その影響で、今後はダンジョンに閉じ込められ、自分を蘇らせたダンジョンマスターに忠誠を誓う羽目になった騎士』ってのが、エリクの過去なんだけどねぇ」
マジで楽しそうですね、エリクさん。『憂いの騎士様』っつー設定は、どこに行きましたか。
「あの様子を見る限り、エリクは本当に人間としての生活に未練がなかったのでしょう。まあ、嘆かれるよりは良いのですが、ああも順応されますと……」
こそこそと会話をする私達に気づかず、エリクはサモエドへと真剣に話しかけていた。
「いいか、サモエド。アマルティアっていう、ろくでもないクソ女が外から来ても、絶対に関わるんじゃないぞ。馬鹿と傲慢が移るし、お前の真っ白でふわふわな毛が穢れるからな」
「キュ、キュウ? キュウ!」
二人(?)の遣り取り――同じ魔物としてカウントするなら、『二人』でもいいと思う――を聞き、アストは頭痛を耐えるような顔になった。私も乾いた笑いを浮かべる。
アマルティアのことを、そこまで嫌うか。嫌っているのか!? いや、気持ちも判るけど!
もしや、『第二王女嫌い』の気持ちが強過ぎて、過去を黒歴史認定でもしました?
そんなことを思いつつも、ふと、嫌な予感が胸を過る。
この国の第二王女・アマルティア。彼女は自分の地位や立場を利用し、人で遊ぶことを好む、傲慢な姫君だった。
私達も抗議したし、凪が人間最後の仕事として『王と話をつけた』と言っていたから、今は幽閉といった処罰を受けているはず。
そこでスパッと処刑にでもしてくれればいいが、一番の被害者であるエリクが孤児の平民なので、さすがに王族の処刑にまでは至るまい。
ダンジョンからの抗議は公にできない――国側に非があり、できれば隠しておきたい案件だから――なので、明確に処罰が望めるのが、『エリク殺害』と『勇者関連』の二点。
被害者の一人は平民、もう片方も異世界人。しかも、『勇者』に関しては、召喚術の取り扱いの方に重きを置くことになるだろう。
結果として、アマルティアの処罰自体はそれなりで済み、監視を徹底する方向に落ち着くというのが、アストの予想だった。
――ただ……アマルティアは非常に諦めが悪いというか、報復を仕掛けてくる性質だ。
エリクのことでお叱りを受けても反省せず、『勇者』を唆してダンジョンマスターを殺そうとした奴が、そう簡単にあきらめるかは疑問である。
「何もないといいんだけど」
私の呟きが聞こえたのか、アストが片眉を上げる。だが、楽観視していないのはアストも同じらしく、『判っています』とばかりに、軽く溜息を吐いた。
「言葉にすれば、悪戯に不安を煽るだけですよ。あちらからの動きがない限り、我々は動けません。ですが、我らに味方をしてくれる挑戦者の方達もいる。……最悪の状況にはならないでしょう」
「そうねー……」
それだけは本当にありがたかった。……だからさ、アスト。
「うちのダンジョンは、これで良かったんだよ」
『敵対することが、世界への貢献の全てではない』――少なくとも、私達にとってその考えは『正しかった』と言える。そう思う機会は、今後も増えていくだろう。




