エピローグ ~あの時の約束が叶う日~
『勇者』のことが一段落した後。私達は素直に待っていた少年&護衛の騎士達と会話を交わしていた。こちらの事情を一切聞かないのは、少年が騎士達に言い聞かせてくれたからだろう。
「世話になった。僕達は城に戻るが、『勇者』殿は……」
「俺も一緒に行く。聖……ダンジョンマスターとエリクが『一度は一緒に帰って、事情説明して来い!』と主張してな。このままだと、第二王女が勝手なことを言い出す可能性があるそうだ。俺も、召喚術の危険性を知らせなければならないと思っているから、丁度いい」
これは『勇者』が魔物化する前でなければ、成し得ないこと。人の形をしていない状態でしか呼べない召喚術の危険性――異世界の神に報復される可能性があるそうな――を伝え、第二王女共々、脅してくるそうな。
ちなみに、第二王女が関わっていると知った時、エリクは「まだ懲りねぇのか、あんのクソ女は!」と毒づいた。おそらくだが、『勇者』はそれも踏まえ、脅してくれるのだろう。
「あ……! そうか、エリクは……。判った。感謝する」
少年は素直に頷くと、騎士と『勇者』を伴って歩き出した。その少し後ろに続くのは『勇者』。
見送る私達の視界の中、ふと、少年が足を止めてこちらを振り返る。
「なあ、ダンジョンマスター。貴女はいつまでここに居るんだ?」
今の私にとって、少年が口にした言葉は『いつ死ぬの?』と同義語だ。ぎょっとした騎士達はその意味も判っているらしく、『勇者』は心配そうな表情で私を窺っている。
――そんなに心配しなくても、大丈夫。だって、私はここでの生活が楽しいもの。
だから、笑みを浮かべて答えてあげよう。きっと、その時が来ても辛くはない。
「『要らない』って、言われるまでかな! このダンジョンは、挑戦者あってこそだもの」
※※※※※※※※※
――王城・謁見の間にて(『勇者』視点)
「ひ……ひぃぃっ! ゆる……許してくれ!」
「煩い」
公爵の懇願を無視し、俺は剣を振るう。殺すことに躊躇いはない。このまま召喚術が遺されるならば、きっと聖の害になる。そんな未来を潰すためならば、血塗られるのも悪くはない。
簡単に転がった首、流れる深紅、そして……蒼褪めたまま、その光景を見つめるのは、この国の王と王子達、そして貴族達。……ああ、第二王女もいたか。その誰もが、顔を恐怖に引き攣らせているのは、酷く滑稽だった。そんな姿こそ、異世界からの召喚を甘く見ていた証であろうに。
「今回はこれで収める。ああ、第二王女は処分しろよ? エリクを死に至らしめただけでは飽き足らず、俺さえも利用しようとしたんだ。反省という言葉を知らないのか? 教育が疑われる」
ちらりと視線を向けた先に居るのは、第二王女アマルティア。何を勘違いしているのか、世界は自分の手の内であるかのように思い上がった、愚か者。
その愚か者は今現在、顔面蒼白でへたり込んでいた。明日は我が身と、悟ったのだろう。
「異世界からすれば、ただの誘拐だ。怒らないはずがない……報復は覚悟すべきだったな」
言い捨てて剣を一振りし、汚らわしい血を振り払う。惨劇の中、無表情を取り繕いながらも俺は……これからのことに心を躍らせていた。聖と再会できただけでも喜ばしいのに、共に生き、死んでいけるのだ。あのダンジョンの奴らだって、俺は嫌いじゃない。寧ろ、好ましい。
彼らには祝福が通じない。呪いじみたそれが効かない状況でさえ、俺に心を寄せてくれた。
ずっと望み、手が届かなかった平穏が、人間であることを捨てるだけで手に入るのだ……!
「俺はこれからダンジョンで暮らす。今後、ダンジョンマスターに挑む者は覚悟しろ! あの人を殺そうとする奴は『俺が』許さない。魔物達が殺さないならば、俺が殺せばいいだけだ」
「何故……そこまで……」
蒼褪めつつも、王が震える声を出す。……当然か。俺が聖を守る以上、王位継承の儀式とやらは達成できなくなるのだから。しかも、俺は異世界からの召喚者。寿命が長くても、不思議はない。
唯一、この場で違う意味の視線を向けてくる第三王子に視線を向ける。その視線に込められているのは恐怖、決意、苦悩と様々だ。だが、幼いながらも全て受け止め、自分なりの答えを見つけようとするあたり、あのダンジョンでの経験は無駄にならなかったのだろう。
そんな彼に対し、微笑む。言葉は必要ない。ただ、お前の味方はここに居ると判ればいい。
『俺が足掻いたように、お前も死にもの狂いで足掻け! 望むものはその先にしかない』
声なき声が聞こえたのか、決意を込めた表情で頷く第三王子に笑みを深める。そして、俺は帰るべき場所へと歩き始めた。歩きながら肩越しに振り返り、王の問い掛けに、俺なりの答えを。
「あの人の傍で生きること。それが俺『達』にとっての、幸いだからだ」
※※※※※※※※※
――ダンジョン内・居住区(聖視点)
『勇者』がこのダンジョンに戻って来て、一か月。彼はダンジョンの魔物達とも親交を深め、今や、すっかり『うちの子』として認められていた。……うん、マジで最年少扱いなんだわ。
勿論、当初は魔物達に警戒された。だが、率先して緩和要員となったエリクの働き――『他人事には思えません!』と涙ながらに、皆に頼んだらしい――により、徐々に皆に受け入れられていったらしい。だが、決定打となったのは『勇者』自身が何でもない風に語る、これまでの過去。
『勇者』としては、『今更過ぎて涙も出ないし、胸も痛まない話』らしいが、平和ボケしがちなダンジョンの魔物達にとっては、『何、その悲惨な過去!?』となったわけでして。
『あの子さ、うちの子にしてやろうよ。もう苦労しなくていいって!(号泣)』
『どこぞの世界のクソ神に、殺意が湧いて仕方ない。邪神じゃねーか、マジで!』
『聖さんに会いたかったんだねぇ……会えて良かったねぇぇ! (以下、涙で言葉なし)』
以上、このダンジョンの魔物達の反応です。しかも、ほぼ全員。嘆願書まで届く始末。
私としても早く何とかしてやりたかったが、銀髪ショタ(神)の準備が整わなかった以上、どうしようもない。何せ、初の試みだ。世界に負担がかからないよう、ちゃんと準備したかった模様。
――そして、今日。漸く、『勇者』や皆の願いが叶う。
「えー……これより、『勇者』の魔物化を始めます。で、ですね! その、一度は死んでもらわないとならないんだよね。このダンジョンのシステム上!」
「ん? ああ、それくらいなら平気だ。惨殺された経験も多いから、特に問題はない」
「そこは問題に思いなさいっ! 明るく話すことじゃないから! 慣れちゃ駄目!」
「……判った。聖が言うなら、そうする」
素直に頷く『勇者』はまるで、ご主人様に絶対服従の大型犬のよう。アスト達にも言われたけど、やはり、『勇者』は長い旅の中で色々と壊れているらしい。それも皆に同情された一因だ。
ああ……早くも目頭を押さえている人達がいる。ええ、可愛がってやってください。もうすぐ仲間になりますからね!
「煩いですよ、さっさと済ませましょう」
「へ? アスト、何やって……!?」
止める間もなく、アストの銃が『勇者』の頭に当てられ、一発の銃声が響いた。それと同時に、『勇者』は床に倒れ込む。そして、床に広がる深紅……。ちょ、お前ぇぇぇっっ!?
「痛みが一番少ないでしょう? 銃で頭を一発、なんて。さあ、聖。貴女の出番ですよ」
さらっとやってのけた本人はそう言うなり、視線で私を促した。その視線を受け、私も覚悟を決める。――これは解放への第一歩なのだと、未だに迷いそうになる自分を叱咤して。
「マスター権限、『創造』の発動。対象は目の前の『勇者』! さあ、起きなさい!」
即座に術が発動し、倒れていた『勇者』が姿を変えていく。髪が伸び、衣服はエリクと色違いの白、そして開かれた目は……『深紅』。
今回、銀髪ショタ(神)からは『種族を指定しないで魔物化させて』という、お達しが来ていた。何でも、神の力の幾ばくかを取り込んでいるため、現在の『勇者』に近い種族が選ばれるそうな。
「普通のアンデッドにはならないでしょう。無理があります」とは、アストの言葉である。髪が伸びたのは……これ、神官時代の姿なんじゃないかなー? 一応、人生(?)の再出発になるんだし、原点とも言うべき姿に戻ったのではあるまいか。
そんな彼――もう『勇者』呼びを強制されることもない――は瞬きをすると起き上がり、私の姿を認めるなり、嬉しそうに微笑んだ。
「おはよう。そして、初めまして。貴方の名前は『凪』。これからの時間が貴方にとって、穏やかなものであれば良いと思い、この名を付けました」
『凪』であり、『和ぎ』。どうか、ここで穏やかに暮らせますように。
そんな私の気持ちが伝わったのか、凪は嬉しそうに微笑んだまま頷いた。
「俺は凪。種族は『魔人』。神に準じる存在であり、神の許しを得て、存在できる者。どうやら、アストと同じになったみたいだな」
――その言葉に、周囲がざわめいた。
「え、アストって魔人なの!?」
「うん? 聖は知らなかったのか? 彼は創造主に作られた魔人だが」
「アストは最初から居たし、種族なんて気にしなかった! 有能なヘルパー扱いだもん!」
「貴女という人は……! この、二十一歳児が!」
頭痛を耐えるような表情のアストを放置し、凪の手を取る。今度は私が見上げる形になったけれど、凪の笑顔に、あの時の男の子の笑顔が重なった。過去と重ねたのは凪も同じだったらしく、二人揃って笑い合う。凪はもう子供じゃないけど、違和感なんて感じない。
……私が思い出すのは、男の子の泣き顔ばかりだった。だけど、笑顔だって記憶の中に存在したじゃないか。今、それをはっきりと思い出した。あの時途切れた時間が、再び私達に流れ出す。
「さあ、お客様を迎えましょうか。ここは誰でも挑むことができる『殺さずのダンジョン』だもの、何かを必要とする人達が今日もやって来るわよ! お仕事しましょ♪」
――この世界の優しい神様は、人のためにダンジョンを造った。世界を愛するがゆえに、自ら与えることはせず。人が努力し、困難に打ち勝つことを願って、見守っている。
だから、『救い』も、『絶望』も、『希望』だって、挑戦者の頑張り次第。本日も、私達は楽しくダンジョン運営に勤しみますっ!




