第二十五話 勇者、襲来! 其の二
「……」
「……」
『第二階層A地点、突破されました! 実体のないゴースト達も撃破されています!』
『第一階層の被害状況を報告! 遭遇した魔物達が全て倒されています! しかも、ほぼ【勇者】一人が倒しました! 配置されていた魔物達は全く相手になりません!』
次々と聞こえてくる報告とモニターの映像に、私とアストは沈黙した。……どうやら、『勇者』はこの巨大迷路を楽しむことなく、お目当てのもの(=ダンジョンマスター=私)を目指している模様。しかも、順調にダンジョンを攻略していっているというのに、にこりともしない。
おいおい、殺伐とし過ぎだろ!? ここは娯楽施設ですよ!?
「何これ、怖い。つーか、『勇者』の病みっぷりが酷い気がする」
「……何故そう思うか、聞いても?」
「平和ボケした日本人からすれば、殺戮には抵抗感あるから! 容赦ないじゃん、殺すことも楽しんでないじゃん、驚異的な強さ以上に、あの暗い目が怖ぇよ!」
「ま、まあ、確かに……」
長年、数多くのダンジョンマスターの補佐をしてきたアストでさえ、顔を引き攣らせる始末。どういう基準で召喚されたかは判らないが、問題の『勇者』は精神面に多大なる傷をお持ちらしかった。何の感情も籠らない目をしたまま、行く手を阻む魔物達を葬っている。
はっきり言って、ヤバイ人。容姿端麗だからこそ、その怖さが一層引き立つ。
ちなみに、勇者の同行者らしきお子様とその護衛らしい二人の騎士達もまた、『勇者』の所業にドン引きしていた。あれは魔物の血に慣れてないとか、ダンジョンが怖いという表情ではない。明らかに、同行者――『勇者』を怖がっている。そう思わせるだけの異様さが、『勇者』にはあった。
「これは……予想以上に厄介かもしれません。話が通じない可能性もありますね」
「神を恨み過ぎて、壊れちゃったのかなぁ」
「憎しみも十分、生きる糧になりますからねぇ」
揃って呟いてしまうくらい、『勇者』は魔物を殺すことに躊躇いも、恐怖もない。……いや、『どんな感情もないと思うくらい、淡々と作業をこなしている』!
……これを異様と言わず、何という? ビビらなくても、勝ち進んでいることに高揚感を覚えるとか、あるはずだろう!? まさか、目的を達成することに対しても、何とも思っていないのか。
二人揃って、思わず黙り込む。その沈黙を破ったのは、穏やかな獣人の声だった。
『聖さん、アスト様、エディです。彼は魔物達を全滅させることが目的ではないように思います。やはり、狙いはダンジョンマスターということではないでしょうか。その反面、同行者の少年と二人の騎士達には注意を払っていません』
「全く?」
『はい。子供が同行している以上、多少は気遣いが見られると思うんですが、彼は全く気にしていないんです。……まるで、同行している事実さえも忘れているのではないかと思うほどに』
エディの声には、同行しているお子様への気遣いが滲んでいた。娯楽施設とはいえ、魔物は普通に出るのだ。魔物達は倒されて存在が消えても、数日すれば再生してくる『継続型』のため、今回もこちら側の仲間が完全に死ぬということはない。
ただ……その、一応は殺されるわけで。それなりに血は出るし、消滅するまでは紛れもなく『魔物の死体』なのですよ。慣れていないとキツイし、子供が見るものではない。
同行者のお子様――少年は護衛に騎士が付くような身分らしいので、生き物の死体(意訳)を見慣れているということはないだろう。実際、モニターで見た彼らは『勇者』の殺しっぷりに固まっていた。彼らからしても、これは予想外だったのだ。
「同行者じゃないってこと? それとも、お子様は所謂『要らない子』で、たった二人の騎士を護衛に、ダンジョンの攻略を命じられているとか?」
『その可能性は低いと思います。エリクの一件があったばかりですから、このダンジョンで死者を出そうとは思わないかと。そうですね……貴族や王族の子息が拍付けのためにダンジョンに赴かされ、そのついでに護衛として付いて来た騎士達が【勇者】の見極めを担っているというならば、判りますけど。……ここで【勇者】の同行者が死ぬことが目的ではない限り』
「ああ、召喚された人を『勇者』と呼んでいる以上、牙を剥くような真似をされても困るのか」
胸糞悪い話だが、ありえないことではない。ここは『殺さずのダンジョン』となっているので、普通ならば誰も死なないはず。それを見越して子供と護衛を送り込んだならば、ダンジョンの魔物が原因で死ぬ可能性はゼロ。無事に生還が可能です。
だからこそ……お子様達が死んだ場合、殺したのは『勇者』ということになる。
エディはそれが向かわせた者達の狙いだと疑っているらしい。子供さえも利用するその可能性に、アストも顔を顰めている。
だが、私達はエリクの一件を知っていた。『国のために、誰かを犠牲にする者がいる』ということを経験しているのだ! それに加えて、優しさの欠片もない『勇者』の所業。あれを既にこの国で見せていたら……エディの予想を否定することは難しい。
それ以前に、国が『勇者』を葬りたいと思っている場合は最悪だ。それを狙ってダンジョンに向かわせたのかもしれないが、ここは『殺さずのダンジョン』だ。帰還した『勇者』がそのことで国に抗議などすれば、国VS『勇者』という泥沼な展開が起こるだろう。その場合、ダンジョンそっちのけで、血で血を洗う争いが起きてしまう。
「『勇者』も被害者だとは思う。だけど、この状態で帰ってもらった場合、『勇者』はお子様を連れ出した罪を押し付けられて処罰……なんてことになったりしない?」
顔を引き攣らせて、視線をアストに向ければ。
「……。『勇者』が大人しくしていたならばともかく、あの状態ですからねぇ。ダンジョンでの振る舞いを報告されるだけでも十分、拙いような気がします」
難しい顔をしたまま、アストはモニターに映る『勇者』を睨んだ。私もつい、そちらへと視線を向け……驚愕に目を見開いた。
「は!? あの『勇者』、第二階層の仕掛けに戸惑ってない……? え、どういうこと!? いくら頭が良くても全く馴染みのないものだし、困惑するのが常なのに!?」
「な……」
あまりのことに、アストも固まった。それだけ、この事態が異常ということだ。
「慣れというものもありますが、その、随分とあっさり解いていますね? どういうことでしょう? いくら神の力の片鱗を有していようとも、あれは聖発案の仕掛けです。正解が見えるわけでもないでしょうに」
「あ、やっぱり無理なんだ?」
「当然です。聖のいた世界ならばともかく、この世界では異質な仕掛けの数々ですよ。ですから、多くの挑戦者の方が苦戦されたのです。聖がいた世界の人間ならば、たやすく解くことが可能かも知れませんけど」
「いくら何でも、違うでしょ。仕掛けは解けても、あれだけの戦闘能力がある奴なんていないもの。いたら即、化け物扱いだよ。魔法すらない、科学と技術の世界だもん。だから、私の居た世界の創造主が『加護』や『祝福』を与えた可能性もゼロだね。優れた容姿とか、頭脳なら判るけど、異常な戦闘能力なんて与えないでしょうよ。絶対、世界が混乱するって!」
「そうですか……。では、あの『勇者』は一体……」
困惑を滲ませるアストの言葉に、私は再びモニターへと注意を向ける。……モニターの中の『勇者』はあっさりとナンプレを解き、鍵を入手していた。




