第二話 『ダンジョンの現在』
凪の一件も片付き、平穏な日常が戻ってきた最中――
「やっほー、聖! 良い物持ってきたよ!」
私こと、ダンジョンマスター・東雲聖は、上機嫌な銀髪ショタ(神)の襲撃、もとい、訪問を受けていた。自然と、皆の視線も私達へと集まる。
……いや、マジで『襲撃』とか『突撃』といった感じだったんだわ。何があったか知らんけど。
「どうなさいました、創造主様」
即座に補佐役のアストこと、アストゥトが反応する。その表情が僅かに強張っているのは、決して、気のせいではあるまい。事実、私も少しだけ身構えてしまっている。
「銀髪ショタ(神)、先触れもなく来るなんて珍しいね? あんた、そういうことはきっちりやるタイプじゃなかったっけ?」
「え~! 聖、『いつでも来て良い』って言ったじゃない!」
私達の反応が気に入らないのか、頬を膨らませる銀髪ショタ(神)。つい、宥めるようにその頭を撫でるも、こちらにもそう思うだけの理由がある。それこそ、数か月前に起きた『勇者』の一件が原因なのだから。
「うん、来るのは構わないよ? だけど、普段は先触れ付きでしょ。例外が『勇者』……凪の一件だけだから、突然来られると、何かあったんじゃないかなって思う」
『銀髪ショタ』などと言ってはいるが、どこか得意げにしている子供はこの世界の創造主様……所謂『神』である。
当然、この世界の誰よりも長生きしているので、見た目と幼い言動はともかく、その行動は割ときっちりしていることが多い。
アスト曰く、『絶対者だからこそ、軽はずみな行動は控えるものなのです。感情のままに動いてしまったら、世界への影響が出る場合もありますしね』とのこと。
要は、『力ある存在だからこそ、世界に対する影響を考えて行動しなければならない』ということらしい。
確かに、『この世界は未だ、未熟』とか言っていたので、いくら銀髪ショタ(神)がこの世界のためと思っていようとも、感情のままに行動するのは宜しくないのかも。もしくは、願ったことが世界に影響しちゃうとか?
そこらへんは臆測でしかないが、『異世界の知識をこの世界に根付かせる』という目的前提で考えた場合、世界への影響はちょっと怖い。
急な進化を起こしたり、高度な文明を無理に根付かせようとしても……『そうなるよう、創造主が望んでも』、世界に適応できるわけがないものね。
銀髪ショタ(神)はその危険性を理解しているからこそ、日頃から、様々なことに気を付けていると聞いた。訪問の先触れとて、その一環。
気遣いのできる子なのです、銀髪ショタ(神)は。
「あ~……そっか、凪の一件があったことを踏まえると、聖達は身構えちゃうよね。ごめん、今回はそういうことじゃないよ。つい、はしゃいじゃった」
「別に謝らなくていいよ、私達が勝手に身構えちゃっただけだし。今日はどんなご用?」
しゅんとする銀髪ショタ(神)の頭を撫でながら促せば、照れくさそうに笑いながらも、銀髪ショタ(神)は『どこかで見たような物』を取り出してみせた。
「じゃーん! 便利そうだから、取り寄せて改良してみたよ! このダンジョンの魔物達は自我があるから、こういった物も必要でしょ?」
「……え? ええ!? これ、スマホだよね?」
「うん、そうだよー。ここの魔物達は自我があるから、『命令だけ出して、終わり!』ってわけにはいかないでしょ? それに、聖と知識の共有が成されているからね。ダンジョン内限定になっちゃうけど、彼らなら使えるはずだよ」
銀髪ショタ(神)が取り出して見せた物、それはスマホ。
た、確かに、ここの魔物達ならば使えるだろう。ダンジョン内限定――どうやったかは判らないが、電波の問題もあるので、ここ以外は絶対に無理――ならば、この世界には過ぎる技術の結晶だろうとも、問題ないのかもしれない。
「成程……確かに、このダンジョンでは必要かもしれません」
「アストもそう思うの?」
「勿論。各自に自我があるからこそ、必要な時には貴女や私に判断を仰ぐ場合とてあるでしょう。わざわざ通信が可能な場所に行かずとも、その場で相談できるのです。不測の事態、ということが起こり得る可能性とてあるじゃないですか」
「あ~……そっか、『死ななくても、怪我はする』もんね、ここ」
基本的に、ここを訪れた挑戦者達に死の危険はない。ただ、いくら娯楽施設を謳っていようとも、そこはダンジョン。当然、怪我程度は覚悟してもらわなければならない。
その怪我が予想以上に重傷だったり、不測の事態が起きた場合――持病などはどうにもならないため、迅速な対処がスタッフに求められる案件など――は、アストの言う通り、素早い連絡が被害を最小限に留める鍵となるだろう。
「エリクのような場合もあるのです。今後、ああいったことが起こらないとは限りません」
「……」
物凄く説得力のある言葉に、つい、押し黙る。『エリクのような場合』――それが示すものは『このダンジョン内で、殺人が行なわれる可能性がある』というものなのだから。
ダンジョンとは通常、『生き残って名声や富を得るか、力尽きて死ぬ』という場所である。
だが、ここは私がダンジョンマスターということもあって、娯楽施設扱い……つまり、『死なない』。怪我をしたとしても、即座にスタッフ(=魔物達)が助けてくれるという安全仕様。
……が、それはこの世界のダンジョンにおいて、例外中の例外というか、唯一の場所。
当然、それを知らない人達も大勢いる。そして、犯罪の証拠隠滅に使われることもあるのが、ダンジョンだった。
魔物に殺されたのか、外部の人に殺されたのか判らない上、ダンジョン内に死体があったとしても『ダンジョンの犠牲者』で片付けられてしまう場合も多い、らしい。
エリクは『騎士であろうとも、第二王女が纏わりついていた平民』という認識の下、他国の王族に婚約者がいる第二王女の醜聞となることを防ぐため、忠誠心ある騎士達によって殺された。そしてそのまま、ダンジョン内に放置されたのだ。
エリクの場合、すぐ近くにいた挑戦者達がスタッフに知らせてくれたので、迅速な対応が可能だった。発見までに時間が経っていたら、ダンジョン側にとって不利なことになったと思う。
……遺体の腐敗も進むだろうから、今のようにデュラハンになったかも怪しい。デュラハンだからこそ、エリクは生前と同じような姿を保っていられるのかもしれないしね。
「ここはかなり特殊だから、今後もトラブルに見舞われると思う。だけど、僕個人としては、一個くらいこんな平和なダンジョンがあってもいいと思えたんだ。だから、少しだけ手助けしてあげる。どうせ、スマホもここだけしか使えないしね」
頬を掻きながら、照れくさそうに告げる銀髪ショタ(神)。だが、その声音には確かに、私達を案じる響きが宿っていた。……心配、してくれたのだろう。
「ありがと、銀髪ショタ(神)。折角だから使わせてもらうわ」
お礼を言って受け取ると、銀髪ショタ(神)は明らかにほっとした表情になる。
「皆の分も持って来てるから、各自受け取って。アドレス帳には全員分の登録がしてあるよ」
「あら、至れり尽くせりね!」
「だって、君達は基本的に誰かが働いている状態だろう? 当番制になっているから、全員分を登録しようとしても、どこかで『抜け』がありそうなんだもの」
「……。否定できませんね、それは」
銀髪ショタ(神)のもっともな言い分に、アストを始めとした全員が頷く。さすが、気遣いのできる子・銀髪ショタ(神)。配下達への配慮は完璧だ。
……そして暫し、スマホを弄っていて。私は『あること』に気が付いた。
「銀髪ショタ(神)、これ、あんたの情報も登録されてるけど、気軽に連絡していいってこと?」
『え?』
銀髪ショタ(神)もしっかりと登録されておりました。皆の視線を受け、銀髪ショタ(神)は恥ずかしそうに顔を赤らめ、誤魔化すようにそっぽを向く。
「う……い、一応! 一応だからね、僕のアドレスは!」
「……」
「あ、頭を撫でないでよ、聖! その、僕だって、君の世界にある物の便利さに感動しているのであって……っ」
照れなくてもいいじゃん、銀髪ショタ(神)。皆も、微笑ましそうに眺めているじゃないか。
そうは言っても、このままでは照れ続けた挙句、銀髪ショタ(神)はさっさと帰ってしまうだろう。創造主がほいほい出歩くのって、本当はあまり良くないらしいからね。
「いいじゃん。ほれ、一緒に写真撮ろう?」
「う、うわっ? ちょ、ちょっと、聖?」
「はいはい、笑ってー! アスト、お願い!」
アストにスマホを渡して、銀髪ショタ(神)を抱き上げる。
「聖……創造主様を抱き上げずとも、貴女が屈めば宜しいのでは?」
「こっちの方が、私が楽しい」
「……。そうですか。まあ、いいですけど」
「え? いいの、アスト? 君、何だか性格変わってない?」
「聖に言っても、聞きませんので。そもそも、聖は二十一歳児ですから、子供の我儘に付き合うのは創造主様の方ではないかと」
アストはしれっと『肉体的にも、精神的にも大人な方が、お馬鹿なお子様に合わせてやるべきです』と言い切った。アストの予想外の切り返しに、唖然とする銀髪ショタ(神)は非常に珍しい。……だが、私が欲しいのは笑顔でのツーショット。
「はいはい、諦めて笑って!」
「もう……仕方ないな」
言葉とは裏腹に、嬉しそうな銀髪ショタ(神)。その表情のまま、私達はアストに写真を撮ってもらう。
「ありがと、アスト。……うん、これを待ち受け画面にしようかな。あ、銀髪ショタ(神)も画像要る? よく撮れてるよ」
「……欲しい、かも」
「おっけー、送っておくね」
小さな呟きとその表情に、私はアストと視線を交し合う。……そして。
「只今より、銀髪ショタ(神)、もとい創造主との撮影会を開催します! 各自、スマホを手に取れ! 記念すべき一枚目になるぞ♪」
「ちょ、聖!?」
慌てる銀髪ショタ(神)だが、皆は喜々としてスマホを手に取っていく。そして、其々が銀髪ショタ(神)へとツーショットを申し入れていた。銀髪ショタ(神)は慌てこそしたけど、嫌がってはいないのを確認済みなので、微笑ましく放置。
「やれやれ……このような事態など、前代未聞ですよ」
「そう言うアストだって、別に止めなかったじゃん」
「貴女は言っても、聞かないでしょう」
「うん」
素直に頷くと、アストは呆れたように肩を竦めた。そして徐に、自分のスマホを私へと渡す。
「私の分の撮影もお願いします」
「……お前もか、アストゥト。私のこと、言えないじゃん」
「いいじゃないですか」
お茶目な性格になりましたね、アストさん。……これ、私の悪影響とか言わないでね?




