第二十二話 創造主、再び
エリクの歓迎会もまったりモードとなり、其々が雑談に興じ出した頃――
「聖っ! 大変だよ!」
「へ?」
そんな声と共に、いきなり背後から抱き付かれる。う、うん? 幼い声には聞き覚えがあるけど、姿が見えん。無理矢理背後に視線を向ければ、銀色の旋毛……あ。
「銀髪ショタ(神)!」
「失礼なことを言うんじゃありません! 誰が、銀髪ショタですか! 創造主様でしょうっ!」
思わず叫べば、即座にアストから突っ込み&抗議が。煩いですよ、ヘルパーさん。私にとってこの銀髪ショタ(神)は、詐欺紛いの手段でこの世界に連れて来た元凶です。
「銀髪ショタって……」
「名前を知らないもん。まあ、折角、宴会の最中に来たんだし、楽しんでいきなよ。あ、エリク! 何品か皿に盛ってくれない? 酒……は見た目がお子様だからやめて、とりあえずジュースかな」
「了解です!」
温~い目を向けてくる銀髪ショタ(神)が無言の抗議をしてこようとも、さらりと受け流して隣に座らせる。つーか、『名前を知らない』というのは本当だ。初対面時、名乗らなかったのは銀髪ショタ(神)なのだから。
「聖、貴女という人は……」
青筋を立てたアストが私に更なる説教をしようとするが、それを手で制し、銀髪ショタ(神)は真面目な顔を向けてくる。
「アスト、今はそれどころじゃない。……聖、ここに召喚された人間がやって来る」
『は?』
銀髪ショタ(神)の言葉に、話を聞いていた全員がハモる。え? ええ!? 『召喚された人間』って、何さ? そんなことが可能なの?
だが、アストは銀髪ショタ(神)の言葉の意味が判ったらしい。一気に顔色を変え、厳しい表情になっている。そんなアストの姿に皆は何かを察したらしく、視線が私達へと集中した。
日頃からヘルパー扱いして怒らせているが、アストがこんな顔をすることは非常に珍しい。……逆に言えば、アストがこんな顔をする時は『それなりの事態』ということだ。勿論、悪い方向に。
だが、私は銀髪ショタ(神)の言葉に違和感を覚える。だって、ねぇ?
「いやいや、それおかしいでしょ。あんた、私の時に魂だけ連れて来て、新たに器を与えたじゃない。アストから『本体のままで界渡りすれば、負担がかかる』って聞いたよ? そもそも、召喚する術なんてあるんだ?」
「アストが君に教えたことは事実だよ。だけど、『不可能とは言わなかった』んじゃない?」
「……。言ってない、かも」
首を傾げて記憶を探るも、確かにアストは不可能とは言わなかった。ただ……意図的にそれを教えなかったような気もする。
だって、アストだもん。常に完璧を目指す、『できる補佐官様』なんだぜ?
おかしいだろー、絶対。教えなかったのは、何か理由があるはずだ。
「……教えなかったのは、必要ないからです。いえ、はっきり言ってしまえば禁止事項なのです」
溜息を吐くと、アストは銀髪ショタ(神)に視線を向ける。それを受けて、今度は銀髪ショタ(神)が口を開いた。
「君が通販した品も、僕を経由しているよね? あれはね、無理なくこの世界に送るためでもあるんだ。僕が同族から受け取って、自分の世界のどこかに出現させている……ってことなんだよ」
「つまり、そういった手順が必要ってこと? 創造主同士の受け渡しと許可があって、初めてこの世界に無理なく受け入れられるって感じでいいのかな」
物として考えると判りにくいかもしれないが、データ変換のようなものに喩えると判りやすい。この世界の神の許可を得た状態(=この世界に対応済み)だからこそ、性能などをそのままに受け取れる……みたいなものかな。普通に召喚すると、食べ物の味とかおかしくなるのかも。
銀髪ショタ(神)は私の思考を読んだのか、満足そうに頷いた。合っているらしい。
「うん、そんな感じ。だけど、それは君だけの特例だ。それにね、この世界の住人が使う召喚術ってのは、僕達が気づかないような小さな歪を利用するものだから、とても不安定なんだよ。……その対象のことなんて、考えてないからね」
つまり、下手をすればスプラッタな状態でこの世界に来ることもあり、と。なるほど、創造主の目が届かないような小さな抜け穴を使う、裏技的なものが召喚術なのか。
ならば、今回召喚された人間はかなりの幸運なのだろう。どうしてダンジョンにやって来るのかは判らないが、少なくとも五体満足のまま、この世界に来たみたいだし。
「経緯はともかくとして、召喚された人が無事なら問題ないんじゃない?」
それが第一な気がする。だが、銀髪ショタ(神)とアストは首を横に振った。
「聖、そういった召喚はとても危険なのですよ。召喚された者も不幸ですが、何より、世界にとっての害悪なのです。貴女と違い、召喚者はノーチェックのままこの世界に来ているのですよ? ……この世界に未知の病原菌でも持ち込まれたら、どうします? 召喚者にとっては大したことがないものでも、この世界の人間にとっては脅威かもしれません」
「そもそも、強引にこの世界にやって来た『異物』なんだよ。無理矢理世界の壁を通ったようなものだから、世界にだって負担がかかる。君達への通達が遅れたのも、僕が修復作業を優先させたせいだからね。小さな傷に何度も負担をかければ、それはやがて大きな傷になる。だから、最優先でその傷を修復しなければならないんだよ」
「でもさぁ、その召喚された人に罪はないじゃん」
二人の言いたいことも判るが、あんまりだ。『害悪』扱いは酷くね?
そんな気持ちが顔に出たのか、銀髪ショタ(神)はきまり悪そうに視線を泳がせる。
「聖、神なんてそんなものなんだよ。基本的に自分が一番だ。君にだって、覚えがあるだろう? 僕の誘いを一度は断ったのに、結局はここのダンジョンマスターとして送り込まれているじゃないか。……しかも、この世界の住人の敵として。意図して黙っていた以上、僕は君に責められても文句は言えない。それだけのことをした自覚があるからね」
――だから、君の世界の神が色々と融通してくれたんだよ。『哀れだから』って。
言いながら、銀髪ショタ(神)は俯いてしまう。その姿はどこか、あの男の子……私が庇った、訳ありの子を思い出させた。
状況や役目を受け入れているくせに、感情面では納得していない。
言っていることと表情が一致しないくせに、諦めて誤魔化そうとする。
あの男の子といい、銀髪ショタ(神)といい、どうにも世界には理不尽に晒されているお子様が多い模様。見た目が子供な分、その悲壮さは倍増だ。
「……他の人はどうか知らないけど、私のことは気にしなくていいよ」
「え……?」
気がつけば、銀髪ショタ(神)の頭を撫でていた。呆けたような表情は幼く、その声も子供特有の高いもの。この子を神という基準に当て嵌めると、本当にほんの子供なのだろう。だからこそ、神の残酷さを伝えながらも、自分自身が割り切れてはいないんじゃないか?
「私は楽しく暮らしているし、このダンジョンはそこそこ人気だよ? ……そもそも、私が死んだ原因になった規模の事故だと、生きている方が奇跡って感じだったじゃん。その果てに今があるなら、私があんたに向けるのは感謝だよ」
「あ、俺も感謝してます! 聖さんがいなければ、俺は惨殺死体で人生終わってましたから!」
私に続き、エリクも声を上げた。エリクの喜び――人生の春宣言を含む――を知っている面々が笑い声をあげ、それは徐々に伝染していく。少なくとも、ここは悲しい場所ではない。
「ほら、エリクだってそう言ってるじゃない。だから、『ありがとう』でいいんだよ」
「……っ……う、うん! それなら、良かった」
再度、笑って告げると、銀髪ショタ(神)はくしゃりと顔を歪ませて抱き付いてきた。私の胸に押し付けてしまった顔を見ることはできないけど、銀髪ショタ(神)は泣いていないだろう。それがこの子の神としての矜持だ。ほんの少しだけ、慣れないことをされて戸惑っているだけ。
「人は勝手なものです。与えられる時はそれが当然とばかりに受け取り、己が不幸は神のせいだと呪いの言葉を吐く。……これまでのダンジョンマスター達は己が望みの果てに壊れていっただけだというのに、最後は創造主様のせいにする者が大半なのですよ」
『本当に貴女は変わっている』。そう言いながらも、苦笑したアストの目はとても優しい。
アストはずっと補佐として存在してきたと言っていたから、ダンジョンマスター達の身勝手さも知っているのだろう。銀髪ショタ(神)への敬愛があるならば、怒りを覚えたこともあるはず。
「我々は創造主様にとって、創造物でしかありません。同情を向けるなど、おこがましいことなのです。ですが、その孤独はダンジョンマスターに通じるものがあると、私は考えています。唯一の存在だからこそ、誰も同列には成りえない……まあ、あくまでも『孤独』という意味であって、自ら望んでダンジョンマスターとなった者達に、同情の余地はないと思っていますが」
「躾けりゃいいじゃん。ダンジョンマスターだろうとも、大人が八つ当たりはみっともないよ」
「それが不可能なのですよ、聖。言ったでしょう? 我々は基本的に、ダンジョンマスターには絶対服従なのだと。貴女が例外中の例外なのです」
アストだけではなく、記憶を持つ皆も頷いている。なるほど、色々と苦労があるらしい。
――だけどさ、銀髪ショタ(神)? あんた、それほど孤独じゃないかもよ?
「気づかなかっただけで、心配してくれる人達は居るみたいだね? 銀髪ショタ(神)。良かったじゃん。あ、そうだ! 銀髪ショタ(神)の部屋も作るからさ、あんたも遊びにおいでよ」
「……銀髪ショタ(神)じゃないってば」
くぐもって聞こえる声が、何となく嬉しそうだったのは……気のせいってことにしてあげる。




