第五話 『創造したのは……』
アストの視線を受けながら、意識を集中する。今回、新たに私が創造しようとしているのは、ゲームなどでも馴染みのある『フェンリル』……の幼体。
中ボス的な存在としてどこかに居てもらってもいいし、ダンジョン内を動き回ることも可能な大きさなので、割と妥当だと思う。超大型のドラゴンなんかを創造したところで、身動きが取れなかったら可哀想だからね。
「マスター権限、『創造』の発動。創造するのは『フェンリル・幼体』!」
掌を地面に翳して、『創造』の発動を。途端に光が溢れ、目の前には魔力の塊が出現する。それは徐々に望まれた姿を取り、一気に光が霧散した。そこには――
「キュウ!」
鋭い視線のフェンリル……ではなく。つぶらな瞳を持った愛らしい毛玉が存在していた。
毛玉と言っても、きちんと獣の形はとっている。だが、そのふわふわとした長毛と幼体特有の小さな体――と言っても、大型犬くらいはあるだろう――を丸めてお座りしているので、『毛玉』なのだ。
「は?」
「あ、あれ……?」
これはアストも予想外だったらしく、ぽかんとした表情になった。う、うん、『フェンリル』って、もっと凶悪そうなイメージというか、凛々しい感じがしそうだものね。
この子、どう見てもワンコ。しかも超! 人懐っこそうな顔立ちだ。
「……。誰が、こんな平和な顔した犬を作れと言いました? ……聖?」
「ちょ、アストさん、落ち着いて! 誤解! それ、誤解だから! あんただって、私が『フェンリル』って言ってたの、聞いたでしょ!?」
「では、これは一体、どういうことでしょうかねぇ……?」
青筋を立てたアストが私の肩を掴み、説明を求めてくる。その目はきっぱりと『お前がまた、いらんことをしたんだろ!?』と言っている。
酷いですよ、アストさん! 無実! 私にだって、意味が判りません!
「何もしてないって!」
馬鹿正直に言えば、アストは目を眇める。
「では、言い方を変えましょう。貴女がこのダンジョンの絶対者である以上、当然、創造された魔物達も貴女の影響を受けるのです。これまで、種族らしからぬ性格や恰好を持つ者達が『多数』創造されている以上、今回もそういったイレギュラーだと思われます」
「ああ……ルイとソアラなんかは、その代表だもんねぇ」
淫魔の姉弟を思い出し、思わず納得。二人とも見た目『だけ』は非常に淫魔らしい、妖艶で麗しい姿をしているのだが……その性格は『面倒見のいいお姉さん』とか、『ダンジョン内で一、二を争うほど真面目』といったもの。
ぶっちゃけ、内面は『全く』淫魔らしくない。
通常の淫魔は享楽的な性格をしている上、種族的な食事の都合上、性に奔放らしいので、淫魔の性質を知るエリクなどは暫し、事ある毎に違和感に苛まれたらしい。
まあ、当然ですね! 二人の性格を知っていると、見た目とのギャップが凄いもの。
人を翻弄するどころか、進んで面倒を見ちゃう癒し系のお姉さんとか、誠実・真面目な青年が淫魔とか言われても、突っ込み放題だろう。
そもそも、彼らでは淫魔の食事方法が成り立たない。このダンジョンだからこそ生活できているのであって、外の世界では干乾びる未来しかあるまい。
「あの二人の時も、貴女は『姉弟』という設定を盛り込みました。いいですか、聖。創造の最中に貴女が余計なことを考えれば、作り出された魔物はそれに影響されてしまうのですよ?」
「ってことは……」
「間違いなく、『これ』も貴女が原因かと」
「ええ~」
そう言われても、思い当たることは特にないような。
フェンリルって名前から、ゲームにありがちな魔獣を連想してー、『巨大な灰色狼のはずだから、子供の頃は薄い灰色か白い毛なのかな?』とか思ったりしてー、『幼体だから、ふわふわの毛とかしてないかな?』って期待してー……。
……。
もしかしなくとも、これが原因か? 私の願望が影響した、とか?
「心当たりがあったようですね」
「え、えへ? つい、『幼体』って言葉から、子犬みたいな姿を連想してた、かも?」
アストがジト目で尋ねてくるので、視線を泳がせつつ白状する。
いーじゃん、いーじゃん、どんなに凶悪な肉食獣だろうとも、お子様の頃はそれなりに愛らしいんだぞ! フェンリルが灰色狼である以上、期待しても仕方ないじゃない!
「お馬鹿! 魔物ですよ、貴女が作っていたのは。何を、平和な想像してるんですか!」
「痛っ」
「魔物を飼いならされた犬と同列にするんじゃありません! ダンジョンの魔物とは通常、人を害する存在なのですよ? このダンジョンが特殊なだけで、他で創造されたフェンリルは挑戦者達の脅威となっているはずです。だいたい、見た目だけで済むのですか?」
「え? ええと、よく判らない。だけど、私の……『殺さずのダンジョン』を作ったダンジョンマスターの影響を受けているなら、平和ボケしていても不思議はない、かな?」
「やはり……!」
がっくりと首を垂れるアスト。このダンジョンの魔物達を知るからこそ、このフェンリルの幼体のみが凶悪な性質を持つなんて、思えなかった模様。
ヘルハウンド達も妙に人間じみた表情をすることがあるので、アストの懸念は間違いなく現実になりそうだ。
私達の会話をよそに、フェンリルの幼体は機嫌よく尻尾を振っている。……見れば見るほど、平和そうな顔に、ふわふわの毛並み、ふかふかの長い尻尾……。
……。
これ、どこかで見たことがある気がする。尻尾がくるんとしていれば、そっくりだろう。
「サモエド……」
「さもえど?」
私の呟きを聞きとがめたアストが顔を上げる。
「私が居た世界に、この子とそっくりな犬がいるんだよ。尻尾はくるんと丸まってた気がするけど、それさえ除けば、真っ白なふわふわの毛といい、人懐っこそうな顔といい、よく似てる」
「……」
私の解説に、アストが微妙な表情を浮かべた。まあ、『元の世界に居た、平和そうな家庭犬とそっくりです』と言われたところで、嬉しくはないだろう。
そんな私達の所に、乱入者が一人。
「聖さーん、ちょっとこれを見て……え、犬!? 何で、こんな所に!?」
「ああ、やっぱり犬扱いなんだ」
「この見た目では、当然でしょうが!」
驚くエリクの言葉――彼は素直な感想を口にしただけなので、悪意はゼロだ――に、生温かい目を向ける私、青筋を立てて突っ込むアスト。
だが、エリクはサモエド(仮)に近づくなり目を輝かせ、上機嫌で体を撫で出した。
「うっわ~……お前、真っ白でふかふかだな!」
「キュウ、キュウ!」
「はは、人懐っこいなぁ、お前。聖さん、番犬でも創造したんですか?」
「ええと、そうなのか、な?」
「……エリク。それは『一応』、フェンリルの幼体です。犬ではありません」
「ええ!?」
アストの訂正を受け、エリクは驚いた顔でサモエド(仮)を見つめた。
「俺、フェンリルの幼体なんて、見たことありませんよ。へぇ……こんなに愛らしいんですね」
「「え〝」」
「だって、基本的に狩りに子供は同行させないでしょう? 目撃情報すら、聞いたことありません。そりゃ、もっと大きくなってからなら、狩りを教えるために連れて行くかもしれませんけど」
エリクの言葉に、アストは己が不手際を悟ったらしい。あ~……私も『何が足りなかったか』に気づいちゃった。
「迂闊でした……! 聖にまず、フェンリルの知識や幼体の姿を見せておけば、防げた事態だったとは。エリクでさえ馴染みがないなら、異世界出身の聖に期待するだけ無駄というもの。知らないなら、このアホ娘の思い込みが優先されても仕方ないじゃないですか……!」
「おーい、アストさん。さり気に酷いこと言ってなくね?」
「煩いですよ、聖。一応ですが、私も非を認めたのです。そもそも、平和ボケした発想を盛り込んだ貴女に、非がないとは言っていません」
煩いぞ、アスト。とりあえず、『二人とも悪かった』でいいじゃないか。
ジト目を向ける私に、私を鼻で笑うアスト。そして、相変わらずサモエド(仮)を撫でているエリクに、無邪気にエリクに懐いているサモエド(仮)。
うん、とってもカオス。もう今回は、『番犬を作った』でよくね? サモエド(仮)に番犬の役割を果たせるかは判らんが。
「そういえば、こいつの名前って何ていうんです?」
サモエド(仮)を撫でながら、エリクが問いかけてきた。……心なしか、サモエド(仮)にも期待に満ちた目を向けられているような気がする。
ちらりとアストに視線を向ければ、『好きにしなさい』とばかりに溜息を吐かれた。ええと、それじゃあ、この子の名前は――
「サモエド、だよ」
「さもえど?」
「うん。私が元居た世界に、これとそっくりな犬がいる」
「へぇ! そっか、宜しくな? サモエド」
「キュウ!」
元気良く返事をして、ぶんぶんと尻尾を振るサモエドは本当に楽しそうだ。ついつい、これでもいいかも? とか思えてしまう。
「アストもそれでいいよね?」
「好きにしなさい。……ちょ、サモエド! いきなり飛び付くな……っ」
「あ~……こいつ、本当に人懐っこいなぁ」
飛び付かれて姿勢を崩すアスト。そんな二人(?)の姿に、私とエリクに笑みが浮かぶ。
本日、フェンリルの幼体を創造。名前は『サモエド』です。犬にしか見えない外見と、人懐っこさが売りの可愛い子なので、可愛がってあげてください。
「聖っ! 何とかしなさい!」
「……。サモエド、ファイト♪」
「ちょ、何を言って……覚えてなさいっ」
毛玉にじゃれつかれている奴に対する、ささやかな嫉妬です。これぐらいは許せ。
……。
う、羨ましいなんて、言わないんだからね! サモエド、次は私の番よーっ!




