第二話 ダンジョンの存在意義
「お目覚めですか? 我が主」
「……。また、このパターンか」
掛けられた声に目を開けると、やたらと顔の作りが整った男性が微笑んでいる。しかも、『我が主』とか言ってなかったか、この人。執事みたいな服装をしているし。
――確か、私はあの自称神とかいう、銀髪ショタと話していたはず。
そんな気持ちが顔に出たのか、執事さん――とりあえず、こう呼ぶ――は納得の表情で頷いた。
「混乱されるのも、当然です。貴女様からすれば、創造主様とお話なさっていた時より、記憶が途切れていらっしゃるはずですから。ですが、ご安心ください。創造主様より、新たな器を授かっただけですので。十分に馴染まれたため、目覚められたのですよ」
「新たな器って?」
「貴女様自身の、その体ですよ」
言われて、まじまじと自分の体に視線を落とす。……事故に遭った時と何も変わっていない。しいて言うなら、埃といった汚れがないことくらいだろうか。だが、それはあの銀髪ショタ(神)と話していた時も同じ。っていうか、『器』って、どういうことだ?
首を傾げる私に説明が必要と思ったのか、執事さんは話し出した。
「界渡りというものは通常、魂のみで行なわれるものなのです。本来の体のまま行なった場合、それなりに負担がかかってしまいますので。最悪の場合、何らかの障害が出てしまう場合もございます。ですから、ダンジョンマスターとなられる方は創造主様より、新たな器をいただくのです。まあ……すでに死亡している以上、それ以外に手がないのも事実なのですが」
「ああ、死んでましたっけねー……」
なるほど、あれは性質の悪い夢とかではなかったらしい。魂だけ回収されて交渉、その後は新しい体を与えて送り出すってことかい。ま、まあ、元の体に戻されても困るけどさ。私の場合、潰されてるっぽいからね。そんな体に戻されても、スプラッタホラーにしかならん。却下だ、却下。
「ん? ってことは、ここが新たな生活の場、かな?」
はっとして周囲を見回すも、そこはホテルの一室のような感じだった。ただ一つ……窓がないことを除けば、だが。窓がないわりに室内が明るいので、周囲を見回すまで気づかなかった。なるほど、『ダンジョン』というだけあって、ここは地下なのか。
「はい。ここが貴女様の支配なさるダンジョンでございます。他のダンジョンと比べて規模は小さいのですが、在籍する国は比較的穏やかですので、挑む者が殺到するということはないでしょう。ダンジョン内は貴女様の思いのままにカスタマイズできますし、居住スペースも同様です」
慣れているのか、執事さんはすらすらと説明をしてくれる。黒髪に赤い目という現実ではあまりお目にかからない配色だが、笑みを浮かべているせいか、怖いという印象はなかった。寧ろ、インテリ系の『有能です!』といった印象を抱く。……あれ、そう言えば。
「もしかして、貴方が補佐役の人?」
銀髪ショタ(神)の言葉を思い出して尋ねると、執事さんは微笑んで一礼した。
「はい。貴女様の補佐を任されております。アストゥトと申します。アスト、とお呼びください」
「そっか、宜しく。私は東雲聖……聖でいいよ」
「聖様、ですね」
「聖でいいって。様は要らない。こっちが面倒を見てもらう立場だし」
ひらひらと手を振りながら言えば、アストは意外そうな顔をした後、笑みを深めた。
「では、聖と」
「うん、宜しく。慣れたら、言葉遣いももっと気楽な感じでお願い」
お互い、微笑んで名乗り合う。第一印象は大事なのです。つーか、この人に見捨てられると非常に困る。私はここで何をやったらいいのか、さっぱり判らん。
「それでは聖。早速ですが、まずはこの世界におけるダンジョンの存在意義をご説明いたします。一言で言えば、『この世界に生きる者達のために存在する』ということでしょうか」
「あれ? 挑む者がいるとか言ってなかった?」
「はい、それも含めてご説明いたします」
言うなり、アストは空間に指を滑らせる。その直後、何もなかった空間にホログラフィーのような図面が出現した。これは地図、だろうか? そこに赤い点が幾つか見える。
「とりあえず、この国に限定して説明いたします。この赤い点がダンジョンの入り口を示しています。この国は二箇所ですが、国によってダンジョンの数は違います。これはその国の情勢によって、必要数を決定しているためです」
「必要数?」
「はい。先ほども申しましたように、ダンジョンは『この世界に生きる者達のために存在します』。聖も創造主様のお姿をご覧になったでしょう? この世界は未だ幼く、人は脅威に対抗する術をあまり持っておりません。ですから、この世界に生きる者達の手に負えないような事態の助けとなる技術、知識、異世界の物といった類を、ダンジョンを通じてこの世界に招き入れます。ダンジョンは其々のマスターによる影響が強く出ますから、ダンジョンでは『この世界には存在しない物』を手に入れることが可能なのです。なお、危険と判断された場合は世界に根付きません」
「そっか、だから挑む価値があるんだね」
納得とばかりに指を鳴らせば、アストは一つ頷いて説明を再開した。
「はい。この世界の人々にも『叡智の宝庫』や『未知の宝が眠る場所』といった認識をされていますが、同時に『脅威が潜む場』としても知られています。これはマスターの知識がダンジョンを徘徊する魔物にも影響するためであり、異世界の魔物が存在することもあるのです。また、歴代のマスターの知識はデータベースに蓄積されますので、一度存在したものは全て、それ以降のダンジョンに出現させることが可能です。勿論、ダンジョンに宿っている魔力量の許す限り、ですが」
「マスターの知識の影響……ってことは、アストが今、私の世界の単語とかを使っているのも?」
「察しが宜しくて、大変助かります。私は補佐ですから、いち早く聖の影響を受けた形になります。知識の共有が成されていますから、元の世界のことでも話が通じますよ」
おお、何だか凄く至れり尽くせりではないか! つまり『こんなものが欲しい』とかの曖昧な表現ではなく、そのものをズバリと言っても通じるってことですね! あら、意外と楽な生活を送れそう? 一番の問題があっさり解決してしまったような。
もしかしなくても、私って物凄い勝ち組じゃねーの!? ……人生リタイア後だけど。
神様、ありがとう……! 銀髪ショタとか思って、ごめん! 超謝る!
一人、心の中でガッツポーズを決める私に気づかず、アストの説明は続いていた。
「さて、ダンジョンの数についてですが。これは『人の悪意が発生しやすい地域ほど、ダンジョンの数は多い』ということです。はっきり言えば、ダンジョンへと悪意や興味を向けさせるのですよ。人同士で争えば、最悪の場合、潰し合いになるだけです。ですが、そういった状況であれば、人は更なる強さや名誉を求め、ダンジョンへと挑みます。……そこで命を落とす者がいれば、人は報復を考えるでしょう。また、富を求める権力者たちの意識とて、ダンジョンへと向きます。何より、脅威が身近にあれば人は協力し、抗おうとする。人間の成長を促す、という意味もあります」
「ダンジョンの存在は、人間同士の潰し合いを回避させるための餌扱いってこと? お宝や名誉で釣って、脅威として知らしめる。もしくは、その危険性を広めさせて、討伐隊を組ませる。人間以外が相手ならば、略奪や侵略といった行為も許されるから?」
考えられる可能性を口にすれば、アストは頷いて肯定した。おいおい、マジかよ!? 私はその『悪意を向けられる象徴にして敵・皆のダンジョンマスター』なんですが!?
「その通りです。ダンジョンマスターが異世界より招かれるのは、知識などをこの世界に持ち込ませることが主な目的ですが、この世界において『敵』というポジションに当たるためでもあります。マスターは自分が支配するダンジョンからは出られませんから、あくまでも『迎え撃つ側』。それに加えて、外の世界に影響を及ぼすような行為は創造主様より規制されております。それ以外でしたら、ダンジョン内では最強の存在なのですが……侵入者に関してはマスターの権限が適用されません。また、マスターが討伐されれば、そのダンジョンは一度リセットされます」
それはアスト自身もリセットされるということなのだが、何故かアストは平然としている。尋ねれば、「そういうものですので」で済まされた。……本人的には納得しているらしい。
つーか、ダンジョンマスターが異世界の死者である理由に納得できた。マジで『人生リタイア後に、ちょっとお仕事してみない?』というお誘いだったのか。しかも、『世界の敵みたいなポジションです。この世界のために使い潰されて、討伐されるまでがお仕事です』ということらしい。
大事なのは『この世界の住人』であって、異世界人はそれに該当しないってことですね!
……。
感謝した私が馬鹿だった。そういえば、この仕事に拒否権ってなかったよなぁと、今更ながらに思い出す。うん、あれは強制だった。私に逃げ場なんて、最初から用意されてなかった!
詐欺っぽい状況に、ついつい元凶へと怒りが湧く。銀髪ショタ(神)、次に会ったら覚えてやがれ。ホウ(報告)レン(連絡)ソウ(相談)は大事でしょ!?