第三十話 思い上がった者達
「チッ、邪魔をするなぁぁぁっ!」
「するに決まってるだろうが! わけが判らない八つ当たりしてるんじゃねーよっ!」
「煩い!」
エリクと『勇者』は怒鳴り合いながらも攻防を続けていた。というか、『勇者』が私の方へ来ようとするのを、エリクが必死に防いでくれていると言った方が正しいか。
「どういうことです? 『勇者』は貴方の世界の者ではない可能性が高いのでは?」
「判らない。アストだって私の知識を共有してるでしょ? 魔法のない世界にあの『勇者』が存在できると思う? あの戦闘能力を見る限り、私の世界じゃ間違いなく、どこかに隔離か監禁されるよ。危険過ぎるもん」
「ですよねぇ……」
アストの問いかけにも、首を横に振って否定。いやいや、私が元居た世界はファンタジー要素ないんだってば! そりゃ、解明できない不思議な出来事はあるだろうけど、あの『勇者』みたいなのがいたなら、即座に国に保護――という名の監視と所有――が行なわれるだろう。
そう考えるのは私の知識を共有しているアストも同じらしく、困惑気味に『勇者』へと視線を向けている。……って、あれ!?
「アスト!? あんた、腕が元に戻ってる!?」
血塗れの袖は相変わらずだが、そこには先ほど『勇者』に切り落とされた腕が存在していた。ぎょっとする私の反応を見て、アストは呆れたように肩を竦める。
「聖、私は創造主様に作られた『物』ですよ? 消失したならば再生に時間がかかるでしょうが、ただ切り落とされただけ……それも綺麗な切り口であれば、くっ付けることだけは可能です」
「ってことは、物を持ったりはできない? 神経が繋がっていないとか?」
「いえ、通常の動きならば可能です。ですが、一度切り落とされていますから、細かい動きや力を込めるといった動作が元の状態に戻るまで、暫くかかるでしょう。あくまでも見た目だけ、という風に考えてください」
そう言って、軽く左手を動かしてくれるアスト。確かに一見、問題ないように動いている。だが、先ほどの足払いのように軸に使ったり、力を込めることはまだ難しいのだろう。内部の再生は瞬時にできない、ということか。
「ですが、そのようなことを言っていられません。あの『勇者』は何故か、貴女を狙っているようですから。というか、貴女の顔を『神に連なる者』が持っているということが、許せないようですけど」
「そんなことを言われてもねぇ……」
『勇者』よ、無茶を言うでない。これは私自身が生まれ持った顔、しかも整形なんてしていないから、『その顔がムカつきます。許せないから、殺す(意訳)』と言われても、困る。
そう思えども、アストの言い分を否定することはできなかった。いくら強いといっても、アストは重傷者。平然としているように見えるが、彼の体は身体能力以外、人と大差ないはず。痛みだってあるだろう。片腕がほぼ使えない状況で戦えなんて、個人的には言いたくない。
だが、アストの言葉もこの状況において正論だった。
ダンジョンマスターである私が死ねば、このダンジョンの皆も『消える』のだから。
「聖、離れていてください。こんな状況で貴女の護衛役が一人もいなくなるのは不安ですが、エリク一人では『勇者』を抑え込むだけで精一杯でしょう。二人がかりで『勇者』を仕留めます。彼は同行者であるはずの子供にさえ、容赦がない。そもそも、あの子供を巻き添えにしようとしたことを報告されるのは、彼にとっても拙いはず」
「な……それは確かに、そうだが……」
アストの声が聞こえたらしい騎士の一人が声を上げるが、彼が口にしたのは肯定の言葉だった。当然だろう。あの場面を傍で見ていたら、『勇者』のヤバさが嫌でも判るもの。
つーか、君達、近くに居たんだね。いいのかい、私とアストはダンジョン関係者なんだけど。
ただ、彼らからは敵を感じない。『勇者』のヤバさを目の当たりにしたため、『まだ、こちらの方がマシかも?』という心境なのかもしれなかった。アストが少年を守ったことも大きい。
そう思った時、ふと閃いた。……この人達に聞けば、『勇者』のことについて何か判るかも?
「っていうかさ、そもそも『勇者』って、どんな基準で召喚したのよ。『召喚術』っていう以上、無差別に異世界の存在を召喚しているわけじゃないでしょう?」
振り返って尋ねる――アストは『勇者』を警戒中なため、視線を二人に固定したまま、聞き耳を立てている――と、彼らは声をかけられたことにビビっているようだった。だが、暫し考える素振りを見せた後、自信なさげに口を開く。
「俺達も正確なことは判らない。専門外ということもあるが、一つ言えるのは、あの『勇者』が唯一の成功例だということだ。他は『使い物にならなかった』らしい」
「……それって」
視線を鋭くさせれば、答えてくれた騎士は苦々しい顔のまま頷いた。
「おそらく、『人の形すらしていなかった』……と思う。もしくは、とても会話ができる状況になかったか。どちらにせよ、こちらが危険と判断する存在ではなかったのだろう」
「胸糞悪い話ね!」
嫌悪が滲むままに吐き捨てれば、彼らは揃って俯いた。その非道さは理解できているようで、何よりだ。これで何も思わないようならば、アストが怪我をしたことを責めていたかもしれない。
だって、そんな奴らを庇う必要なんてないでしょう?
ただでさえアストの方が大事なのに、庇ったのがクズとか報われない。
私は召喚術がどういったものかを聞いている。ならば、その『使い物にならなかった存在』とやらは、無理な界渡りに耐えられなかったということじゃないか。『誘拐された挙句、殺された』と言われても、全く否定できない状況だ。しかも、やらかしたのは神ではなく、ただの人間。
……で? そいつらの世界の神が銀髪ショタ(神)を責めたら、どうしてくれる?
あの子、ただでさえ必死で、色々と気を使い過ぎなのに! それはあんまりじゃね!?
「聖、貴女が憤ってくれるだけでも救われますよ」
私の機嫌が悪くなっていくのを悟ったのか、アストはこちらを向かないままに、治した左手で私の頭を撫でた。……やっぱり、あまり力は入っていないみたい。アスト達が銃に興味を持ってくれたことは、予想外の幸運だろう。片手で扱うことができるもの。
「……無事に戻れたら、しっかり伝えてね? 『召喚術は世界を不安定にする術であり、貴方達は見ず知らずの異世界の人を殺した!』って。それが原因で、殺した人達の世界から報復されても、自業自得じゃない。いーい? 『召喚できた』ってことは、『二つの世界を繋げる道がある』ってことなんだからね!」
『っ!?』
三人が息を飲むが、これは事実だ。実際には銀髪ショタが対応済みなので、向こうから仕掛けてくることはないと思うけど……相手が神だった場合は判らない。
私にできるのは、『召喚術の非道さを伝えること』と『警告』の二つ。この人達がやらかしたわけではないだろうが、しっかりと伝えてもらわなければ。できれば禁止してほしい。
「判った。父上に必ず伝えよう。……勿論、貴女の配下が身を挺して守ってくれたことも」
「そう。……貴方の発言力に期待はしないけれど、お願いね」
少年は悲しそうな顔をするが、この子の甘さを散々見せつけられた以上、期待するなんて言葉は出て来ない。『勇者』にも散々言われたせいか、少年も自分の考えが甘いという自覚があるのだろう。反論せず、黙って私の言葉と視線を受け入れていた。
悪いね、少年。『今』の私にとって一番大事なのは、このダンジョンの皆なんだ。アストは『不敬』と怒るかもしれないが、銀髪ショタ(神)も同じ括り。
だから……貴方達が傷つこうとも、哀れまないよ。優先順位は、貴方達の方が低いのだから。




