第十五話 うちの子を虐める輩は許しません!
あれから場所を移して、現在はIN 酒場。客としてやってくる人達――ダンジョンの魔物達――にデュラハンのことを紹介しつつ、皆で御飯。
「ちょ、お前達、いつもこんな美味いものを食ってるのか⁉」
「あ~……野菜やパンなんかは自給自足してるけど、半分くらいは通販に頼ってるからなぁ……」
嬉々として唐揚げを食べている挑戦者達の言葉に、今更ながら願ったこと――通販――の素晴らしさを悟る。だって、ここは地下にあるダンジョン。偶然、何かが迷い込んでこない限り、獲物なんているはずがない。食料の大半は通販に頼りきりだ。
アスト曰く、『これまで積極的に食事をしようとするマスターはいませんでした。お忘れのようですが、貴女達にはすでに死んでいるという事実がある上、その体も、我々も、食事というものを必要としません。食事とは、【生きている者の行為】なのですから』だそうだ。確かに、必要としなければ、わざわざその手間を考える必要はない。
「……でさ、食べながらでいいんだけど、今後の方針を話し合っておきたいと思う。……私としては、今回のように濡れ衣を着せられるのは遠慮したい。何らかの事情で『攻め込む対象』にされるのは構わないけど、今回みたいなことに使われるのはねぇ……そもそも、その王女様が変わらない限り、何度でも同じことが起こる可能性があるじゃん。がっつり、叱ってもらわなきゃ」
「おや、聖はそう思うのですか?」
どこか面白そうなアストの言葉に、当然! と頷いておく。無関係じゃないもの、私達。
「ここは利用するお客様……挑戦者あってのものだよ、アスト。今回は何とか防げそうだけど、また巻き込まれる人が出ないとも限らない。犯人達はここが『誰も死なない場所』って知らないからやらかしたんだろうけど、常連組はもう全員、知ってるじゃん。お客様を守るのは運営側の仕事だよ。あと、私もその王女様が気に食わない」
「最後の個人的な意見がなければ、立派だったんですけどねぇ」
そういながらも、アストは笑っている。これは皆も同じで、誰も私の意見に反対する気はないようだ。デュラハン――エリクの事情を聞いたこともあるだろうけど、皆がそれなりに挑戦者達と関わっていることも大きいと思う。初心者とか、ひっそり応援してたりするしね。
「何か、すみません。俺がここで殺されたせいで、色々とご迷惑をかけてしまって」
「いや、それはエリクのせいじゃないでしょ。人間として生きていたのに、ここに括られる生活になっちゃったんだから。エリクはもっと怒っていいと思う」
エリクは申し訳なさそうな顔をしているが、一番憤るべきなのはエリクだ。彼は……もうここから出られないのだから。失ったものはあまりにも多い。
皆もそれが判っているから、エリクに対して腫れ物に触るような感じになってしまっていると思う。ここで暮らす者達にとっては当然のことも、エリクにとっては当然ではない。迂闊なことを言って、落ち込ませたくはないのだろう。ここに暮らす者達は本当に優しいのだ。
……だが。
「あ、それ問題ないですよ! 俺、ここで生き返ることができて、本当に良かったと思ってますから! 食いっぱぐれることはないし、嫌味な奴らも居ない、食べ物は美味いし、主……聖さんは配下達のことを考えてくれる人だ。幸運を使い果たしてここに来たと、そう思えるんですよ!」
『は?』
皆の声が綺麗にハモる。そんな私達に対し、エリクは上機嫌で食事を続けていた。……どうやら、気遣っているとかではない模様。彼は心底、『よっしゃぁ! 俺、勝ち組!』な心境らしい。
「……。ここに来た当初の聖を見ているようですね。お馬鹿さんがもう一人来るとは……」
アストは深々と溜息を吐いて、私に生温かい眼差しを向ける。い……いいじゃん、エリクの言うことは間違ってないよ。イージーモードな隠居生活、万歳ですよ! 歓迎しますぞ、同類よ!
「そう、そうなのよ! 私も死後の隠居生活だから、このイージーモードは大・歓・迎! 判るわ、その気持ち。これから、ここで楽しく人生リタイア後の生活を楽しもうね!」
「はい! 剣の才くらいしかないんで、俺にできることはあまりない気がしますけど……この生活が続くよう、精一杯貢献しますからね! 戦闘はお任せください!」
「馬鹿なことを言ってるんじゃありませんよ、この二十一歳児ども……!」
ガシッと固く手を握り合う私とエリクに、アストは頭痛を耐えるように片手で額を押さえた。はは、何を言っているのさ、アスト。私とエリクは人生リタイア組だぞ? これからは楽しく過ごしたいと思って、何が悪い。
「えーと、そ、その、今後のことを話し合いませんか? エリクも落ち込んでいないようですし」
おずおずと話を戻そうとするエディの言葉に、私達は即座に表情を改める。そうでした、同類を見つけて盛り上がっている場合じゃなかった。急がないと、第二弾が来てしまうかもしれない。
「聖。これはもう、王に話をつけるしかないのでは? 個人的にというものではなく、謁見の間あたりで貴族共々、我々の話を聞いていただく方がいいような気がします」
「うーん……それができればいいんだけどね。状況が状況だし、こちらの言い分もそれなりに信じてもらえるとは思う。だけど、そう都合よく貴族達が集まってくれるかな? それに、できれば第二王女にもいて欲しいんだよね」
アストの意見ももっともだろう。そもそも、相手の身分が王族である以上、第二王女に処罰を下せるのは、国のトップである王のみ。親としてではなく、国の頂点に立つ者として、第二王女を処罰なり、幽閉なり、していただきたい。せめて、野放しはやめい。
「第二王女にも、ですか? それは何故ですか? 反省できるとは思えませんが」
すでに第二王女を『救いようのないお馬鹿さん』のカテゴリーに入れているアストは、中々に辛辣だ。だが、その『お馬鹿さん』だからこそ、徹底的にやりたいと思うのだよ。
「皆の前で愚かさを暴露されて、ダンジョンマスターに『常識がない』って呆れられるのよ? 勿論、国の事情にダンジョンを巻き込もうとした大馬鹿者達への抗議もするけどね? でも、一番の目的に比べれば、そんなことは添え物扱いよ」
ぐっと拳を握り、エリクにいい笑顔を向ける。
「エリク。貴方はもう国の騎士じゃないんだから、これまでの鬱憤を盛大に晴らしてもいいと思うの。『あんの馬鹿女!』って叫ぶくらいに、怒り心頭なんでしょう? 皆の前で、盛大に振っちゃえ! 振っちゃえ! 想い人から好意を向けられるどころか、心底嫌われてるなんて、恋物語に自分を投影する王女様からすれば、大ダメージじゃない! 馬鹿でも理解できるように、心に深い傷を残そう。これはエリクにしかできない復讐であり、次の犠牲者が選ばれないためにも必要なことなのよ! 過ちは一度で十分だと思う!」
堂々と言い切る私に、皆は呆気に取られたようだった。アストに至っては、『堂々と言うことですか』とばかりに、ジトッとした目を向けてくる。
だが、これは必要なことだと思う。問題の第二王女の心を折らない限り、次の犠牲者が選ばれるだけだ。『身分違いの恋』が第二王女のマイブームらしいから、その対象になるのは平民か下級貴族。第二王女に婚約者がいる以上、悲劇が再び繰り返される未来しか見えん。どう頑張っても、第二王女をきっぱり振るなんてできない立場だもの。
そんな私の気持ちを汲み取り、目を輝かせたのが、当のエリクであ~る!
「え、マジで俺も参加させてもらえるんですか⁉ やります、やらせてください! ははっ、あのクソ女め! ざまぁねぇな! 大恥かきやがれ! ……いや、いっそどこかに閉じ込めた方が平和か? あの女を押し付けられる王族ってのも気の毒だし、我が国の恥を晒すなんて……」
……。
何 か 、 別 方 向 に 成 長 し て し ま っ た よ う な 気 が 。
ま、まあ、いいだろう。後半は聞き取り辛かったが、エリクは割と真剣に考えているようだ。騎士として過ごした時間の賜なのか、第二王女のせいで国が不利益を被るのが許せないらしい。
「あ~……じゃあ、通信の道具とか用意するか? 俺達も今後がかかっているし、金を用意してくれるなら、外で調達して来るぜ? それを知り合いの騎士に頼んでやるよ。『ダンジョンマスターが怒っている』とか言えば、一大事だと悟るだろ?」
「マジ!? 頼んでいいかな、それ。換金できる品なら用意できるから、お願いしてもいい?」
思わぬ協力の申し出に飛び付けば、挑戦者達は笑いながら頷き、快諾してくれた。
「おう。正直なところ、民間人を平気で利用する連中には頭にきてるからな。……おい、エリク! 傍迷惑なお姫様にガツッと言ってやりな! 『あんたは嫁にしたくない』ってさ」
「勿論だ! はは……ああ、何だか楽しくなってきた……!」
挑戦者達の激励を受け、決意に満ちた表情で頷くエリク。その目の中に怒りが燃えているのは気のせいか。そう、きっと気のせい……じゃないっぽいなぁ。エリクよ、マジ切れしてないかい?
「こうなったら、もう止まらないでしょうね。聖、貴方の発案なのですから、頑張ってください」
「え~……これ、私だけが悪いわけじゃないと思うけど」
「似たようなものでしょう。やれやれ、人々の敵となることはダンジョンの存在意義ですが、このようなろくでもない方向からの敵対とは……」
「アスト、煩い。方向性と個人的感情を除けば、国を正すことに繋がるじゃない。立派だよ」
エリク君、とりあえず最初は『国を憂う騎士モード』でいようね? 最初からその調子だと、ただのヤバイ人になっちゃうからね⁉