第二十一話 人には色々ありまして
――ダンジョン内・イベント会場にて
「……というわけで、俺はデュラハンにしてもらったんですよ。いやぁ、人生勝ち組ですね!」
始終笑顔のエリクの様子に、皆が安堵の表情を浮かべる。現在、エリクの歓迎会の真っ最中。今回の一件で協力してもらった冒険者達も混ざってもらい、イベント会場にて宴会です……!
っていうかね、皆はエリクのことが心配だったのだよ。孤児から成り上がったというのに、我儘王女に目を付けられ、その挙句に殺された……という、中々にハードな経歴の持ち主だからね。
しかも、このダンジョンの魔物として蘇った以上、もう外には出られない。さすがに、色々と思うことがあるんじゃないかなー? というのが皆の見解だった。
その予想を裏切って、当のエリクは第二の人生を満喫していらっしゃるご様子。安堵と共に、生温かい目を向けてしまうのも仕方がないだろう。『お前、今迄どんな生活してたんだよ!』と。
「あ~……騎士の兄ちゃんが明るくて良かったよ。まあ、ここは陰険な奴はいないから」
視線を泳がせながらも、頷くゼノさん。そんなゼノさんに対し、エリクは満面の笑みを向け。
「食いっぱぐれがない、寧ろ、食い物が美味い! 嫌味な上司も、身分を振りかざす貴族もいない。しかも、罪人の捕獲や盗賊の討伐なんて任務もないから、人から恨まれないんですよ……! ここは楽園かと、割と本気で思ってます」
大真面目に言い切った。……いや、待て。何か、騎士の存在を否定する言葉がなかったか?
「エリク、『罪人の捕獲や盗賊の討伐なんて任務もないから、人から恨まれない』って、どういうこと? 普通は感謝されるんじゃないの?」
私の問い掛けに、エリクは首を横に振る。
「感謝されるものもありますよ? だけど、已むに已まれず犯罪に手を染めるって場合も結構あるんです。その場合、そいつらの子供や仲間からすれば、俺達は批難の対象ですよ。俺は運よく剣の才がありましたが、全ての人が食えるだけの職に就けるわけじゃないですからね」
「聖の嬢ちゃん、これもまた現実ってやつさ。誰もが平穏に生きていけるなら、冒険者なんていないだろうよ。ダンジョンに潜る奴は大抵、一獲千金狙いだろう? ……危険を冒すだけの理由があるのさ。生活に困ったり、病人を抱えたり、畑の作物の出来が悪い……とかな」
常連の冒険者さんが補足すると、エリクと冒険者たちが一斉に頷く。実感の籠もったその表情に、誰もが一度はその類の苦労をしたと思わせた。そっか、日本を基準にしちゃ駄目なのか。
「そういえば、聞きたかったんですが。聖さんは元の世界で死んだから、ここのダンジョンマスターになったんですよね?」
「うん、そうだよー。お子様を助けて人生を終えました。享年二十一歳です。ちなみに圧死」
「二十一歳児、の間違いでしょう! 貴女の場合」
アストよ、煩い。皆も、一斉に笑っているんじゃない! ここの支配人ですよ、私!
「聖さんも俺と張る死に様ですねぇ。……いや、善行で死んだから、聖さんのほうがマシか? ま、まあ、それはともかくとして! ここのゴースト達って、聖さんがアンデッドとして蘇らせたといっても、全く悪意とかないじゃないですか? あれはどうなってるんです?」
「へ?」
「いや、アンデッドになる奴らって、何かに操られている人形状態か、強い怨念や執着のままに蘇った連中って認識なんで。ここまで無害なアンデッドってのも、珍しいなって」
上手い言葉が見つからないのか、エリクは頭を掻きながら困ったように話す。冒険者達はエリクの説明に納得できるのか、「確かに」とばかりに頷いていた。
そんなことを言われても、私はこの世界のアンデッドを知らないからねぇ。エリクの話から聞く限り、まさにホラー映画に出てくるような悪意満載の悪霊とか、そんな感じなんだろうか。
そして、そんな状況の救世主となるべく、皆の視線が向けられたのは当然、我らの有能なヘルパーさん……じゃなかった、お世話係……も違う、えーと……補佐官ことアスト様。
「聖? 今、何か余計なことを考えませんでしたか?」
「気のせい。アスト、何か知ってるなら教えて。私、この世界のアンデッドを知らない」
さらっと流して促せば、アストは溜息を吐いた後、話し始めた。
「このダンジョンのアンデッド達が普通と違う原因は聖です。聖はこのダンジョンを娯楽施設と捉えていますから、徘徊する魔物達は従業員という認識をしています。そして、全ての魔物達は聖の影響を受けますから、ダンジョンの挑戦者は客……つまり、悪意を抱く対象ではないのです。それ以前に、聖が全ての魔物達に自我を持つことを許していることこそ、主な原因でしょうが」
「え? 何で?」
「いいですか、聖。このダンジョンに存在する自我を持つことを許されたアンデッド、その元になる死者達は、『蘇っても、挑戦者を害さない者』に限定されるのです。それ以外の輩は、アンデッドとなる対象から外されます。貴女とて、彼らが蘇った直後を知っているでしょう? 己が死したことを嘆いても、他者を同じ道に引き摺り込もうとした者は皆無でした。そんな者達だからこそ、今はダンジョンの従業員としての時間を楽しめるのでしょう」
「あ~……私のかけた制限が活きているから、悪霊じみた奴が生まれないのか」
アストの説明に、なるほどと頷く。つまり、このダンジョンのコンセプトに合わない奴は、アンデッド製作の際に、自動的に弾かれていたと。自我を持たないアンデッドならば、元になる奴はどんな死者でもいいだろうが、自我を持つことが許されているなら……凶暴な奴は作られんわな。
「あ、ついでに聞きたい。ライナみたいな子供がダンジョンに居るのは、なんで?」
片手を上げて、再度アストに尋ねる。これ、不思議だったのよね。必要に迫られて一攫千金を狙ったにしても、ライナは無邪気過ぎる。言い方は悪いが、あまりにも場違いな印象なのだ。
「ん~? 私は一緒に暮らしてた人達とダンジョンに来たよ? お母様のことは覚えていないけど、お父様が時々、会いに来てくれてたんだ。いきなり、皆でお出かけすることになって、ここに来たの。そういえば、一緒に居た人達は誰も蘇ってないね? 何でだろ?」
「え゛……それって……」
無邪気なライナの言葉だが、その内容から推測できるものはかなり重い。沈黙が落ちる中、再び口を開いたのはアストだった。
「ライナのことは覚えていますよ。お付きの人達と共に逃げてきた……という感じでしたね。恐らくですが、ライナは貴族が外に作った愛人の子か何かだったのでしょう。父親に愛されてはいたのでしょうけど、それが仇になった典型ですね。家が取り潰される場合、一族郎党処刑……ということもあります。巻き込まれる形になった際、周囲の大人達が逃がしたのでしょう」
「だから、その『周囲の大人達』は一緒に蘇らなかったって?」
「家の取り潰しが権力争いによるものなのか、陥れられたものかは判りませんが、非がない状態での粛清ならば、恨みも相当でしょう。ダンジョンにしか逃げ場がない時点で、味方は皆無かと」
リセットされても記憶を引き継いでいるからこそ、アストは覚えていたらしい。というか、ライナのことをそれなりに気にかけていたから、即座にこんな話ができるんじゃないだろうか。
何だかんだ言っても、面倒見が良い奴である。さすがは、アスト。頼れる皆の纏め役。
その当事者であるライナはよく覚えていないのか、軽く首を傾げている。こう言っては何だが、ライナが当時のことを覚えていないのは幸運だった。悲惨な記憶があったら、お子様は泣くぞ。
だが……ライナは皆の心配とは別方向に考えていたらしい。
「ん~……よく覚えてないけど、私は『今』が楽しいよ?」
そう言ってふわりと浮くと、ライナは楽しげに私に抱き付いた。
「聖ちゃんが来てくれたから、皆で遊べるようになったもの! 前はお父様を待つだけだったけど、今は色んな人達が遊びに来てくれるから、嬉しいな!」
「……。ゴーストになって良かった?」
「うん! この体ならどこにでも行けるし、美味しいお料理も食べられるもん!」
――普通はあり得ないことだけど、これって聖ちゃんのお蔭でしょう?
笑うライナの顔に憂いはない。ライナを気遣っていた皆の顔にも、漸く笑みが浮かぶ。
「だったら、私もお礼を言わなきゃね。ここを好きになってくれて、ありがとう」
ライナだけではなく、それは皆に向けての言葉だ。私からすれば、死後の快適生活に付き合わせている自覚があるため、皆の『楽しい』という言葉は素直に嬉しい。
「良かったですね、聖。……引き籠もり願望のあるお馬鹿が、何好き勝手にダンジョンを解釈してるんだと思っていましたが、喜んでくれる人がいてくれて」
そう言いつつも、アストは微笑んで私の頭を撫でた。おお、アストが私を褒めている!
「そりゃ、ここは娯楽施設だもん! スタッフだろうとも、楽しまなきゃね? さあ、今日は全品タダだぞ! 皆さん、このダンジョン初の厄介事の解決、お疲れ様でしたー!」
「おお! 今日は飲み食いするぞ!」
明るい声があちこちで上がる。……うん、私のダンジョンはこうでなくっちゃね!
死別した家族や友人達、そして色々と融通してくれた元の世界の創造主様!
私はここで、楽しく引き籠もり生活を送ってます! だから……貴方達にも幸あれ!




