第四話 『新たな魔物を創造してみよう』
銀髪ショタ(神)から『ダンジョンの魔力量が増えたよ!』という、お達しがあった数日後。
「と、いうわけで! 折角なので、ちょっくら上位の魔物を作ってみたいと思います!」
私は早速、アストに提案していた。勿論、今の状況に不満があるというわけではない。単純に、『目玉となるような魔物とか居た方が、挑戦者達にとってもいいんじゃないかなー?』という想いゆえである。
「また、いい加減なことを……」
「いいじゃない! RPGゲームだって、中ボスがいるんだもの。折角のダンジョンだから、こう、ちょっと人目を引くような魔物が居た方が良いと思うのよね」
アストは呆れているが、元の世界でゲームなどを知る私からすれば、『ダンジョンマスターじゃないけど、その途中に立ちはだかる強敵』的なポジションを担う子がいてもいいと思うんだ。
「まあ、ぶっちゃけて言うと……謎解き要素を強くし過ぎたところで、解ける人間がいるか判らないから、単純に『強さ』で突破できる方がいいかなって」
「それもそうですね」
アスト、いきなり賛成に方向転換。だが、これも仕方のないことだと思う。
「我々との知識の差……そこまでは計算に入れていませんでしたからねぇ」
互いに顔を見合わせ、温い笑みを浮かべる。実のところ、『このダンジョンの最難関は謎解き』と言われるくらい、頭を使う罠の突破率が悪いのだ。
「我々は貴女の知識を共有していますが、この世界の知識もある。ですから、大丈夫と思っていたのですが……その、正直、甘く見ていたと言わざるを得ません」
「アスト達の持つ知識って、銀髪ショタ(神)の派生だもんねぇ……」
アスト達の持つ知識は、創造主たる銀髪ショタ(神)が基本になっている。勿論、創造主の持つ知識全てを持っているわけではないが、『この世界の人と比べると』、遥かに賢い。
別に、挑戦者達の知力を低く見ているわけではない。ただ、挑戦者達の多くは日々、冒険者として生計を立てている者が大多数。
『彼らに必要な知識』とは、所謂、『お勉強』ではない。
『生き残る術』や『生活する術』であり、それ以外は必要としないのだ。
その必要性がないだけでなく、学ぶ機会が少ないこともまた、そうなっている一因だろう。そもそも、専門的に学ぶ機会があれば、そちらの道へと進めるはず。
なお、魔術師もこれに該当すると、ゼノさん達から聞いている。
『魔力は産まれ持っているものだがな、それを扱う術は自分で学ばなきゃならねぇんだ』
『武器はある意味、物凄く判りやすいだろう? 使っている間に、体が自然と動きを覚えるというか、身に付いてくる。まあ、【経験を積む】ってやつだな。それで何とかなる』
『けどな、魔法には【教本】やら【教えてくれる奴】が必須なんだ。だから、魔力の高い孤児なんかは貴族に引き取られたり、弟子として魔術師に拾われたりする』
『俺達だって少しは使えるが、それも一緒に仕事をした時に教えてもらったのさ。それだって、かなりの幸運なんだぞ? 中には金を取る奴だっているんだから』
以上、現役冒険者様達からのお言葉である。
……確かに、魔法には教師と教本が必須なのかもしれない。そんな経験をして魔術師になれば、今度は自分が教える側になって生計を立てられるかもしれないしね。
「どちらにせよ、『頭を使う罠』って完全に、娯楽要素だもん。挑戦者からしたら、見慣れないだけじゃなく、必要のない知識だよ。そこで躓くと、ダンジョンへの興味そのものが薄れる可能性だってあるじゃない」
「そう、ですね。改装するならば、罠のバリエーションを増やして……と思っていましたが、暫くはシンプルに『強敵を増やす』という方向にした方がいいかもしれません。頭を使う物を用意したところで、それ以上の攻略を諦める者が続出しても困りますし。……では」
納得したように頷くと、アストは徐に空間へと指を走らせる。その途端、目の前に創造可能な魔物達のデータベースが出現した。
「中級以上というと……このあたりからでしょうか。あまりに強過ぎても挑戦者達が倒せませんし、こちらとしても魔力を食われ過ぎます。程々に強く、程々に勝てる程度の方が良いかと」
「そうだね、そのくらいが理想かな。うーん……元の世界には魔物とかいなかったし、選ぶとなると迷うね」
覗き込みながら呟くと、アストがふと問いかけてきた。
「そういえば、そうでしたね。それなのに知識はあるなんて、不思議なものです」
「ん?」
「魔法や魔物がない、という割に、想像力は豊かですよね、貴女が居た世界。あちらの創造主様の影響だとは思いますが、少々、不思議な感じがするのですよ」
なるほど、確かにその通り。アストの言い分、ごもっとも。
だが、『全くない』というわけではないので、噂や報告された怪異を元にして想像力を働かせれば、『実在するかは判らないけど、オカルト的存在としての認識は可能』だろう。決定的な証拠がないからこそ、認められていないだけなんだし。
「あ~……まあ、ねぇ。だけど、大昔には恐竜とかがいたって言われているから、『種として認められていない・存在が曖昧』ってだけで、魔物なんかはいるのかも。実際、幽霊……ゴーストの存在は割と信じられているし」
「ふむ……『存在の証明には、証拠が必要』ということですか。目撃情報や被害者の遺体は勿論、その痕跡だけでは駄目なんですよね?」
「確実じゃないからね。生きている個体が見つかって、初めて実在が証明されるのかもね。本当のところは、あっちの創造主様に聞くしかないんじゃない?」
アストと会話をしながら、魔物一覧を眺めていく。すると、奇妙なことに気付いた。
「アスト、この『幼体』って何。ダンジョンの魔物って、成長しないんじゃなかった?」
「気付きましたか。ええ、基本的に成長はしません。ですが、ダンジョンの魔力量は限られていますので、創造する時点で消費する魔力量が少ない個体……所謂、『幼体』が認められている種もあるんですよ。ダンジョン側への配慮というか、救済措置に近いですね」
「救済措置?」
珍しい言葉に首を傾げれば、アストは更に言葉を続けた。
「マスターによっては後先のことを考えず、とにかく強い魔物の創造に拘る方もいらっしゃるんです。まあ、自分の身を守るという意味では、それも間違ってはいません。ですが、そちらばかりに魔力を割かれても困るのです」
「そりゃ、そうだ。ダンジョンである以上、最低限の体裁は必須でしょう」
強い魔物――ドラゴンとか? ――を創造したところで、ダンジョンがシンプルだったら意味がない。
そもそも、動き回れるだけのスペースが必要じゃないか。正直言って、ドラゴンは地下ダンジョン向けの魔物(一般)というより、ラスボスのイメージだ。
大型の魔物が十分に動き回れるスペースを作ったところで、それは相手に数の暴力を許すことにも繋がってしまう。いくら単体では脅威にならない存在だとしても、手数で責められると危うい。
「そのため、創造できる中級や上級の魔物の中には、『幼体』を選択できるものも存在します。これは文字通り『幼い個体』なので、成長過程で動きや戦い方、合った地形などを見極められる上、創造時に消費する魔力量が成体よりも低く設定されています」
「ふーん……良いことばかりに聞こえるけど、当然、デメリットもあるよね」
「当たり前じゃないですか」
疑いの眼差しを向けると、しれっと頷くアスト。……やっぱり。
「『幼体』ですから、当然、最初から上級レベルの強さを発揮するわけではありません。しかも、上級の魔物は一般的に、寿命が長いと言われているのです。ですから、幼体として過ごす時期もそれなりに長いのですよ」
「……。もしや、親代わりになって育成に励めとか言う?」
「まさか」
返された答えに安堵するも、当然、それで終わるはずもなく。
「どちらかと言えば、献身的な養育係ですね。幼い個体ですが、種としては高位の魔物です。当然、挑戦者達に狙われやすい。だからと言って安全なところに隠していても、経験など詰めません」
「ちょ、それって激ムズじゃん!?」
ぎょっとして突っ込めば、アストは大きく頷いた。
「その上、自我などありませんからね 戦闘になった際は、細かな指示が必要でしょう。創造者たるダンジョンマスターが常に目を光らせ、適度に経験を積ませていくしかないのですよ。よって、大抵の方はダンジョンの魔力量を上げることに専念し、余裕ができてから、成体を創造します。その頃には、ダンジョンマスターとしての仕事にも慣れていますから、丁度いいのでしょうね」
……。
あの、『幼体』って、罠にしか思えないのですが。救済措置……なんだよね!?
ジト目をアストに向けるも、有能な補佐役様は『当然です』とばかりに涼しい顔だ。
「そんなに簡単に高位種が作れるはず、ないじゃないですか。多少のズルをする以上、それを埋めるだけの苦労を背負うのは当然ですよ。まあ、貴女のように『死ななければいい』という方には、丁度いいんじゃないですか? 即戦力を求めているわけでもないのでしょう?」
「まあね。どっちかと言えば、目玉商品って感じ?」
「目玉商品……」
呆れた目を向けるでない! ダンジョンである以上、挑戦者達が挑みたくなるような強敵ってのが、必須じゃないか! ……ま、まあ、今すぐ必要かと言われれば、そうでもないけどさ。
ただ、新米ダンジョンマスターとしては、この『幼体』の育成が良い経験になると思ったのも事実。いきなりデカいのが来るわけではないみたいだし、様子を見て、その子に合ったエリアを作ってあげられるじゃないか。
何より、今回の改装ではそこまで手が回らない! つーか、私が慣れてない!
そもそも、次に魔力量に余裕ができるのがいつになるかも、不明なんですよ……!
こう言っては何だが、このダンジョンに魔力消費が著しい上級クラスの魔物って、無理だと思うんだ。
私は継続型を選んでいるから、それらが日常的に必要とする魔力量を確保できない限り、お迎えすることはないと思うもの。
「じゃ、今回はこれに決定」
ある名前を指差せば、アストもそこを覗き込む。
「……ふむ、いいんじゃないですか。妥当というか、これはそこまで大型というわけではありませんし、そこそこ知名度もあるでしょう」
「でしょ? じゃあ、早速!」
そして私は新たな魔物を創造すべく、マスター権限を発動した――




