第十四話 平民は辛いよ
「……えーと、その、ご迷惑をおかけしました」
きまり悪げに頭を下げるデュラハン。彼の首は現在、元の位置で固定されている。話し合いをするならば馴染んだ状態で……という、アストの気遣いだ。アストなりに、この不幸なデュラハンに気を使っているのかもしれない。
「気にしなくていいよ、デュラハン。出来立てで、色々とぶっ飛んでただけだろうし」
「出来立て……」
微妙な顔になるデュラハンだが、私は嘘など言っていない。
「おそらくだけど、貴方の死体が見つかったのも、ダンジョンに放置された直後だと思うから! そこから運ばれて、ここに来ました。貴方は出来立てほやほやのデュラハンです。マスターである私をシカトして叫んでいたことくらい、許すわよ♪」
「いや、本当にすいませんでしたーっ!」
叫ぶなり、デュラハンは勢いよく土下座した。どうやら、すでに私との知識の共有が成されている模様。そんな姿に、彼がもう人間ではないことを実感する。
いくら見た目が生前と変わらなかろうと、彼はもう魔物なのだ。それが事実。
ただ、それを実感したのはダンジョン面子だけらしい。死体だったデュラハンを見つけてくれた挑戦者達――彼らはエディ達とも交流してくれる人達だ――は、彼の元気な様子に安堵したらしく、あからさまにほっとした顔になっている。
「元気になったようで、良かったな! 兄ちゃん」
「見つけた時は驚いたが、早めの対処ができて何よりだ。何があったかは知らないが、ここなら守ってくれるだろうさ。下手すると、俺達もヤバいからな! 何だか、倒れるような音がしたから見に行ってみれば、兄ちゃんが転がってるしさぁ……」
明るく言ってはいるが、彼らとて楽観視はできない。ここに居る以上……いや、『放置された直後のデュラハンを発見してしまった』以上は、犯人達に狙われる可能性があるのだ。顔を見られていたかもしれない、と。
「ゼノ達のお蔭で、このダンジョンが危険なものではないと広まっていますが……この件を切っ掛けに、あらぬ噂が流されるやもしれませんね」
アストが思案顔で述べると、デュラハンは目に見えて落ち込んだ。……おい、あまり首を垂れると頭が落ちるぞ? 君、応急処置で頭を固定してるだけだから。
「すみません! 俺のせいで、色んな人に迷惑をかけていますよね」
申し訳なさそうに謝罪するデュラハンだが、これは彼のせいではない。それは皆も判っているらしく、彼を責める声は上がらなかった。
ただ……そのままにできる案件ではないことも事実であって。
「いや、貴方も被害者でしょー? これからすべきことは謝罪じゃなくて、今後の対策だよ。この人達のことも心配だから、ゼノさん達にも協力してもらおう。『ダンジョンに死体を捨てに行った奴がいる。運悪く、そいつらの行動の一部始終を見ていた挑戦者達がいた』って」
「聖さん、それでは彼らが危険では?」
エディが口を挟むが、私は首を横に振る。
「自分達の経験として話すんじゃないの。『その本人達から聞いた』、もしくは『人伝にその話を聞いた』って感じで、堂々と話すのよ。下手に脅えたり、姿を隠せば、自分達が目撃したって言っているようなものじゃない! だから、逆の行動をとってもらう。上手くすれば、犯人達が釣れるわよ」
勿論、危険がないとは言えないけどね。そう締め括ると、彼らは顔を見合わせた。どちらにしても危険な状況なので、彼らとしても、今後どうしたらいいか迷っているのだろう。
「あの~……俺、こうなった原因は判り切ってるんで、ある程度は絞り込めると思いますよ?」
「え、マジ?」
「はい。ですが……その、俺を殺した奴らは貴族です。その息がかかった騎士達に『噂のダンジョンの探索』って名目で連れて来られて、殺されましたから」
あらぁ……お貴族様が相手なのか。これはこの挑戦者達を他国に逃がすことも考えなければならないだろう。私でも判るもの、『貴族=権力者』って。ダンジョンの挑戦者達は基本的に平民なので、お貴族様に権力を行使された場合、どう頑張ってもあちらには勝てない。
悲しきかな、正義が勝つとは限らないのだ。『人権問題? 何それ?』な世界ですもの、ここ。
「とりあえず、その原因とやらを話してもらえませんか? それを知らなければ、動くに動けないでしょう。問題解決の糸口も見えてきませんよ」
アストの冷静な意見に、私達は揃って頷いた。自然と、視線がデュラハンへと集中する。
「判りました。お話しします。まず、俺は騎士として城に勤めていました。出身は孤児ですが、数代前の王の政策により、ある程度までならば、身分を問わずに様々な職に就くことができるようになっているんです。俺と幼馴染は剣の才があったらしく、養護施設に寄付をしてくれる人の勧めで騎士を目指しました」
促されて話し出すデュラハンの声は酷く落ち着いている。これは彼の性格というか、生まれや職業的なものもあるだろう。孤児ながら城勤め……疎む人は多そうだ。才能があるならば、余計に。隙を見せないように立ち回る必要があったんじゃないかと思う。
「へぇ……孤児だったんだ? 何か、貴方のことを貴族かもって言ってたんだけど」
「この容姿ですからね。ただ、俺は自分の親を知りません。貴族の血が入っていたとしても、捨てられていたんです。不要とされた以上、親を探してもろくなことにはなりませんよ。そもそも、俺に貴族とか無理です」
「ああ……『あんの馬鹿女のせいか!』って、叫んじゃう子だものね」
復活した当初を思い出して納得すると、何故か、デュラハンの表情が一変した。
「そう! それなんですよ、原因は! この国の第二王女、アマルティア! 彼女こそ、俺が殺された元凶なんです! だから、俺は自分を殺した連中よりも、こいつの方を恨んでいます!」
『へ?』
唐突に怒りを露にして捲し立てるデュラハンに、皆の声が綺麗にハモった。う、うん? あんたを殺した連中以上に恨んでるのが、この国の第二王女……お姫様だと?
「俺のことを気に入ったらしく、散々付き纏われたんですよ! 相手が王族である以上、俺もやんわりと嗜めることしかできないのに! しかも! しかも、ですよ⁉ 彼女は他国の王族の婚約者がいるんです! 誰だって、この状況がヤバイと思いますよね? 相手の王族、馬鹿にしてますよね? 下手をすれば、我が国に多大なる不利益をもたらすって、判りますよね⁉」
「どなたか諫めなかったのですか? そのような状況ならば、事態の拙さを理解するでしょうに」
「陛下が諫めても、聞かなかったらしいんですよぉ、あの馬鹿女! 見た目が愛らしいとか、内部で一番力がある公爵家の血筋といった理由で周囲が甘やかしたらしいんですが、そいつらも顔色を変えていたって噂ですから。……馬鹿ですよね、王家との繋がりを作るために『第二王女のお気に入り』になろうとしたのに、そのせいで自分達が批難される立場になるなんて」
目を据わらせたデュラハンは完全にやさぐれている。アストの冷静な突っ込みに対して律儀に答えるあたり、彼の方は状況をしっかりと理解できていたのだろう。そこに第二王女への恋情が欠片も見えないあたり、王女の一方通行な想いだったんだろうなぁ……完全に被害者じゃん。
――ただ……私としては非常に不思議なことがあった。
「あのさ、この国って王族と孤児の騎士の組み合わせで結婚できるの? 身分差がこの世界ほどない私の世界でも、生活レベルが違い過ぎて、離婚する未来しか見えないんだけど」
興奮気味のデュラハンをちょいちょいと突いて聞けば、誰もが揃って首を横に振った。おや?
「無理ですよ、聖。そうですね……望まれない側室から産まれた、望まれない王女……しかも血筋がそれほど重要ではない生まれだったとしても不可能です。王家の血、というものが優先されますから、最低でも『その血を持つ者』を守れるだけの家柄が必要になります」
「なるほど、個人の感情とか吊り合う身分じゃなくて、囲い込めるだけの環境は最低限、必要だってこと。……ところで、アスト? その妙に具体的な例は一体……?」
納得! と頷きながらも、アストの喩えが気にかかる。すると、アストは事もなげに暴露した。
「数代前に、実際にあったことですよ。その時代よりも緩くなっていたとしても、根本的なものは変わりません。そもそも、その王女に『平民の騎士の妻』というものになる覚悟があったとは思えませんね。何不自由なく甘やかされた娘には無理でしょう」
「お、おう……何という説得力のあるお言葉……!」
リアルにそんなことがあったんかい、この国。だが、デュラハンは深く頷いて完全同意している。
……当事者である彼から見た王女様は、愛だけで『平民(重要!)の騎士の妻』という環境に納得できる性格はしていない模様。話を聞いていた挑戦者達も「そういや、第二王女は『愛らしい』って話しか聞かねぇな」などと口にしている。そうか、民に寄り添うようなお姫様じゃないんだね、問題の第二王女って。確かに、デュラハンの言い分にも納得でき――
「何より、俺は第二王女が好みではありません! 周囲を振り回す奔放さも、世間を嘗めた考え方も、思い込みで向けてくる同情も、全てが不快でした! 俺は愛せる家族が欲しい! 嫁は自分好みの女性がいい! 平民だろうとも、人並みの夢は見たい!」
拳を握り、デュラハンは力説する。そこにいるのは国を憂う騎士ではなく、個人的な願望を『絶対に譲らない!』と力一杯主張する一人の男だった。おい、悲劇的要素はどこにいった⁉
唖然とするダンジョン面子をよそに、挑戦者達は「そうだよな!」「その通りだ、お前は正しい!」と激しく同意し、握手を交わしている。どうやら、彼らはデュラハンを『平民上がりのエリート』から、『俺達と同じ夢を持つ同士』へと変更した模様。
……。
第二王女を拒絶しまくったのは、それが一番の理由じゃない? デュラハン。嘘でもいいから、『国の今後を憂えてました』って姿勢くらいは見せようぜ?