第三十一話 とある少年とダンジョンマスター
「聖、良い子でいてくださいね?」
そんな言葉を残し、アストは『勇者』に向かって行った。といっても、ある程度の距離を置いて戦闘に参加するつもりらしい。……やはり、今の状態で接近戦に持ち込むのは危険と判断したのだろう。接近戦オンリーのエリクもいるから、混戦になってフレンドリーファイアでもした場合、目も当てられん。
「お前、またしても……!」
「あれで終わりとは言っていませんよ」
腕を掠めた一撃を放ったアストを視界に映し、『勇者』は益々憤る。
「ほらよ、お前の相手はこっちにもいるぜ!」
「チッ」
即座にエリクが剣を振るうが、舌打ちしつつも、『勇者』は見事にいなしてみせた。
おいおい……強過ぎだろ、この『勇者』。そりゃ、ゲームでは前衛と後衛でボス戦に挑むけれど、現実だった場合、そう上手くはいかないに違いない。役割分担が明確だったら、厄介な奴が一番初めに狙われて、集中攻撃されるもの。
だというのに、この『勇者』は戦えてしまっている。剣を振るうエリクの相手にしつつ、アストの放つ魔力の銃弾を避けているのだ。……人間業じゃねーな、ここまでくると。
「……。あの、貴女に聞いてみたいことがあるんだ」
「ん?」
声の方に顔を向ければ、少年がおずおずと話しかけてきていた。騎士達は何か言いたそうな顔をしているが、少年が諫めでもしたのだろう。『勇者』の動きを気にしつつも、会話に割って入ることはなかった。
「貴女がダンジョンマスター……だよな? これまでの会話からすると」
「そう。私がこのダンジョンの中核であり、ここを『殺さずのダンジョン』にした元凶。……で? 君は何を聞きたいの?」
正直に立場を名乗ったのは、あえて自分自身で問い掛けを行なった少年へと敬意を示してのこと。護衛が付くような箱入り息子だろうに、自らダンジョンへとやって来た勇気と誠意を、私はそこそこ買っていた。
まあ、この子の考えが色々と甘いのは呆れてしまうけど。というか、この世界において悪と認識されているダンジョンマスターと会話をしたいと思うあたり、心配になってしまう。
将来的に大丈夫か、マジで。世の中は綺麗事だけじゃ、回っていかないんだぞ!?
……などと思っても、この場で教えてやる義理はない。それはこの子の親や兄弟、もしくは身近な立ち位置に居る人達が教えてやるべきことなのだから。部外者が偉そうに高説たれても、『部外者のくせに!』で終わってしまう。要は、説得力がないのだ。
「僕は、このダンジョンを王位に就くための儀式に使うことを、止めたいと思っている。資格を得る王族一人のために、多くの犠牲が出るんだ。そして、彼らのことは尊い犠牲として扱われ、その死を悲しむことは功績を否定すること言われ、遺族達は満足に悲しむこともできない」
考えながら、それでも自分の気持ちを言葉にする少年。だが、その内容を聞く限り、この子の味方は少ないだろう。『伝統』と呼べるものだからこそ、壊すことを恐れるのだ。
――そうか、だからこの子はダンジョンに来たのか。
無茶をするお子様だと思っていたが、納得です。そりゃー、こんな話を相談できる相手なんざ、限られてくるだろう。その点、ダンジョンマスターである私は当事者であり……『自分の意見を支持してくれる可能性が高い』のだ。だって、『王位継承の儀式が無くなれば、殺さずのダンジョンは運営し続けることができるから』。
あらあら……無意識なのか、意図的なのかは判らないが、随分と計算高いことで。
まあ、それを責める気はない。この子はそれが『自分にできる最善』と判断しただけだ。この子は無自覚ながらも、自分が無力であることを『知っていた』。そういった意味では、非常に賢い子だと思う。ただ……それを指摘された場合は一気に、弱い面が出てしまうようだけど。
それはこの子が未だ、幼いゆえ。自覚し、経験と年月を重ねていけば、理想を叶えるだけの力とカリスマ性を秘めた存在になる可能性は十分だ。
そう考えると、『勇者』の容赦ない言葉は的確なアドバイスだったと言える。今更だが、この子に向けた『勇者』の言葉は痛みを伴うと同時に、成長を促すものであったように思えてくる。
……あれ? 『勇者』って、意外と面倒見が良い? 『神と神に連なる者』が壮絶に嫌われているだけであって、彼自身は良い人なんだろうか。
そんな風に考えている間も、少年の話は続いていた。勿論、聞いていますとも。
「貴女はこの状況を……この国の者ではなく、このダンジョンの主という肩書を持つ貴女ならば、この状況をどう思う? 僕が正しいか、正しくないかという問題じゃない。同行者を犠牲にして得た功績が王になる証であると言い張る者に、良き王となることは可能なのか!?」
「私から言えるのは、『判らない』ということだけね。あと、『その答えが出るのは数十年後』ということも付け加えようか」
「え?」
即答すれば、呆けたような顔になる少年。そんな少年の姿に小さく笑うと、私は彼の頭を撫でた。
「状況は常に変化するってことだよ。私がダンジョンマスターに就任したばかりということは、一年以内にその王位継承の儀式とやらで、先代のダンジョンマスターが倒されたってことでしょう? まだ、『その行動が正しかったのか、誰にも判断できない』ってことじゃない?」
「う、うん。それは……そうなのだけど」
「君の言い分は理解できるよ。その儀式って、同行者がダンジョンマスターを倒しても、王に相応しいって言われるのは、率いていた王族なんだから。……それってね、王になった時にこんな風に言われるって思わない? 『功績の横取りをするような輩』、『所詮はお飾り』って」
「あ……!」
初めて気づいたのか、少年は声を上げた。この子はこれまで、王族に功績をもたらした同行者にのみ注目していたようだが、実際は違う。率いていた王族こそ、今後の行動を試されるのだ。
「相応しい振る舞いや才覚をみせなければ、即座に影口の対象になるでしょう。権力争いがあるならば、それが最も突かれる要素になる。厳しい目が常に向けられるんだよ。だから……同行者の死は、その戦いから逃げないための抑止力なのかもね。『命を賭して未来を繋げてくれた者達がいるからこそ、頑張るしかない』って、自分を奮い立たせる要素になっているかもしれない」
「僕は……兄上と話すべきだった?」
「少なくとも、貴方の理想と現実の兼ね合いを見出せるのは、当事者であるお兄さんでしょうね。自分が『守られ、功績を譲られた王族』という立場だからこそ、見えるものがあるでしょう」
「……」
少年は何も言わなかった。ただ、その表情はどこか苦しげというか、悲しそうに見える。
「僕は何も判っていなかった。いや、部外者という『その影響を受けない者』として、自分勝手な理想を押し付けるだけだった! ……ありがとう、ダンジョンマスター。戻ったら、兄上や父上と話をしてみるよ。きっと、僕の知らないことも沢山あると思う」
「そうしろ、そうしろ! 国や王族の在り方を変えたいならば、経験者達の言葉は何よりも頼りになる。味方につければ、頼もしい存在になってくれるよ」
「うん。だけど、まずは二人に謝罪しなければ。僕は綺麗事ばかりを言って、随分と困らせてしまっただろうから。……きっと、父上や兄上を傷つけた」
最後の方の呟きには、聞こえない振りを。それが私なりの温情だ。王族の個人的な後悔なんて、親しくもない奴に聞かせるべきじゃない。
だけど、この子は自分のしてきたことを反省し、人の話を聞こうとする一面を持っている。それは間違いなく、この子を助ける尊いもの。護衛の騎士達も含め、彼の味方はいるに違いない。
この子はもう大丈夫だろう。死にかけた経験を超えて、未来のことを口に出せるのだから。今はただの我儘や理想でしかないが、様々な状況に折り合いをつけて、いつかは形になればいい。
人はそれを成長と呼ぶのだろう。この少年がダンジョンに来た経験が、ダンジョンマスターである私と話した時間が……決して無駄にならないことを、私はひっそりと願った。




