第二十三話 『神の祝福』や『加護』といっても、実際は呪いです
「ごめん。必要事項を伝えに来ただけなのに、僕の方が慰められちゃったね」
「気にしなくていいよ? その必要事項ってのも、いつもは伝えてないんじゃないの?」
「う……」
軽い気持ちで聞けば、銀髪ショタ(神)は顔を赤くして、ふいっと顔を背けた。正解らしい。
「だ、だって、君には騙すような手を使ってこちらに来てもらったし! それに……君、戦闘能力は皆無じゃないか。『勇者』がダンジョンマスターを殺すつもりで来る以上、事前に伝えなければと思ったんだよ」
「え!? 最初から殺る気になってるの!? 何で!?」
ぎょっとして尋ねるも、銀髪ショタ(神)は首を横に振った。
「それは判らない。『勇者』はこの世界の者じゃないからね。何故かは判らないけど、彼自身が『神と神に連なる者』を心底憎んでいるんだ。僕にもそれが伝わるほど、その憎しみは強い」
『判らない』と言いつつも、銀髪ショタ(神)には何やら心当たりがある模様。その口調は『勇者』を危険視するというより、哀れんでいるようである。
「……。『神の祝福』、もしくは『神の加護』を受けた者かもしれませんね」
「うん……」
アストの言葉に、力なく同意する銀髪ショタ(神)。視線を周囲に巡らせて皆の反応を見るも、この二人以外は判っていないらしく、きょとんとしたまま話を聞いていた。
『神の祝福』に『神の加護』? それって、普通は良いことなんじゃないの?
「あの、それは何か悪いことなのでしょうか?」
皆も疑問に思ったらしく、おずおずとエディが二人に問いかけた。アストと銀髪ショタ(神)は顔を見合わせると、銀髪ショタ(神)が軽く頷いてアストを促す。
「私個人の意見として言うならば……『人間にとって、最悪の呪い』でしょうか。私以外にその情報を知らないのは、一般的に知る必要のないことだからです。この世界の神……創造主様は『加護』も『祝福』も与える気がないので」
「ねぇ、アスト。言葉だけを聞くとさ、『神の加護』も『神の祝福』も良いことみたいに聞こえるけど、違うの? 『最悪の呪い』なんて、尋常じゃないよ。後、その違いって何」
「それはこれから説明しますよ。……ああ、あくまでも『最悪の呪い』は私個人の意見ですから、貴女達のように良い意味に捉える者もいると思います。『それらに影響されない第三者としての意見』と言えばいいでしょうか。私のような立場だからこそ、そう思うのかもしれません」
素直な感想を口にすれば、その疑問はアストも予想済みだったらしい。だが、続いたアストの言葉は私達を益々、困惑させた。
「まず、『神の祝福』。こちらは言ってしまえば、『一度与えたら、その後は放置されるもの』です。次に『神の加護』。こちらは『与えた神と繋がりが続くもの』を差します。神の監視下にある、庇護下にある、見守っている……といった解釈の違いはありますが、意味としては同じです」
アストの説明を聞いても、何が悪いのかわからない。基本的に見守ってくれている……ということならば、物凄く心強いんじゃないか? 神の庇護下にあるなんて。
「じゃあ、まずは『神の祝福』の方からお願い。今の説明を聞いても正直、何が悪いか判らないから、アストがそう受け取った理由を含めて、解説宜しく」
「判りました」
仕方なしに更なる解説を求めれば、アストは快く頷いてくれた。銀髪ショタ(神)は自分も与える側の存在という自覚があるせいか、俯いて黙ったまま。ついつい、『気にするな』というように抱きしめ、背中を軽く叩いてしまう。
銀髪ショタ(神)よ、落ち込む必要はない。あんたは私達にとっての身内みたいな存在だが、アストが嫌悪している――そうとしか思えない態度だ――神とは、別物だ。絶対に、違う。
「……ありがと、聖。触れているところから、君の言葉が流れ込んでくるよ」
「アストの話を聞きたくなかったら、耳を塞いでいてあげるから」
そう言うと、抱き付く力が強まった。落ち込んでいるのは、同族の行動だからだろうか?
「『神の祝福』を与えられた者は優れた容姿、才能といったものに恵まれます。それ自体は素晴らしいことなのでしょうが、人間は異質な者に対し、憧れと同時に嫉妬を抱くもの。もしくは、権力者達が挙って手に入れようとした場合、祝福を与えられた本人は自分が望んだ幸せを得られなくなる可能性が高い。傾国、という言葉を聞いたことがあるでしょう? あのように、最終的に権力者達の責を押し付けられることもあるのですよ」
「あ~……そういった意味での『呪い』か。確かに、生まれた時代や身分によっては悲惨だわ」
なるほど、『本人に非がないけれど、周囲が勝手に色々した挙句、多くの人に恨まれる』ってパターンになることが多いのか。同姓には疎まれ、仕事のライバルには嫉妬され、その挙句に権力者に囲い込まれる人生なんて、ちょっと……いや、かなり嫌かも。
思わぬ不幸話に誰もが沈黙する中、アストの話はまだまだ続く。
「そして、これこそ私が『最悪の呪い』と称する最大の理由ですが……この『神の祝福』は一度贈ると、与えた神が取り上げない限り、生まれ変わっても続きます。この祝福はその時点の器……肉体ではなく、魂自体に込められるものなので」
『え゛』
皆の声が綺麗にハモった。その大半はあんまりな事実に、顔を引き攣らせている。
おいおいおいおいっ! それ、『祝福』じゃない! 何その、性質が悪い『呪い』は!
「う、うん、確かに『最悪の呪い』だ。永遠に続く苦難の人生ってことでしょ!?」
「苦難ばかりではありませんが……平穏な人生を送るには、他者を黙らせる実力を持つ権力者に囲い込まれるしかないでしょうね。人の口に戸は立てられませんから、隠し通すことも厳しいでしょうし」
「穏やかな人生なんて、無理そうだよねぇ……」
絶世の美貌を持っただけですら、割とその人生は波乱万丈である。軍事や政に活かされる才能ならば利用されるか、囲い込まれるか、恐れられる可能性・大。『平穏? 何それ美味い?』を素で行くことになるだろう。騒動が起きた場合はその中心にいることから元凶とされ、本人の意思に関係なく無責任な噂が広まってしまうに違いない。
「『加護』の方は『本人次第では、ある意味幸せな人生を送れる』という感じでしょうか。簡単に言うと、『神がお気に入りを常に甘やかし、その人物に都合よく動くよう、周囲にさえ影響を与える』ということです」
「その場合の不幸って、何さ? 与えられた本人は無事なんじゃないの?」
流れのままに促せば、アストは呆れたような視線を向けてきた。
「聖、人はどうやって成長しますか? どのような我儘も許され、我慢も成長も知らない人間が、本当に幸せだと言えますか? 間違っていても叱られないということは、間違いを正す機会を得られないということですよ。しかも、神がその茶番に飽きれば、見捨てられる可能性もあります」
「最悪だな!? 見捨てるってことは、それまでの幸運(?)が消えるってことでしょ!?」
「そう、最悪なのです。『祝福』の場合は神が善意で与えている場合が大半ですが、『加護』の場合は神が己の立場や影響力を正しく理解していなかったり、興味本位で与えることもあるのです。我らの創造主様はそういった同族の話を知るからこそ、極力、自分の世界に関わろうとはなさいません。未だ、未熟な世界だからこそ、大切に慈しんでおいでなのです」
――ですから、私はこのお方に作られたことを誇らしく思います。
小さく笑みを浮かべ、アストは銀髪ショタ(神)を見つめた。職務に忠実なアストの根底には、創造主の意志に敬意を払う気持ちがあるのだろう。
だって、この世界の住人がぶち当たる困難は、神の力で解決した方が楽じゃん?
銀髪ショタ(神)がそれをせず、ダンジョンというものを通じて人々の成長を促すのは、脆い世界を悪戯に歪めてしまわないためじゃなかろうか。神の力で解決した場合、人々の中には経験も、努力も、何一つ残らないんだし。
……そうは思っても、銀髪ショタ(神)は私の世界の神ではないわけで。
「良い子! 大丈夫、あんたは間違ってない!」
「わ!? ちょ、ちょっと、聖……っ」
とりあえず、ガシガシと強く撫でつつ褒めてみた。敬愛する創造主への扱いに、アストが顔を引き攣らせた気がするけど、気にしない!
私にとってこの子は『創造主様』ではなく、世界のことに一生懸命な銀髪ショタ(神)なんだから、子ども扱いしたっていーじゃない!




