第二十八話 アストVS『勇者』(アストゥト視点)
「せいぜい、抗え」
「っ」
戦闘開始を告げるなり、距離を詰めてくる『勇者』の予想外の速さに、私は大きく横に飛ぶことで再び距離を取りました。ですが、そんなことで『勇者』の勢いは止まりません。
再び私との距離を縮めるなり、手にした剣で叩き斬ろうとしてきます。その速さ、力強さはまさに『勇者』――『勇ましき者』と称されるに相応しいものでしょう。ですが、目の前の青年が醸し出す雰囲気は……『捨て身』としか言いようがない。
「避けてばかりじゃ、埒があかないぞ」
「ご忠告、痛み入ります……っ」
冷静に返してはいますが、内心、私は冷や汗をかいておりました。戦うまではそれなりにあった自信が、音を立てて崩れていくのを感じます。……いえ、正確に言いましょう。予想外の『勇者』の強さに驚き、舌を巻いていたのです。
私は人型こそとっていますが、その正体は創造主様の手に成った存在。当然、人ではありません。また、ダンジョンマスターの最後の守りとなる可能性が高いため、それなりに頑丈というか、高い戦闘能力を有しているはずなのです。
その私が苦戦するほどの戦闘能力。
彼は……『勇者』は本当に人間なのでしょうか?
攻撃を避けながらも、ついつい考えてしまいます。『やはり、彼は祝福や加護を持っているのではないか?』と。そう考えなければ、説明がつかないのです。
……己が意志で聖や皆を守ろうとする私相手に、人間がここまで優位に立てるはずはありません。人には成長というものがありますが、彼らは生きて数十年程度の、儚い存在。
経験を積むにしても、老いや日々の生活が邪魔をする。彼らは『生きている』のだから。
それは誰もが通る道であり、仕方のないことなのです。それゆえに、名のある武人だろうとも、活躍できる期間は限られているのですから。
地面に着いた片手を軸にして足払いをかけ、再度、『勇者』と距離を取り。私は自分用に作らせた武器を手に取りました。そして、体勢を立て直す『勇者』に向けて、一撃を。
「っ!? 銃、だと?」
「ご存知でしたか」
私が放った一撃は『勇者』を傷つけることなく、それまで彼がいた場所の壁を軽く抉りました。対して、『勇者』は軽い驚きと共に私へと視線を向けてきます。
「驚いたな。この世界にはないと思っていた」
「ありませんよ? ですが、ダンジョンとは『異世界の英知が得られる場』です。異世界の知識を有したダンジョンマスターによって、ダンジョンは作られる……その配下であり、影響を受ける私が、異世界の武器を再現させていたとしても不思議はないでしょう?」
……とはいえ、これまではそういったことなど、思い立ちませんでした。『可能』か『不可能』かで判断するならば、『可能』だった。けれど、積極的に取り入れることはありませんでした。
「この銃という武器は便利ですね。的へと正確に中てる自信があるならば、遠距離・近距離問わずに使えて、威力も十分です」
「あんたは接近戦を得意としているように思ったけど」
「これまでは貴方の言うように、接近戦による戦闘が大半でしたね。ですが最近、新しい戦い方を取り入れても良いと思いまして」
そう、それ『も』事実。そう思った私も、未知の武器の製作に目を輝かせたドワーフのアンデッドも、確かに存在したのですから。
ですが、『勇者』は私の言葉に隠されたもう一つの理由に思い至ったようでした。軽く目を眇めると、忌々しそうに舌打ちをしてきます。
「『殺さずのダンジョン』を作り上げた、ダンジョンマスターを守るためか」
「……」
「黙秘するのは勝手だが、肯定と受け取られるぞ? まあ、勝手に踏み込んできた奴らを殺さないような奴なら、お前達にも優しいんだろうさ。……っと、それ、普通の銃じゃないんだな」
会話をこなしつつも、私達の攻防は続いていました。私の手にした銃が打ち出す魔力弾を、『勇者』はギリギリのところで避けつつ、近づく隙を伺っているのでしょう。その器用さに、私は小さく舌打ちを。
意識は確実に私へと向いているはずなのに、『勇者』に掠る程度のダメージしか与えられない私の攻撃。体の感覚というか、慣れというか……どうにも、『勇者』は相当の修羅場を潜り抜けてきたように思えてしまいます。それほどに、技量の差は明確でした。
私の銃は己の魔力を打ち出すようになっていますから、弾切れを起こす心配はありません。ですが、もしも弾切れを起こすような仕様であったならば、私は間違いなく叩き斬られているはず。
「チッ」
私は不利な状況に再度の舌打ちをして、徐々に距離を縮めていた『勇者』から距離をとるべく、素早く視線を巡らせました。いっそのこと、『勇者』達が進んできた道……ダンジョン内を走り回りながら、『勇者』が疲労するのを待ちましょうか。
「行かせるか……くっ!」
「油断大敵ですよ」
私の思惑を察した『勇者』が一瞬、焦りを見せ。その隙に、私の放った一撃が『勇者』の左足に命中します。その悔しそうな表情に、私は『彼にも感情があるのだな』と、妙に安堵してしまいました。ただ、私とて油断できる状況ではありません。
命中といっても、正しくは『出血が確認でき、動きが僅かに阻害されるくらいのダメージ』なのです。そして、あの『勇者』は様々な意味で規格外な身体能力の持ち主。ほんの少し、私に勝機が見えたという程度でしょう。
ですが、この直後。私は未だ、『勇者』を甘く見ていたという現実を突きつけられました。
忘れていたのです……この場には『私達以外にも人間が居る』ということを。
それはほんの一瞬のことでした。『勇者』はギラリと蒼い目を輝かせると、片足で地を蹴り、一気に距離を詰めてきたのです。その手には一振りの剣。
勿論、私はその一撃とそれに続く攻撃もを避けるつもりでした。その余裕もあった。
あったのですが――
「殿下っ!」
「あ……」
――私の背後、その壁際。そこには少年と護衛の騎士達がいたのです。護衛の騎士達は少年を突き飛ばして守ろうとした――『勇者』の剣を受け止められないとの判断か――のでしょうが、その場所こそ、『勇者』の剣を避けた私の極近く。再び『勇者』の剣を避けるのは可能でしょうが、その場合、この少年は『勇者』によって無残な死体へと変わってしまう。
なにせ、『勇者』は私を相手にしているのです。即座に止められるような、温い攻撃など見舞うはずはない。そんなものでは倒せないと、戦っている彼自身がよくご存知なのですから。
ですが、恐怖に凍り付いた少年に避けろというのも、無理な話。そもそも、この少年は形ばかりの武器こそ持っていますが、戦う術があるとは言いがたい。いえ、守られる立場ゆえか、この少年は危機感が薄い。もっと言うなら、物事を良い方向に捉え過ぎというべきでしょうか。
それら全てが、『勇者』が指摘した少年の甘さなのです。いくら『殺さずのダンジョン』であろうとも、怪我をしないわけではないというのに。
一瞬のうちにそう考えるも、『勇者』は迫ってきています。少年の姿が見えているはずなのに、その勢いは止まりません。……彼は本当に、誰が巻き込まれても気にしないのでしょう。そうでなければ、少年が盾にされる可能性も含め、一旦は距離を取るでしょうから。
――そして。
肉と骨を切り裂く鈍い音と、何かが落ちる音がした後。……鮮やかな深紅が床に広まっていったのです。




