表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【広瀬煉】平和的ダンジョン生活。  作者: 広瀬煉【N-Star】
一章
20/117

第十九話 人間達は足掻き、踊る

――王城・アマルティアの自室にて(アマルティア視点)


「どうして……こんなことに……」


 薄暗い寝室のベッドの上、呆然と呟く。滲む涙は父に叱責された恐怖ゆえなのか、悔しさからのものなのか判らない。ほんの数刻前に、私は全てを失ってしまったのだから。

 側室といっても母は公爵家の出身であり、その発言力や実家との繋がりはそのまま、私の力となった。愛らしいと言ってもらえる容姿を利用することを覚えたのは、それなりに幼い頃だったと思う。


 ――そう、私は。ずっと、ずっと、『誰かで遊ぶ側』だったのだ。


 私の言動に振り回される周囲に、それでも強く諫められない自身の立場に感じたのは……途方もない優越感。諫められるようなことをしようとも、『許さなければならない存在』であることは、私を酷く満足させていたと思う。

 やがて、他国の王族との婚約が調うと、それは益々強くなった。他国に望まれた姫であるからこそ、父王とて、無下に扱うことはできないのだ。その事実が私を益々、優越感に浸らせた。

 王妃に勝る血筋を持ちながら野心を抱かず、側室という立場に甘んじる母。それに加えて女だからこそ、私の立場は王妃の子や王子に劣る。その事実は常に私を苛立たせてきたのだ。その全てを屈服させたかのような現状に、私は酔いしれていたのだろう。

 エリクのこととて、ほんの遊びのようなもの。身分違いの恋に憧れる王女という立場は予想以上に周囲を振り回し、とても楽しかった。

 だけど、それが全てを失わせることになるなんて……!


「原因は誰? エリクを殺した騎士達? 散々ちやほやしてきたくせに、手のひらを返した伯父様? 私を見限ったお父様達? ……ああ、口煩いお兄様や弟もいたわね。自分だって、雁字搦めの生活に不満を抱いているくせに」


 特に、弟王子はその傾向が強い。そうなってしまった原因は、この国の王太子となるための試練――『ダンジョンに赴き、ダンジョンマスターを倒す』という儀式。

 といっても、一人で行くわけではない。当然、精鋭達を連れていくのだ。落命する可能性が皆無ではないとはいえ、同行者達に守られて挑むのだから、試練に挑む王族『は』死んだと聞かない。

 今回とて、兄王子も無事に儀式を終えて帰還した。ただ、同行者の中には当然、命を落とした者もいる。そのうちの一人を兄の如く慕っていた弟王子はそれ以降、塞ぎ込んでしまった。

 理由は……『皆の称賛が、試練を終えた王子のみに向けられているから』だったろうか。

 試練に挑む王族に同行することは誇らしいことであり、その中で死のうとも、身内は死者を褒め称えるのだ。『よくぞ、務めを全うした』と。悲しむことは試練に勝利した王族への批難と取られるため、死者達を悼む声はあまり聞こえない。

 弟王子はこれに大変憤ったらしい。あの子はあまり王族らしい考えをしない傾向にあったけれど、私からすれば愚かなことだと思う。王族を守って死ねたのだから、死者達も満足であろうに。

 そこまで考えて、私は――この状況をもたらした『もう一人の存在』を思い出した。


「あのダンジョンマスター……『殺さずのダンジョン』などと呼ばれる、異端のダンジョンの支配者。あの、女さえいなければ……!」


 ギリ、と無意識のままにドレスを握る。高価な生地が皺になろうとも気にせず、数日前に見たダンジョンマスターの姿を、そして、その傍に寄り添うように立っていたエリクを思い出す。

 だが、いくら憤ったとしても、相手は化け物達。婚約を解消され、取り巻き達からも距離を置かれている今の自分には、どうしようもない。


「あんなモノに、私の生活は崩されたの。エリクから受けた屈辱も許しがたいわ。……。そういえば、伯父様……いえ、私を見限った公爵が面白いものを所持していたわね」


 一月ほど前に聞いたことを思い出し、私の口元に笑みが浮かぶ。そうだ、『もう一人の化け物』がいるじゃないか。それを上手く誘導し、『それ』をダンジョンへと向かわせればいい。


 化け物の通称は『勇者』。異世界から召喚された存在であり、召喚者の手駒たる存在。


 私を甘やかしたことを批難されるようになったため、公爵は危機感を覚えたのだろう。文献を漁り、『勇者』という存在の召喚方法を突き止めたのだ。運よく強者が来れば継承の試練に同行させ、王家に恩を売ろうと考えたらしい。

 だが、結局はその召喚が成功した――『望み通りの者が来た』という意味で――のは、試練の儀式が終わった後。その後は何かに使えるだろうと『勇者』と呼び、囲っていると聞いた。……侍女達の話によると、見目麗しい青年らしい。それも、『神に連なる者を嫌っている』と聞く。


「私が密かに接触して……涙でも浮かべて縋ればいいかしら。でも、噂が事実ならば、ダンジョンと聞いただけで、勝手に討伐に動いてくれそうね」


 何せ、ダンジョンは『神が作った人間の脅威』。その定説がある限り、『勇者』は勝手に行動してくれそうだ。そういった点もまた、私にとっては都合が良いじゃないか。

 ダンジョンマスターを怒らせたとしても、私は『神と神に連なる者を嫌う化け物に、戯れにダンジョンのことを教えただけ』。行動したのは『勇者』自身の意思であり、討伐を願うような言葉さえ口にしなければ、私に非はないだろう。

 何より、この国が『勇者』を持て余しているのは事実なのだから。

 父王は召喚の身勝手さを嫌い、公爵を叱責したけれど……その有効性を支持する者達もいた。だが、結局はその戦闘能力の高さを危険視され、飼い殺しとなっていたはず。


「立場が悪くなってきている公爵ならば、飛び付きそうな計画ね。ふふ……私も処罰されるかもしれないけれど、せめてダンジョンの一つくらいは巻き添えにしてあげる。エリクも圧倒的な力に屈して、絶望のまま死ねばいいのよ……今度は魔物として!」


 楽しくてたまらない。その未来を想像するだけで、自然と笑い声が零れてしまう。


「さあ、そうと決まれば準備をしなければ。悲劇の王女を演じて『勇者』に縋り、あの邪悪なダンジョンを滅ぼしてもらうのだから」


 私に全てを失わせた化け物達に復讐を。化け物同士、殺し合えばいい。


 私をそこまで動かす感情が王女としての誇りを傷つけられたゆえの憤りなのか、エリクが新たな主に選んだあの女――ダンジョンマスターへの嫉妬なのかは判らない。だけど、足掻いてみせる。決してこのままでは終わらず、あの女にも全てを失わせてやろう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アリアンローズより書籍化されました。
Amazonでも好評発売中!
※このリンクは『小説家になろう』運営会社の許諾を得て掲載しています。
広瀬煉先生の他の作品はこちら
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ