第三十三話 再会・其の一
「あんた……本当に、日本人……?」
訝しげ……というより、不安そうに尋ねてくる『勇者』。信じられない気持ちも勿論あるだろうが、それ以上にこの偶然に縋っていいか判らないようだった。
まあ、その気持ちも判る。だって、あまりにも出来過ぎだからね。
私でさえそう思うのだから、召喚された『勇者』が困惑するのも当然だ。寧ろ、ここであっさり私の言葉を信じるような、めでたい思考回路をしている方が問題だと思う。
ここは異世界、そして『勇者』は召喚した奴に衣食住を頼らなければならないような状況。無知を理由に、都合よく利用される未来しか見えませんよ。自衛したけりゃ、最低限の警戒心を持ち続けるしかあるまい。
「事実だよ。正確に言うと、『日本人として死んでから、こちらに来た』って感じかな。だから、新しい体……器は作ってもらったけど、基本的に生前の姿になるみたい。事実、私は死ぬ直前の姿だよ。あまりにも変わってないから、アストに聞くまで判らなかったくらい」
「……死んだのか?」
ほんの少しだけ聞きにくそうにする『勇者』の態度に、思わず苦笑する。ああ、そっちに反応したのか。確かに、普通はあまり触れてほしくはない部分だろう。銀髪ショタ(神)にも『悲壮感がない』って、呆れられていたからね。
「うん。死んだ」
「何で、そんな風に明るく言えるんだ」
「だって、後悔のない死に方だったから」
そう、それは事実。若くして死んだことは残念だが、私は世界に貢献(=綺麗な顔をした、悩めるお子様を庇った)したのだ。そもそも、あの事故の規模では死んでいた可能性が高い。
尊い犠牲です。若干、個人的な価値観に左右されている気がするけど、私的には問題なし。
奉仕精神というより、あのお子様だからこそ、守ってやりたかっただけだけど。
「聖は己の気持ちに大変、正直ですからねぇ……」
口にしなかった部分まで察したのか、アストが温~い眼差しを向けてくる。い……いいじゃん、アスト! 傍から見れば、美しい自己犠牲の精神だもん!
ジト目を向ければ、アストに鼻で笑われた。その目は『綺麗な言葉で片付けようとするんじゃありませんよ、この二十一歳児が!』と言っている。……エリクよ、お前も何故、アストに同意するように頷いているのかな? あんたも『二十一歳児仲間』でしょ!?
――などと、お馬鹿なことを目で語り合う私達ではありましたが、時間は有限なものでして。
「『勇者』。このままで宜しければ、聖と話しなさい。どうやら、聖は貴方と同郷のようです。ですが、貴方は危険過ぎますから、このくらいはご容赦を」
言いながらも、アストは『勇者』の頭に銃を突き付けた。対する『勇者』は暫し考える素振りを見せるも、アストの行動自体は批難しない。
……対抗できる自信がある、ということだろうか? それとも、生きる気がないだけ?
そのどちらとも受け取れる『勇者』の態度に、『勇者』以外が黙り込む。その沈黙を破ったのは、アストだった。
「申し訳ありませんが、そちらにいらっしゃる同行者様方に聞かせるわけには参りません。このダンジョンを攻略したのは『勇者』であり、貴方達は単なる同行者です。元より、貴方達に聞かせる内容ではありませんし、その資格なし、とさせていただきます」
「な!?」
「ここまで来て、それはあんまりではないか!? 我らとて、『勇者』殿のことに興味がある」
護衛達が声を上げるが、少年は黙ったまま頷いた。いくら興味深い内容だろうとも、自分達は何もしていないと……『このダンジョンに挑んだ者達と同列には成りえない』と自覚しているのだろう。即座にその判断ができるあたり、本当に賢い子だ。
人々が危険を冒してでもダンジョンに挑むのは、その中にあるものを欲するがゆえ。
少年は『功績を成した者が称賛されるべき』と主張するからこそ、納得せざるを得ない。
「俺もアスト様に賛成です。この『勇者』の後をついて来ただけで、貴方達はほぼ何もしていませんから。ここからの会話は、『勇者』がダンジョン最奥部へと到達したからこそ得た『権利』だ。貴方達がおこぼれを貰えるはずがない」
「その通りだ。そして、僕は『功績を成した者こそが、称賛されるべき』と口にしてきたじゃないか。そう主張する以上、彼らの対応は当然のこと。彼女と会話できたんだ、それすら幸運だ」
「殿下……。そう、ですね。ダンジョンの方々、勝手を言って申し訳なかった」
騎士達は顔を見合わせると、私達に向かって一礼し、少年を連れて反対側の壁際へと移動する。そんな彼らの姿を見届けると、アストは空いている方の腕を軽く振った。
「簡易ですが、声が届かないようにしました。また、居住区との通信も一時的に切ってあります。さあ、これで心置きなく話ができますよ」
「ありがと、アスト。エリクも守ってくれて、ありがとね」
「いいですって! 俺、本当に戦うことしかできませんからね!」
明るく言ってはいるが、エリクも結構ボロボロだ。ただ、その表情に憂いや憎しみといった感情は見られないので、彼としては本当に『守っただけ』という認識なのだろう。
そんな私達のほのぼのとした遣り取りは、『勇者』を困惑させたらしかった。
「なあ、こいつら人間じゃないんだろ? あんた、元日本人……っていうか、人間だった頃の意識がそのままなのに、よく平然としていられるな?」
「え? 何で? 見た目が人型じゃなくても、このダンジョンの魔物達は私の家族だけど」
首を傾げて事実を言えば、『勇者』は深々と溜息を吐いた。何故だ、解せぬ。
「順応し過ぎってことだ。いくら死んだといっても、俺達がいた世界とは違い過ぎる」
なるほど、そういった意味で『順応し過ぎる』ってことか。だけど、その程度のことならば、『私にとっては』全く問題ない。
「だって、インターネットが使えるし、元の世界から通販だって可能だもん! 元の世界の人達の手に成った品々は手に入るし、ゲームだってできる! 素敵な引き籠もりライフを希望する者としては、最高の環境でしょ! 難しく考えることはないわよ、どうせ死後の隠居生活なんだし」
ひらひらと手を振りながら明るく言えば、アストは呆れ、エリクは同意するように頷き、そして『勇者』は……何故か、酷く驚愕していた。
おい、その態度は何だ。個人の欲に忠実なことは、そこまで吃驚要素じゃないだろ!?
だが、『勇者』は私の心の叫びを綺麗にスルーし、再度問いかけてきた。ただし、その表情というか態度が、何やらおかしい。アスト達も訝しがっている。
「……っ……一つ、聞いていいか。あんた、どうして死んだんだ? 死因が事故とかなら、俺もその出来事を知っているかもしれない。できるだけ詳しく教えてくれ」
「え? う、うん、構わないけど。……ああ、そっか。私が死んだのは大きな事故だったし、同じ世界出身という証拠になるものね。だけど、貴方は日本人じゃないでしょ?」
「日本人じゃないが、日本育ちだから大丈夫だと思う」
「そう? ならいいけど……って、貴方は何語を話してるの? あの同行者達とも、会話に不自由はしていなかったみたいだけど」
これは今、気付いたことだった。私には役目があるから、言語の自動翻訳でもされているのだろうが、この『勇者』は完全にイレギュラーな存在のはず。この世界に来てから覚えたならば、それなりに苦労しただろう。
その問いかけに、『勇者』は答えなかった。ただ、一瞬だけ辛そうな表情を浮かべ「そっちの答えを聞いてから話す」と告げ、私からの言葉を待っている。
「聖、先に話しましょう。彼の欲しい情報を先に提示し、こちらの疑問に答えてもらった方が効率がいい。きっと、他にも疑問点が出てくると思いますので」
「アスト……うん、判った。私が死んだのは、かなり大規模な事故でね――」
アストに促され、私は話し出した。そして、珍しく人間らしい表情の『勇者』に、ふと気づく。
――どこか焦りを滲ませた表情で、私の話に耳を傾ける『勇者』の髪や瞳の色、何よりこの顔立ちと表情……どこかで見たことがあったような気がする、と。




