第三十五話 神は気紛れで、残酷なもの
驚愕のままに感動の再会(?)を終えた私達だったが、更なる疑問に直面した。『勇者』は、明らかに普通の人間ではない。いくら何でも、界渡りの影響ってことはないだろう。
そんな疑問が顔に出たのか、『勇者』は一つ頷くと話し出した。
「貴方達が思っているように、俺は普通じゃない。幾つもの世界を旅する『罪人』だよ」
『罪人』という言葉に眉を顰めるも、『勇者』は平然としている。罪人って、どういうこと?
「俺はずっと昔、ある世界で神官だった。その世界は本当に神と人の距離が近くて、稀にだけど、神に祝福を与えられる者もいたんだ。俺もそんな一人だったけれど、神は特に俺がお気に召したらしい。俺に与えられた祝福は『高い能力と周囲からの無条件の好意』というものだった」
そこで一度言葉を切ると、「俺は望んでいなかったのに」と呟き、『勇者』は苦い笑みを浮かべる。ちらっと視線を向けた先では、アストが厳しい表情になっていた。以前話した『最悪の呪い』の実例を目にし、憤っているらしい。
「結果を出しても神の祝福なのか、自分の努力の成果なのか判らない。何より、盲目的に好意を寄せてくる奴らは……神の力に踊らされているだけ。意志がないわけじゃないのに、自分の行動に何の疑問も抱かない。俺が危険に晒されれば、身を挺してでも守るのが当たり前。だけど、祝福に惑わされた挙句の死の間際、ほんの一瞬だけ正気に戻った時に浮かべるのは、恐怖か憎悪。……当然だと思うよ、居るだけで周囲を惑わす化け物なんて」
「でも、それが神からの祝福だって、皆は知ってるんでしょう?」
「知っていても、神に抗議なんてできない。何より、神に罪悪感なんてないんだ。祝福がもたらす混乱さえも、楽しんでいたのかもしれないな」
おいおい、マジで最悪じゃないか!? それ、人を弄んでませんかね?
「聖、そういう方もいらっしゃるのですよ。ご自分の世界を箱庭と認識して、『遊ぶ』。王となった者が国に尽くすとは限らないように、様々な世界があるのです。勿論、我が主は違いますが」
「うわぁ……何その、銀髪ショタ(神)の善良さがよく判る一例は!」
アストによる『神って残酷だよ! うちの子が優しいだけ』な補足にドン引きすれば、同じくドン引きしていたエリクも力強く頷いた。……勢いよく振り過ぎて、頭が落ちたのはご愛敬。
そして、『勇者』の話はまだまだ続く。彼の不幸はこんなものじゃなかった模様。
「徐々に、俺から神への信仰は薄れていった。俺の周囲が常に騒がしかったのは、そのせいもあったかもな。祝福を与えたお気に入りが、感謝するどころか、敬愛の念を失くしていくのだから。まあ、詳しくは言わないが、ろくな最期は迎えなかったよ。その世界で何度生まれ変わろうとも、俺は同じ容姿で、祝福持ち。ただし、最初の人生以外は祝福を与えられたことが判らないから、魅了の力持ちという感じだった。勿論、勝手に悪に仕立て上げられること多数」
「お、おう……記憶まで継承か。神の報復って、陰険だわ。ちなみに容姿も祝福のうち?」
「俺が救いを求めるのを、待っていたのかもな。……ん? いや、容姿は生まれ持ったままだよ」
……。
神に目を付けられたのって、その容姿が原因じゃね? 神官だから、目についただろうし。
勝手に貢いで、望み通りの反応が貰えないと憤る女みたいだな!? その神様。
そりゃ、『神と神に連なる者が嫌い』になるわな。……ああ、自分と重ねたエリクが、同情一杯の眼差しで『勇者』を眺めている。やっぱり、私と同じような印象を持ったのか。
「だけど、転生を繰り返すうちに、俺は少しずつ神の力を自分のものにしていった。元々は少しでも制御できるようにしたかっただけなんだが、俺はこれを好機と捉え、あの世界から逃げ出した。それからは転生しつつ、多くの世界を渡ったよ。少しでも影響が少ない所に行きたかったんだ。そして、聖の居た世界に辿り着いた。その頃には、祝福の影響もかなり抑えられていたんだけど、完全にはなくならない。だけど、命の危険がある時には自分を選べる程度にはなっていた」
言いながらも、『勇者』は俯く。なるほど、その状況で庇ったのが私だったわけか。確かに、最初の爆発があった時点では、誰も男の子のことを気にしていなかった。それが『本来の姿』であり、その度に、常に向けられている周囲からの好意が偽物だと突き付けられるってことね。
「あ~……私のいた世界って、複数の神が信仰されているからね。魔法もないから、信心深い人じゃないと、神の奇跡とかも信じないかも。特に私の国って、何でもありだからな~」
「ってことは、聖さんはその国の出身だから、祝福に影響されなかったんですか?」
「それもあるけど、うちの本家は神社なんだよ。神社自体は小さいけど、所謂、神に仕える血筋ってやつ。だから、薄れまくった異世界の神の力なんて、効かなかったのかも」
最初に男の子を見つけてますからねー、私。教会関係者なども影響されない可能性があるけど、『勇者』は神に関係する場所になんて近づくまい。というか、魅了紛いの力がある以上、人が集まる場所事態がNGだな。
――その時、唐突に頭の中に声が響いてきた。声の主は勿論、銀髪ショタ(神)。
『初めまして、【勇者】。僕はこの世界の創造主だよ。君の事情は聞かせてもらった』
視線を巡らすも、銀髪ショタ(神)の声は私達だけに届いているらしい。少年&護衛の騎士達は、私達の様子に怪訝そうな顔でこちらを見ているだけで、驚いた様子はなかった。
「……この子、どうなるの? っていうか、やっぱり祝福はどうにもならない?」
とりあえず、直球で質問を。元の世界に返すこと自体はできそうだが、呪いじみた祝福が消えない限り、この子は神の戯れに囚われたままだ。アストはともかく、エリクもそれが気になるのか、心配そうな顔で銀髪ショタ(神)の言葉を待っている。
『ごめん。僕にもそれはどうにもできない。だけど、彼を呪われた運命から解き放つこと自体は可能……かもしれない。聖の協力が必要だけど』
「へ!? 私、何の力もないよ」
『力はなくとも、そのダンジョンの中では絶対者だよ。必要なのは、ダンジョンマスターの権限……判りやすく言うと、エリクみたいな存在になるってこと』
「「な!?」」
私とエリクが揃って声を上げた。おいおい、銀髪ショタ(神)。何を考えてるんだ!?
「お待ちください。それでは、彼がこのダンジョンに囚われることを意味します。聖がマスターでいる限りは自我を保てますが、その後はどうなるか判りません。それに……そうしなければならない理由がある、ということでしょうか?」
冷静なアストの問い掛けに、銀髪ショタ(神)が頷く気配がした。
『そうだよ、アスト。【勇者】、君はすでに人間ではないと言っても、過言ではない。君自身、その自覚があるからこそ、君の名を誰もが【勇者】と呼ぶように働きかけているんじゃないか? 元は便宜上の名だけど、それは君自身の名ではない。だから、君を完全に捕らえることはできない』
「ああ、そうだ。俺が渡ってきた世界に共通して言えることだが、個人を捕らえるためには名による呪縛が最も多い。呪縛を破れないことはないだろうが、祝福や加護持ちが相手だった場合は判らん。それを避けるため、【勇者】という呼び名を利用した。個人の特定など、無理だからな」
「あ……そう言えば、俺達もずっと『勇者』って呼んでますね。妙な響きというか、何か腑に落ちないのに、この呼び方を使ってたのは、そういった理由だったのか」
これまでを反芻し、エリクはポン! と手を打った。おお! 私も全く気付かなかった!
だけどさぁ……アストもそう呼んでたよね。これ、『アストにさえ、影響を与えることが可能』ってことでしょ? 見事に人外です。これが『神の力を自分のものにした』ってことなのか。
思わず、『勇者』に視線を向けるも、逆に「今更だよ」と微笑まれる。うう、切ないねぇ。
『そんなわけだから、彼を元の世界に戻しても、これまでと同じことが起こるだけなんだ。そこで、僕からの提案なんだけど。……【勇者】。君、聖達とダンジョンで生きてみないかい? 聖は正式なダンジョンマスターだから、ダンジョン内限定で君の影響力に勝る。魔物達も同様。それに、魔物達に自我を持つことを認めているから、君は君で在れるだろう。ただし、君は何らかの魔物として存在することになる。聖の死後、同型の魔物として、誰かに使役されるかもしれない』
「可能ならば、是非! ……だ、だけど、いいのか? 俺はこの世界にとって、厄介者だろう?」
唐突な提案に、どこか呆然としながらも『勇者』が問う。予想外の提案、それも魔物化するという条件なのだが、彼の口から出たのは、この世界を案ずる言葉だった。
おいおい、それでいいのか!? まっさらな状態で、人生やり直したいんじゃないの!?
魔物になることへの嫌悪感はないようだが、割と究極の選択ではあるまいか? だって、私が死んだ後もダンジョンに囚われることになる。下手をすれば、二度と自我を持てなくなるだろう。
『君のことを、聖はとても案じていた。それにね、聖のいた世界の神からも、君のことを頼まれているんだ。何より……聖、戦闘能力皆無なんだよ! 信じられないでしょ!? ダンジョンマスターへの恩恵は要らないから、通販とインターネットができるようにしろって言われてね』
……。
銀髪ショタ(神)よ、途中までは良いお話でした。後半の暴露は要らん。
アストから生温かい視線が向けられる中、『勇者』は私に縋るような目を向けてきた。
「俺は……許されるならば、貴女の傍で生きて、貴女が死ぬ時に全てを終えたい」
「外に出られなくなるよ? それでもいいの? 他の方法を探すこともできなくなるよ?」
「飽きるほど生きてきたから、もう十分だ。他の方法も要らない。俺はここを終わりの地に望む」
『ひーじーりー! 頷いてあげなよ、彼は君に何の責任も求めないからさぁ』
銀髪ショタ(神)の後押しと、何故か、『勇者』と同じく縋るような目を向けてくるエリクと。
「さっさと、腹を括りなさい。貴女、これまで殆ど悩んでこなかったじゃないですか」
呆れたようなアストの言葉を受け、私は苦笑と共に頷いた。
「馬鹿な子。……でも、これから宜しく。長い付き合いになるといいわね」
「……っ、ありがとう! 俺の持てる全てを使って、貴女を守るよ」
『あ、魔物化する時に、彼に名前を付けてあげてね! それも祝福を押さえる枷になるから』
どこか呑気な銀髪ショタ(神)の声に安堵が滲んでいたのは、気のせいではないだろう。




