表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【広瀬煉】平和的ダンジョン生活。  作者: 広瀬煉【N-Star】
一章
17/117

第十六話 その知らせは唐突に(王視点)

 ――それは予想外のことだった。


「なんだと⁉ 新たに就任したダンジョンマスターが、我々との対話を望んでいるだと⁉」

「はい……その、これを持ってきた者曰く、先日、ダンジョン内で外部の人間による騎士の殺害が行なわれたそうで。その騎士の名が……エリクだそうです」

「……っ」


 告げられた名はアマルティアが熱を上げていた平民の騎士。それは、つまり。


「現在のダンジョンマスターが就任して以来、あそこは『殺さずのダンジョン』と呼ばれております。……ダンジョン内の魔物による殺害は行なわれていない、と。ならば、これを成したのは、外部の人間……それもエリクを排除する必要がある者! ダンジョンマスターの意図は判りませんが、この件において追及されるのは避けられないかと」


 思わず、硬く拳を握り込む。報告をしている騎士の顔面も蒼白だ。それも当然かもしれない……『こちらの揉め事にダンジョンを巻き込んだ』など!

 確かに、昔からダンジョンは『あちらから手を出さないもの』として知られている。だが、それはあくまでも『ダンジョンに挑んだ場合』に限られるのだ。これはあまり知られていなかった。


「ダンジョンには支配者がいる……我々が挑むならば、ダンジョンの主は『敵として歓迎してくれる』! だが、利用しようとするならば、報復を覚悟せよと言われているというのに……」


 奇妙なことだが、ダンジョンの主達は例外なく、自身に挑む者に対しては寛大なのだ。ゆえに、挑んだ者達への報復がされることはない。それは王位継承の儀式も当て嵌まり、『ダンジョンに挑むことで自身を見極め、その主に己を認めさせる』と認識されるのだろうと言われていた。

 だが、今回のように濡れ衣を着せようとするならば、牙を剥く場合があるのだ。まるで……『お前達の都合のために、存在しているわけではない』というように。そもそも、この件は我々が解決せねばならないことだった。都合よく利用されることなど、許してはくれない。


 ダンジョン側から侵攻された記録はない。ただし、何らかの報復を受けた事実は存在する。


 このような特性があるため、学者達の中には『ダンジョンの主は誇り高い。強者に挑む者の勇気を称え、自身を打ち取った際は祝福を与える』と唱える者もいた。ダンジョンにある宝箱の中身は、命を賭けて挑む者達への褒美だと。だからこそ、悪事に利用されることは許さない……これまで挑んできた者達と同列に扱うことはない。挑んだ者達の名誉を守っているとも言われている。


「エリクは行方不明となっていたな。犯人の心当たりはあるか」

「絞り込むまではいきませんが、ある程度でしたら」

「そうか……では、こちらも応えねばなるまい。先に無礼を働いたのは我らの方なのだからな。そ奴らと主だった貴族達、そして……アマルティアもだ」


 愛らしい容姿を持ち、奔放な性格をした我が娘。恋物語に魅せられ、他者をその愚かな夢に巻き込んだ愚者。必要があるならば、儂はアマルティアを差し出しつもりだ。何より、アマルティアを他国に嫁がせていいものか、疑問に思う声が上がっていた。……婚約を潰すならば、今しかない。


「さて、何を言われることやら。これでも我が国はそれなりに、ダンジョンと良い関係を築いてきたのだがなぁ……それも潰えるやもしれん。今後はこれまで以上に、厳しくなりそうだ」

「……」


 呟きに、応える言葉はない。ダンジョンマスターの思惑が不明な以上、どうしても悪い方向に考えがちになってしまう。それでも、俯くことは許されない……王なのだから。

 沈む気持ちの中、ふと、殺されたであろう一人の騎士を想う。まだまだ先があったはずの人生を理不尽に奪われた彼は、今は何を思っているのだろうか? その魂が安らかであればいいと、儂は胸の内で祈りを捧げた。


 ※※※※※※※※※


――一方その頃、その『悲劇の騎士』であるはずのエリクは。


「貴女が俺の理想です! 煩わしいことを終わらせてきますから、俺の恋人になってください!」

「あらあら……まあ、どうしましょうねぇ?」


 ダンジョンの最下層に作られた町にて、運命の出会い(エリク談)を果たしていた。デュラハンとなった時も落ち込んではいなかったが、今や彼の周囲のみ春爛漫・恋の季節である。

 ……悲惨な運命に嘆く? 一体、誰のことだ? 聖のダンジョンにおける元も不幸な人物は、補佐役を任されているアストゥトであろう。二十一歳児のお目付け役は日々、苦労が絶えない。

 そもそも、エリクがデュラハンにならなければ運命の出会い(笑)は訪れないため、彼にとっては人間を捨てることこそ、勝ち組への第一歩である。エリク自身は己が死ぬに至った事件を『煩わしいこと』で済ませており、人間であることへの未練など、綺麗さっぱり持っていなかった。


 駄目なマスターである聖に同調する、同じくらい駄目な人間、エリク。同類、見事に増殖。


 聖に魔物化された以上、彼女の影響を受けるのは当然だが、エリクの場合は思いっきり素であった。寧ろ、騎士であった頃は猫を被っていたため、その容姿も相まって『憂い顔の騎士様』などと呼ばれていたくらいである。中身が庶民の孤児上がりなエリクにとって、非常に迷惑な評価であろう……そのせいで多くの男性達に疎まれ、第二王女に獲物認定をされたのだから。

 その果てに聖のダンジョンの魔物となったのだが、『優しくて面倒見のいい嫁さん欲しい・楽しい生活を送りたい』な願望満載のエリクにとって、聖のダンジョンは楽園以外の何物でもない。

 そして、理想の女性にも出会えた。彼女の名はソアラ。聖によって作り出された、女性型の淫魔である。おっとりとした感じの美女であるソアラは弟がいることもあって、非常に面倒見がいい。所謂、『皆のお姉さん』であった。つまり、エリク君の好みドストライク。


「エリクー、そろそろ始めるよー」

「ほらほら、聖ちゃんが呼んでいるわよ? 頑張ってきてね?」

「勿論です! 聖さん、今、行きます! あの女をさっさと沈めましょう! 俺の黒歴史です!」

「はいはい。とりあえず、悲壮な感じでお願いねー」


 ぶんぶんと手を振りながら駆けて行くエリクに、ソアラは苦笑を浮かべる。エリクの気持ちを受け入れるかは別として、とりあえずエリクが元気になってくれて良かったと思えるのは、彼女がすでにエリクをこのダンジョンの仲間として受け入れているからであろう。

 そんな姉の姿に、傍で仕事をしていたルイが呆れた眼差しを向けた。


「姉さん、エリクさんの気持ちを受け入れる気、あるの?」

「ふふ、どうしようかしらねぇ」


 そう言いつつも、微笑むソアラ。ルイの目から見て、姉はまんざらでもないように見えるのだが……どうしても胸に宿る不安は消えない。自分達が『生きているわけではない』と知っているからこそ、人間として生きていたエリクとの差を感じてしまう。


「こういう時って、これまでの記憶があるから厄介ねぇ。私達は淫魔で、人を餌として見ていたこともあって。何より、私達に自我があるのは聖ちゃんのお蔭。しかも、期間限定のものだわ」


 微笑むソアラに憂いは感じられない。そもそも、『そんなものを感じる必要性を、ソアラ自身が感じていない』。何故なら――


「だから、今ある『私』も期間限定。まるで死ぬ権利を持った生き物のように、私達も『死ぬ』のよ、ルイ。聖ちゃんと共に生きて、共に死ぬ。記憶はいつか新たに創造される私の同型に残してあげるけど、この心も、貴方と姉弟として過ごす日々も、全て今在る私だけのものだわ。私はそれを得られる『今』が大切なのよ。……それを人は『生きている』というんじゃなぁい?」


 疑似体験のようなものであろうとも、自分達もまた『生きている』のだと。そう、ソアラは認識していた。これも聖の影響であろうと、ソアラは小さく付け加える。

 二人の主である聖は、己が作り出した配下を家族のように思ってくれているのだ……その聖が『物』として扱わない以上、配下の魔物達は皆、自分達を『生きている』と認識する。


『初めまして! これから運命共同体になる聖だよ。ここで一緒に、楽しく生きようね!』


 記憶に残るのは、新たに目覚めた際にかけられた言葉、笑顔で差し出された手が信じられなかったのは、『そんなことをされた経験がなかったから』。

 困惑、驚愕、戸惑い……そういった感情を露にした彼らを、聖は責めることはしなかった。……『主の思い通りに動かぬ出来損ない』と、詰ったりはしなかった!


 彼らの創造主はとても弱いけれど、差し伸べてくれた手は暖かく、優しい。

 魔物達に『命』をくれたのは、聖ただ一人。……今を『生きる』彼らにとって、『唯一の主』。


「姉さんの言うことは、僕には少し難しい。だけど、僕は今、貴女の弟として存在しているから。姉さんが幸せだと思えるならば、僕は応援するよ。僕は皆に慕われる姉さんが自慢だし、幸せになって欲しいと思う」

「ありがと、ルイ。私も貴方のことを大事な弟だと思っているわ」


 こんな会話ができるのも二人が自我を持ち、姉弟という関係に作られているからであろう。そのことを嬉しく思うのも、彼ら自身が心を持ち合わせるからであった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アリアンローズより書籍化されました。
Amazonでも好評発売中!
※このリンクは『小説家になろう』運営会社の許諾を得て掲載しています。
広瀬煉先生の他の作品はこちら
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ