第三話 聖の住処 ~そもそも、最初からミスキャスト~
とりあえず、一通りの状況は判った。今更どうにもならないっぽいし、ここは銀髪ショタ(神)の願いを聞いてやろう。というか、私に選択権ないしね!
で。
にこやかに私を眺めているアストには大変申し訳ないのだが、私は平和ボケした日本の出身。人を殺すようなダンジョンなんて映画やゲームの中でしか知らないし、精々が巨大迷路という認識なんだよねぇ。寧ろ、それらと一緒にしたら駄目だろう。
つーか、これから私が住む場所なんですが。死体が転がる殺伐とした家って、嫌じゃね?
――そもそも、それらの説明を綺麗にすっ飛ばしやがったのが、この世界の絶対者(=神)。
最初から人選ミスしてませんか、銀髪ショタ(神)。私はもう人生終了しちゃってるから、この世界に貢献云々はまだ納得できるけど……どう考えても、アストの考えるダンジョンマスターと私の認識に温度差がある気がする。というか、アストの望む姿になる気がない。
これは最初に言質を取っておくべきか? 後から『違う』とか文句を言われても困る。
「聖? どうしました?」
アストが不思議そうに尋ねてくるも、その表情を見る限り、さほど私の様子を不思議に思っていないように感じられた。唐突な人生の延長に、戸惑いが隠せないとでも思っているらしい。
よし、そのまま勘違いしておけ。私は君に『イエス』と言ってもらいたいのだ。
「よく判らないけど、私の世界的に言うなら、『内部に宝箱が設置された、巨大迷路付きの住宅』って感じ? 内部を徘徊する魔物はエキストラというか、スタッフかな?」
「は……?」
私の言葉が予想外だったのか、アストはぽかんとした表情になった。それでもすぐに表情を戻すと、僅かに首を傾げ――
「そう、ですね。まあ、近いと思います。貴女の知識を覗く限り、魔物といったものとも無縁な世界であったようですし……『地下に作られた巨大迷路』と言えなくもありません」
「おお! それなら判る! いやぁ、平和ボケした日本人からすると、『ダンジョン』とか『魔物』って、縁遠いものなんだよね。精々が、ゲームの中の世界って感じでさ」
「ああ、そうかもしれませんね。まだ現状に慣れてもいませんし、実感も湧かないでしょう。大丈夫ですよ。できる限りサポートしますし、意外とやればできてしまうものですから」
知識の共有が成されているせいか、アストは納得してくれた。私が生きていた世界の情報――ファンタジーとは無縁の、魔物がいない世界――があると、戸惑うのも当然と思ってくれる模様。
「……じゃあ、その認識で良い?」
ちらり、とアストを窺えば。
「ええ、構いません。貴女の世界を基準にした場合、私の言っている内容を正確に読み取ることなど無理でしょう。こればかりは当然というか、仕方がないものですよ。世界の差、とも言いますね。そうでなければ、この世界に貴女の世界の文化や技術を取り込ませる必要がありませんから」
アストははっきりと頷いた。よし、言質は取った! そうと決まれば、まずは自宅の改装だ!
「ありがとう! 殺伐としたダンジョンなんて嫌だし、巨大迷路、もとい平和にアトラクションの経営を目指すわ! 誰にでも楽しめるものになるよう、頑張る!」
「は、はぁ……? あの、貴女はダンジョンマスターであってですね……」
唐突な宣言に、アストは困惑気味に諭してくる。だが、そんな説得で私が折れるはずもなく。
「だから、巨大迷路の経営者でしょ? 生活に必要なものは元の世界から通販できるし、代金も必要ない。私による、『私のため(最重要)』の隠居生活を充実したものにすべく、元の世界の知識を総動員して立派な娯楽施設にしてみせようじゃない……!」
決意を示すように拳を高く突き上げれば、アストは唖然とした表情で固まった。はは、今更遅いぞ、アスト君。『構わない』って言ったのは、君だ。
そもそも、私にアストが望むようなシリアス且つ、陰鬱感漂うダンジョンの支配者など、務まるはずがない! あの銀髪ショタ(神)がどういった経緯で私を選んだかは謎だが、人選ミスをやらかしたのは奴である。私に責任はないよね? ……多分。
自分のことだもの、自信をもって言い切れますとも。『そんなものは無☆理』と……!
「いえ、その、お待ちください!? いいですか、貴女は創造主様より崇高な使命を賜った、このダンジョンの支配者であってですね……! ただの経営者風情とは違うのですよ!?」
慌てて否定しようとするアストだが、私は『諦めろ』とばかりに、ひらひらと手を振った。
「あはは! 無理無理、私のキャラじゃないもん。この世界に知識や技術を伝えることが『崇高な使命』ってことなのかもしれないけどさ、世界の壁ってでかいよ。この世界の住人に理解できるものって、娯楽方面だけだと思う。敵認定されたとしても、私は戦闘能力皆無だし」
「え? 願いとは別に、創造主様より最低限の戦闘能力は授かっていますよね? これらは役目を引き受ける報酬として、個別にいただくはずですが。ああ、ダンジョン内に限り使える『創造』はマスターの特権のようなものですから、これはマスター自身の能力というわけではありません」
『戦闘能力皆無です』宣言に、アストは首を傾げた。ですよねー、それがダンジョンマスター就任の特典ですものねー。でも、残念! 私に戦闘能力がないのは本当だ。
「だから、それが『元の世界から通販し放題・インターネットし放題』に該当するの。その代わり、それ以外の祝福はなしっていう条件だから、私の所に乗り込まれても抗う術がないの。戦えないの。下手をすると、村娘の体力や腕力にも劣る、貧弱なマスターなの、私」
「……は」
そこまでぶっちゃけると、アストはフリーズした。どうやら、知識の共有のカテゴリーには入っていなかった情報らしく、本気で呆然としているようだ。
落ち込むでない、アスト。全ては『それでもいい』と許可を出した銀髪ショタ(神)が諸悪の根源だ。私がどんな生活をしていたか知っていただろうに、それでもここに引っ張ってきたのは銀髪ショタ (神)。元凶は、君が心酔しているらしい創造主様だぞ。嘘は吐いていない。
『できる補佐』なアスト君にとっては、さぞ嬉しくないサプライズだろう。そこだけは同情する。これまでのダンジョンマスターがどういった人達かは知らないが、私の担当になったのが運の尽き。
人はそれを『災難』という。乗り切る手段はただ一つ、『諦める』のみ。
「まあ、そう落ち込まなくても大丈夫だと思うよ?」
ぽん、と肩に手を置いて言葉をかけると、アストはゆっくりとこちらを向いた。……これからの苦労を思ってか、目が死んでいる。やはり、こんなタイプはこれまでいなかった模様。
「通販で色々取り寄せられるから、家庭常備薬やお酒なんかは喜んでもらえると思うよ? こちらの文化レベルがまだ判らないけど、『受けそうな物』っていう括りなら、私が居た世界は結構合っているんじゃないかな? 状況に応じて、この世界に求められる物を用意できると思う」
これは慰めではなく、割と本気で思っていることだったりする。ダンジョンに挑む人達が求める『お宝』のリサーチをすれば、そこそこ価値がある物を用意できるだろう。要は、ダンジョンに求められるものの情報収集を怠らなければいいだけだ。
さすがに、魔法関連の物を求められたら困るけど……そんな物は、私が真面目にやったとしても不可能である。元の世界にない代物なので、どのみち無理なのだ。そう考えると、『ダンジョンマスターを倒して、名声を得たいです!』という人以外は、何とかなる……んじゃないかなぁ?
「まあ、そういった考え方もありますが……」
興味を引かれたのか、アストがほんの少しだけ持ち直す。よし、ここは一気に畳みかけよう。
「でしょ? あ、そうそう。私は魔物達をここの住人として扱うつもりだから。私に影響されるってことは、同じような生活ができると思うの。どうせ人目なんてないし、共に楽しく過ごそうじゃないか。居住区や店なんかも作って、ダンジョン最下層は生活感溢れる街にしたいな♪」
「……。何故、そのようなことをするのか伺っても?」
「え、だって、魔物達はここの運営に必須なスタッフじゃない。挑戦者が無事にダンジョンを抜けられたら、町へご招待。皆で祝って、巨大スクリーンでダンジョン内の挑戦者達の雄姿を眺めて、美味しい物を食べながら、健闘を称える。早い話が、祝いの宴」
「違う……その認識は間違いです! 誰が、娯楽施設を営めと言いました!? っていうか、何を勝手に、めでたい計画を立ててるんですか、聖……!」
当然! とばかりに口にすれば、アストは即座に突っ込み、頭を抱えた。すでに私への認識がアホの子になっている気がするが、私は大人なので、そんなことで腹を立てたりはしない。
東雲聖・享年二十一歳、ちゃんと成人しています。社会には出ずに、人生終了したけどね!
いいじゃん。素敵な試みじゃん、(私のための)お気楽ダンジョン隠居生活!
巨大迷路を抜けたら、到達を祝福! リプレイ動画を眺めつつ、健闘を称えて、皆で宴会!
「だって、ダンジョンって広いんでしょう? 挑戦者とスタッフを労わるのは、経営者としての勤め! 努力を認める言葉とご褒美があれば、人は大抵の苦難を許せるもの。……『喉元過ぎれば、何とやら』というやつだよ。どうせなら、楽しくダンジョンに挑んでもらいたいじゃない!」
「で・す・か・ら! ダンジョンは娯楽施設ではありません! いいですか、創造主様のお気持ちを酌み、貢献の精神をもってですね……!」
「やだ。私は楽しく隠居生活をするためにきました。異議は認めない」
アストの言葉を一刀両断すれば、何かが切れる音が聞こえた気がした。アストの目が据わる。
「ちったぁ、こっちの話を聞けや! この二十一歳児が!」
「あはは! アストってば、私の影響バッチリ受けてるね! 大丈夫、その内に諦めがつくよ」
言葉が乱れ、肩で息をするアストに対し、『ファイト♪』とばかりに肩を叩く。アスト曰く、二十一歳児の聖ちゃんですもの。立派な大人の事情なんて気にしない!
「何故……こんな生き物がここに……!」
がっくりと膝を突くアストを視界の端に収めつつ、私は早速、このダンジョンの改装に着手することにした。巨大迷路は後で皆の意見を聞きながら作るとして、まずは人手……ここの住人こと魔物達を作らなければ。
「楽しくなりそうね。宜しゅう、ヘルパーさん♪」
「私は楽しくありません……! っていうか、ヘルパーって何ですか、ヘルパーって!」
『異議は認めない』と言っただろうが。私の補佐なら、諦めというものを学べ。