第十七話 ダンジョン側からの抗議 其の一
「さて、弁明を聞こうか。ああ、経緯はエリク本人から聞いているから」
私の言葉に、通信先である謁見の間は緊張に包まれたようだった。はは、ビビってやがる! 皆に頼んで、メイクや服装、口調を頑張った甲斐がありました!
なお、この通信の道具は魔法を駆使した物らしく、私の世界でいうなら『モニター越しに対話ができる』というもの。この世界には魔法があるため、こういった物も存在するらしい。あちらからは空中に投影された巨大画面に、私の姿が映っているはずだ。
本来はもっと小型らしいが、私の世界の知識を得たアストによって改造され、こんな風になった。何でも、『力の差を見せつけるためにも、こういった演出は必要』だとか。
できる補佐です、さすがです! それでこそ、創造主が私のお守りを任せたヘルパーさん。
ただ……ちょっとやり過ぎた感が否めない。あちら側、完全に恐怖に飲まれちゃってるもの。
そんな彼らの姿に、彼らがエリクの件を隠蔽する気だったことが窺えた。エリク曰く『誰もが問題視していた』そうなので、個人的な感情はともかく、それが国としての対応なのだろう。
そんな中、厳しい顔をしていた王様がこちらへと疑問の声を投げかけてきた。
『ダンジョンマスターよ。そなたの言葉、今一つ意味が判らん。【エリク本人から聞いた】とは? 彼がダンジョン内で殺されたことに対する抗議だと、そう聞いていたはずなのだが』
「勿論、そのつもり。……彼には魔物……デュラハンになってもらいました。魔物化したエリクから事情を聞き、抗議となったわけです。ですから、貴方達がこの問題を放置していたことも知っていますよ。ああ、それとも……エリクがいなくなったことを喜んでいたのかしら?」
『魔物化だと⁉ 確かに、我々にも非はあろう……だが、あんまりな扱いではないのか!』
事実を告げると、王様どころか、あちら側の面子は激しく動揺したようだ。……あら、ギャラリーからも『何と非道な』とか聞こえた気がするけど、それを貴方達が言うかねぇ?
ちらりと出番待ちのエリクに視線を向けると、それはエリクにも聞こえたらしく、ジトッとした目でこちらを見ていた。その表情は『テメーらがそれを言うか。あの馬鹿女のために俺を殺した奴らが、それを言うのかよ⁉』と言っている。彼は被害者、その怒りも当然だろう。
哀れなり、平民。その扱いはとっても軽いくせに、こういう時ばかり人として扱われるとは。今更、同情なんていらないのにね。つーか、無駄なのにね!
よし、じゃあエリク君にも言いたいことを言う機会をあげようじゃないか。第二王女に対するクレーム要員の予定だったけど、向こうがそういう扱いをしてくるなら、こちらも遠慮はいらん。
「事情を聞くならば、本人から聞くのが一番でしょう? 貴方達だって、犯人が誰か気になっているんじゃないの? 代わりましょうか?」
『え……』
「私からの抗議もある以上、処罰はされるのでしょう? 明らかに、犯人が身勝手過ぎるわ。第二王女を諫めるべきなのに、そのツケをエリクに背負わせたままなんて非道なこと、しないわよね? 魔物化したことに憤るくらいなんですもの」
にこりと笑って、先ほどの発言を逆手に取った言い方をすると、王様の顔が引き攣った。こちらではアストが同意するように頷き、エリクはグッと親指を立てていい笑顔。
『そ、それは……。……。勿論、だ』
「話の判る方で良かったわ。同じことを繰り返さないためにも、罰は必要だもの」
迷った様を見せるも同意し、頷く王様。そこには隠しきれない苦悩とやるせなさが見て取れた。
犯人は第二王女のためというより、国のために動いたのかもしれない。だが、私達にそんなことは関係ない。巻き込むから、忠臣かもしれなかった存在を失うことになるのだ。
これこそ、『エリクの死を軽く考え、なかったことにしようとしたことへの罰』。
すでにうちの子なのです、エリク。反省ゼロのまま見逃してやるほど、私は優しくはない。優先順位は当然、身内の方が勝るに決まっている。周囲に居る皆も何も言わないので、私と同じ心境なのだろう。……エリク君、感動するのは後にしろ。君はこれからが正念場なのだから。
「じゃあ、エリクに代わるわ。見た目は同じだけど、服装は変わっているから」
『すでに我が国の騎士ではないということか』
「忠誠を失わせるような真似をしたのは誰? 死んでまで、薄っぺらな繋がりが継続するとは思わないで。本来ならば、すでに犯人が拘束されていてもおかしくないと思うけど」
『っ』
王は唇を噛み締める。その姿を冷めた目で見ながら、私はエリクに場を譲った。エリクよ、出番だ。精一杯の演技をしつつ王にクレームを入れ、第二王女の心を折っちまえ!
「……陛下、お久しぶりにございます」
憂い顔のエリクが一礼する。その服装は黒一色、元からの色の白さも相まって、よく似合っている。エリクの本性を知らなければ、十分に『憂い顔の騎士様』だろう。確かに、物語に出て来そうなキャラではあった。……中身、私と張るレベルの庶民派だけど。
『エリクか。随分と迷惑をかけたようだな。今更だが、謝罪させてくれ。本当にすまなかった』
王は謝罪の言葉を述べるが、エリクはそれに言葉を返すことなく、事件の真相を語り始める。
「私は陛下に感謝しておりました。孤児である私でさえ、騎士となることができたのですから。ですが、アマルティア姫は私の忠誠が王家に捧げられていることを、理解してはくださらなかった。何より、姫には他国に婚約者がいらしたはず。……私を疎む方がいても、当然というもの」
『そうだ。儂も、妃も、アマルティアを諫めることは敵わなかった。この場だからこそ、正直に言おう。エリクよ、儂はお前がアマルティアの前から姿を消すことを願っておった。それだけで良かったのだがなぁ……。お前には辛い思いをさせてしまった』
画面越しに見る王様の表情は苦しげであり、嘘を言っているようには見えない。エリクも首を横に振っているので、王様に対して怒る気持ちはないのだろう。
「私を連れ出したのは、近衛騎士のラウル殿です。ご友人もいらっしゃいました。平民である私が逆らえないと、御存知だったのでしょう。そのままダンジョン内で首を切られ、顔を潰されました。私が発見されたのは、彼らが去った直後だと思います。ダンジョンを訪れていた挑戦者の方達が、ダンジョンマスター様に私の保護を願い出てくださったのですよ。そうでなければ今頃、冷たい土の上で朽ちていくばかりだったでしょう」
『保護、だと?』
「保護と言わずに、何と言いましょう? 私を魔物化したのは、事情を聞くため。殺害を目撃したと知られれば、挑戦者の方達も殺される可能性があったからです。……噂通り、本当に『殺さずのダンジョン』なのですよ。ですから、私から事情を聞かざるを得なかったのです。その上、私は生前の姿を保てるような種族を選んでいただきました。感謝こそすれ、恨む気持ちなどありません」
王様は信じられないような顔をして、エリクの顔をじっと見つめている。エリクが語ったことも単なる臆測とは言い切れないため、否定する言葉が見つからないのだ。
何より、これで私を『人間を魔物として蘇らせた、非情なダンジョンマスター』とは言えなくなった。事実を告げるだけではなく、エリクの狙いはそこにあったのだろう。
王様が沈黙した後、エリクの視線がとある人物を捉える。その視線の先に居るのは、顔を蒼褪めさせながらも同席させられている第二王女・アマルティア。彼女こそ、この一件の元凶であり、エリクにとっては『俺が幸せになるために邪魔な黒歴史(本人談)』。
想い人ができたエリクにとって、この王女様は非常に邪魔なのだ。エリクの見た目が人間の時と変わらないため、『魔物でもいい!』と言い出して、付き纏うことを警戒しているのだろうか?
信頼ねぇな! 王女様。想い人が待っている以上、今のエリクは無敵だ。覚悟するがいい!
「アマルティア様。これでもまだ、勝手な振る舞いを続けられるのでしょうか? 私を殺した者達とて、国を憂いての行動かもしれないのですよ? 私を死なせ、彼らを罪人にしたのは、貴女様なのです。ご自分の立場を未だ、理解なさっていらっしゃらないのですか?」
『わ……私は! 私はお慕いする方と幸せになりたいのです! 恋をするなと……それさえも罪だと言うのですか!? 私だって、物語のような恋がしたいのです!』
「それでは益々、私の死は無意味なものになりますね。……アマルティア様? 貴女様の言う恋とは一方通行のものではありますまい。私は貴女様を慕ったことなど、一瞬たりともございません。自分勝手な想いのままに行動し、他者を振り回す者など、どうして好意を抱きましょうか」
『え……』
そこまではっきり言われたことがないのか、アマルティア姫は固まった。反対に、エリクは口元に冷たい笑みを湛えている。
予想以上に、ストレスが溜まっていた模様。王女様、貴女はさっさと『御免なさい』をした方がいいんじゃない? エリク、割と本気で怒っているみたいだよ?