第三十四話 再会・其の二
「――というわけで、この世界に来ました。だから、厳密に言うと『生前は日本人だった』ってのが正しいと思う。で、当事者としてはかなり大きな事故だったと記憶してるんだけど、思い当たる出来事ってある?」
『勇者』のリクエストにより、私はダンジョンマスターになった経緯――死亡するに至った事故も含む――を説明中。途中、男の子を庇った件でエリクに呆れられたが、特に問題はないだろう。
「俺を蘇らせてくれたことといい、聖さんは自覚のないまま、善行を行なってそうですよね。何だかんだ言って、創造主様のことも恨んでませんし」
詳しい経緯を聞いたせいか、エリクが感心したような目を向けてくる。だが、私は首を横に振った。アストも複雑そうな表情で、溜息を吐いている。
「エリクは『本人の証言が必要だった』ってのが、主な理由だよ。あの男の子に関しては……まあ、今思うと、善行だったかは微妙だね。命は助かったかもしれないけど」
「え? それ、十分じゃないですか? 何か問題でも?」
エリクは不思議そうだが、これは彼が育ってきた環境が影響している。問題なのは……『簡単に人が死ぬような環境ではなかった元の世界で、迂闊にもそれをやらかした』ということだからだ。
「エリク、聖が居た世界……いえ、国は、この世界のようにたやすく人が死ぬ環境ではないのです。勿論、全ての国が平和というわけではありません。ですが、戦争や犯罪による死者を直接目にする機会がない子供が、目の前で恩人の死を見たらどう思います?」
「あ……ああ、それは……」
アストの言わんとすることに気づいたエリクが、表情を曇らせた。ですよねー!
「いくら聖が気にするなと言ったところで、その子は『聖が自分を庇った』ということを知っている。仕方のないことだ、彼女は立派だったと周囲が慰めようとも、心に傷は負うでしょうね」
「後から気づいたんだよねぇ……盛大にトラウマを作ったかもしれないって」
今更どうしようもないが、ついつい視線が泳いでしまう。かと言って、最善の行動は何だったかと問われれば、私は『あの子を助けること』と即答するだろう。
「さすがに、自分を優先しようとは思わないよ? それをやったら、ろくでなし確定じゃん! だけど、あの子は悲惨じゃないかな? 事故の恐怖に加えて、目の前で人に死なれるとか、どんな悪夢だよ!? 実際、あの子は泣いてたし! 事故に巻き込まれた事実はどうしようもないけど、今後は健やかに生きてくれと願ってやまない」
それでも暫くは、夢を見て魘されるんだろうなぁ。私への罪悪感というより、大人でもトラウマになりそうな事故だったもの。何か問題を抱えているような子だったし、後の人生で何らかの救いを得られていればいいのだが。
お姉ちゃんは異世界から、応援しているぞ。つーか、罪悪感とか、マジで要らないからね!?
「こんな感じかな。どう? 何か思い当たることでも……って、うわっ!?」
ずっと黙ったままの『勇者』――暫く三人で話していたため、放置していた――に突如として抱
き付かれ、軽くパニックを起こしながらも受け止める。『勇者』に銃を突き付けていたアストでさえも予想外の行動だったらしく、呆気に取られた表情だ。
「……その事故なら知ってるよ。ついでに、貴女が助けた男の子についても」
「え!? マジ!?」
思いがけない追加情報に、思わず声を上げる。だが、『勇者』は私を抱き込んだまま首を垂れているため、その表情は誰からも窺えない。
「その子は無事に救い出された後、恩人の家族に会ったんだ。残されていたスマホのメッセージを読んだ家族達は、その子に感謝した。『最期まで一緒に居てくれて、ありがとう』と」
「ふうん……そっかぁ」
伝えられた家族の言葉に、胸が温かくなる。あの男の子を責めるような真似はしないと思っていたけど、予想以上に良い仕事をしてくれたようだ。というか、私の性格を熟知していたんだろう。
家族達は『この綺麗な子を死なせまいと奮闘したな、あいつ』とか思ったに違いない。それを踏まえて、あの子ができるだけ傷つかない言葉を選んでくれたと推測。
さすがです! それでこそ、私の製造元、そして同じ血を持つ兄弟(=同類)達!
私が死後の異世界ライフを満喫している中、あの子へのフォローをありがとう! 愛してる!
……。
あの、アストさん? その生温かい目を向けるの、止めてくんね!? 感動的なお話じゃん!
「世間は男の子に優しかった。美談だと、取り上げられることもあった。だけど、男の子に残ったのは絶望だった。漸く見つけた稀有な存在を、自分のせいで失くしてしまったから」
「は? ……あ、ああ、あの子の言ってた事情ってやつか! 私が特別とか、何とかってやつ」
確か、そんなことを言っていたような。結局、私は『あの子の秘密』とやらを聞く機会に恵まれなかったわけだが、あれからそう思う相手は現れなかったらしい。
つーか、『勇者』よ。お前、妙に詳しいな? あの子の兄とか、親戚かい? もしくは……あの時、男の子を連れて来ていた保護者の一人、とか? 異国に一人で来るはずはないからね。
それならば、辻褄が合う。自分もあの事故の当事者ならば、男の子に対しても親身になるわな。目を離した隙に事故が起きて、あの子にトラウマを背負わせるような展開になったんだし。
「まあ、聖がその子にとって救いであったならば、非常に残酷な運命ですよね。救いを与えた直後に取り上げる……その運命を拒否するなら、共に死ぬ以外にないでしょう。聖から聞く限り、二人揃っての生還が難しい事故のようですし」
「でも、そこまで詳しく知ってるってことは、聖さんの後にこの人が救いになれたんじゃないですか? 『勇者』さんがその子に懐かれていなければ、ここまで詳しく知らないかと」
エリクの言葉は正論だ。どう考えても、この『勇者』はあの子に信頼されている。私よりも前に出会っていたなら、私だけが特別ということにはなるまい。
もしくは……あの事故を切っ掛けに仲良くなった人、とか? 二人がどういった関係かは判らないが、『勇者』は男の子の理解者ではあるのだろう。あの子が懐いているのは確実とみた。
……。
はっ!? もしや、『勇者』がこの世界に来てからあんな状態だったのは、『トラウマ持ちの子に、更なるトラウマを植え付けやがって……! 俺まで失踪して、あの子が泣いたら、どうしてくれる!? 何が運命だ! 神が憎い!』という心境だったせいじゃあるまいな……?
可能性としては、物凄く高い。同じく、その可能性に思い至ったアストとエリクも顔色が悪い。
ああ……こりゃ、激怒どころじゃ済まん。残酷な運命をあの子に課した神を憎むのは当然だ。
自分の召喚も含め、全ては『神の所業』にしか思えん。宗教色が強い国なら、尚更だ。
「え、ええと、その、大変だったね! 元の世界に戻れるよう、私達も手伝うから!」
落ち着け! とばかりに、未だ、抱き付いたままの『勇者』の背を軽く叩けば、何故か、小さく笑った気配がした。声が聞こえたらしいアスト達も、怪訝そうな顔になっている。
私達の混乱ぶりが面白いのかもしれないが、空気を読め。今は笑う時じゃないでしょ!?
「必要ない。……何か勘違いしているようだけど、俺はあの子の血縁者でも、救いでもないよ」
「へ?」
ぱちくりと瞬きをする私をよそに、『勇者』は体を起こして私と目を合わせる。そして……嬉しそうに微笑んだ。その目は何故か、潤んでいる。
「漸く、あの時の約束が果たせる。だけど、まずはこれを言わせてくれ。……あの時、助けてくれて……いや、『僕』を見つけてくれて、ありがとう。『お姉ちゃん』。十年以上経ってから、違う世界で貴女に会えるなんて、思ってもみなかった」
「「「はぁ!?」」」
泣き笑いのような『勇者』の表情に、それ以上に超予想外の暴露に、私達は揃って驚きの声を上げた。アストでさえ、驚愕の表情のまま固まっている。
「似ているとは思ったけど、自衛のためにそう見せているか、偶然としか思えなかった。その、貴女が死んでしまったことを俺は知っているから。だけど、ダンジョンマスターがどういった存在かを聞いて、もしかしたら本人じゃないかって思えてきたんだ。……確信を持ったのは、『順応し過ぎ』って聞いた時の会話だよ。あの事故の時に話したことと、貴女は同じことを言っている。あんなに予想外で楽しい答えをくれる人なんて、貴女以外にいなかった。異世界に行っても、貴女は変わらないんだね」
「通常、異世界から召喚するにしても、時間軸は同じはずですが……。いえ、彼は無理矢理この世界に呼ばれていましたね。時間軸に狂いが出ても、不思議ではないのかもしれません。創造主様も抜け穴の修復を最優先にされていましたから、もしや……」
……そういえば、召喚術って『神が気づかないような世界の穴を、無理に通るようなもの』でしたっけ。それなら、時間軸に狂いが出ても不思議はない……のかな?




