第二十四話 『勇者』、来襲! 其の一
「このダンジョンで、迎え撃つ……ですか」
微妙な表情のアストを前に、私は人差し指を突き付けた。
「『勇者』とやらが殺る気で来る以上、『超期間限定・冒険者の迷宮』とでも題して、それに付き合ってあげた方がいいと思う」
「何故」
「勇者になりきっている奴相手に難しい世界の事情とやらを話しても、信じてくれると思う? 何より、召喚した奴が都合のいいことを信じ込ませていると思うよ? だったら、一度は敗北させた方が『現実はゲームと違う』って、判ると思うの」
「ああ……要は、『とりあえず捕獲』ってことですね。その過程で、現実を理解させると」
「そうとも言う」
――アストの説明が終わってから。
私達は対策を練る……はずもなく、『とりあえず、迎え撃つしかないんじゃない?』という方向に落ち着いた。というか、すでに『勇者』がこちらに向かっている以上、対策をとる時間がない。
そんなわけで、以下のことだけ決めてみた。
・銀髪ショタ(神)はここから去る。
『神と神に連なる者を憎んでいる』と言っている以上、神である銀髪ショタ(神)は獲物確定。二人が口にした『神の祝福』だか『神の加護』を『勇者』が持っている場合、討伐が不可能ではない――神の力を持っていることになるため、同じ神である銀髪ショタ(神)であろうとも傷を負わせることが可能だそうだ――らしいので、帰ってもらうことになった。
銀髪ショタ(神)はこの世界の創造主。死んだら、色々とヤバイだろう。私が倒されても、新しいダンジョンマスターをスカウトしてくればいいだけだ。優先すべきは銀髪ショタ(神)。
・第三階層と第四階層を繋ぐ通路を閉鎖し、第三階層の最奥部にて迎え撃つ。
第四階層も迷宮ではあるものの、その下にある最下層は居住区となっている。さすがに居住区を危険に晒す真似はできないし、戦闘能力の低い者は居住区に避難してもらっているのだ。万が一、第四階層に突入されたとしても、居住区が誤魔化せればいいな……という感じ。
・私とアストは第三階層最奥部で『勇者』をお出迎え。
これは皆に反対されたけど、『勇者』の目的がダンジョンマスターである以上、隠れても無駄じゃないか? という臆測の下、提案させてもらった。
ぶっちゃけ、『勇者』はダンジョンマスターを殺るまで諦めない気がする。
銀髪ショタ(神)によると、『神の力を受けている場合、感知される可能性がある』らしいからね。要は、同族の気配を感じ取るようなものなのだろう。
以上が話し合いで決まったこと。なお、冒険者の皆さんは居住区に残ってくれた。戦闘能力の低い者達を見捨てられない……ということもあるけど、『勇者』の凶行の証人として、居住区に設置されているモニターで状況を見ていてくれる。
ただ、私が倒されると強制的にリセットがかかることは話してあったため、その場合は非常口を使って外に脱出することになっていた。その後は、『勇者』の凶行を城に伝えてくれるそうだ。
『絶対に、【勇者】をダンジョンに向かわせた奴がいるぞ。異世界から召喚された奴が、ダンジョンの存在なんて知るかよ』
とは、ゼノさんのお言葉。他の冒険者達も頷いていたので、意図的に『勇者』をダンジョンへ向かわせた奴がいると見て間違いないだろう。先日の報復だとは思うが、傍迷惑な。
ただ……疑問も残る。
「あのさ、アスト。その『神の祝福』とか『神の加護』って、どうにもならないの? この世界に来たなら、銀髪ショタ(神)に解除を頼むとか」
『勇者』がこれまで繰り返してきた『呪われた人生(私的解釈・賛同者多数)』の記憶を持っている可能性が高いならば、本人にもその原因が判っているだろう。だったら、違う世界の神に縋ることはできないのか? と思うのですよ。別の神なら、何とかできそう。
だが――
「無理です。軽減することくらいならば可能でしょうが、『対象者が最も影響を受けるのは、本来あるべき世界の神』なのですから。完全になくすことは不可能です」
残念そうに、けれどあっさりと否定された。しかも、解除する神の力が強いとか、生きている年月が長いといった理由ではないらしい。
「えーと……本来あるべき世界の神から受ける影響が最優先されるからこそ、神だろうとも、『祝福』や『加護』に他者が介入できないってこと? 世界を違えても、支配下にある感じ?」
「その通り。創造主の手に成る世界に生まれた以上、その繋がりは途絶えません。親と子が血で繋がっているようなものです。こちらは魂の繋がりですから、本当に縁が切れるのは消滅するか、全く異質な存在となるかの、どちらかしかないでしょう」
「うぇ、最悪! 逃げられないじゃん」
思ったままを口にすると、アストは苦い顔をしたまま頷いた。思わず、顔を顰める……『創造主』とやらは本当に絶対者なのだと思い知って。極力介入せず、自由にさせてくれる銀髪ショタ(神)の善良振りがよく判る。そりゃ、アストも尊敬するだろう。
「ですから、貴女も本来あるべき世界の神に『連れて来てもいいか?』と許可を取ったでしょう? 無断で連れて来た場合は誘拐です。貴女の世界の創造主様が取り返しに来たら、簡単に奪われたでしょうね。貴女の魂は今現在、この世界の創造主様が作り上げた器に宿っていますから、暫定的にあの方の庇護下にあるのです。そうしなければ、この世界に存在できません」
「へぇ……そういった意味もあったんだ?」
「ええ。この世界に存在するための器が必要なことも事実ですが、私が今言ったような意味もありますよ。……世界を超えるということは、それほどに気を使わねばならないのです。基本的に、魂が存在すべき世界を違えるということはありませんので」
アストの顔がどことなく曇って見えるのは、気のせいではないだろう。それが事実ならば、『勇者』は永遠に呪われた――もう呪いでいいと思う――まま。まあ、『加護』やら『祝福』とは無関係という場合もあるけど、わざわざ銀髪ショタ(神)が忠告に来るくらいだ。希望的観測は止めた方がいい。
「何て言うか……やるせないねぇ。根本的な解決をしてあげられないって」
原因が判っているのに、どうにもしてやれない。銀髪ショタ(神)が落ち込んでいたのは同族の所業を見せつけられたばかりでなく、その犠牲者たる『勇者』を哀れんでいるせいかもしれなかった。アストの話を信じるならば、打つ手なしってことだもの。
「……今は我々がこの状況を切り抜けることだけを考えましょう。かの存在を哀れに思う気持ちは私にもありますが、彼が害そうとしているのはこのダンジョンであり、貴女です。ここの利用者達だって、このダンジョンを惜しんでくれている。貴女が何よりも優先すべきは、貴女自身が滅ぼされないことでしょう?」
「うん……」
アストの言い分も判るが、私はこの世界での生活を満喫していた。だからこそ、『勇者』相手に『邪魔だから、さっさと消えて』とは言いにくいんだよなぁ。何て言うか、『不幸な道を辿ったIFの自分』、みたいな感じでさ。『神の我儘に付き合わされた』という立場こそ同じだけど、その後の展開は天と地ほども違う。だからこそ、私は今の生活が幸せだと言い切れる。
「まあ、貴女のそういった甘さは嫌いじゃないです。そんな甘さを持っているからこそ、ここは穏やかな生活が送れる場なのでしょうし」
微妙に落ち込む私の頭を、アストが撫でる。その手付きが妙に優しいのは、アストもここの生活を好んでいてくれるからなのか。
「……真面目にやれって、言ってたじゃない」
俯いたまま、可愛くないことを口にすれば。
「今でもそう思っていますよ。ですが……創造主様でさえ子ども扱いする貴女を、好ましく思っていることも事実なのです。私が覚えている限り、これまでお仕えしてきたダンジョンマスター達は、ご自分のことしか考えていらっしゃいませんでしたから。それ故に孤独になり、徐々に狂っていったのでしょうけど」
呆れとも、諦めともつかぬ口調で、アストは慰める。だけど、そこには私や銀髪ショタ(神)を案じる気持ちが滲んでいた。そんな姿に、これまでのダンジョンマスター達の過ちを悟る。
そうだ、アスト達だって感情があるじゃないか。
自我を認めてやりさえすれば、彼らは己が考えのままに動き、感情を露にする。
アストは『孤独がダンジョンマスターを徐々に狂わせていく』とか言っていたが、それはダンジョンマスターの選択と……身近な存在にも意志があると気づかなかったせい。傲慢さこそが彼らを孤独に追い込んだと、今の私ならばはっきりと判る。
そして、私はこの生活を手放す気はない。『勇者がどれほど孤独だろうとも、この生活を守ることを望む』のだ。その我儘さこそ、私の原動力となるだろう。
「私はこの引き籠もり生活意を手放す気はないの。大丈夫だよ、アスト。『勇者』に同情していようとも、私は自分の望みを選べるよ」
「そう、ですか」
私の言葉に、アストが安堵の溜息を吐いたような気がしたのは……きっと気のせいだろう。




