第十三話 ダンジョンは墓場に非ず
――それは唐突に訪れた。
『聖さん! 大変です!』
いきなり入った通信に、私はアストと顔を見合わせた。あれから、様々な挑戦者達がダンジョンに挑んでいるが、未だ、問題点は報告されていないのだから。
挑戦者達は当初こそ、このダンジョンに危機感を抱いていたようだが、それも回数をこなす毎に慣れ、今では常連と呼べる人達もいるくらいなのだ。第一階層や第二階層の魔物達と顔見知りになり、言葉を交わす人達もいる。実に平和に、巨大迷路の運営は成されていたはず。
「どうしたの? 何かトラブルでも起きた?」
応答をすれば、焦ったような声が返ってくる。
『首を切断された死体が捨てられているんです! 発見したのは常連の挑戦者達なのですが、彼らはこのダンジョンで死ぬことはないと知っているため、何らかの事件性を疑ったそうです。それで、近くにいたスタッフに教えてくれたんですよ。幸い、今は彼らしか利用者がいないようです』
「!? ちょ、何それ……。判った、ダンジョンは一時的に閉鎖するわ。事情を聞きたいから、その挑戦者さんも一緒に来てもらって。あと、死体は……」
ちらりとアストを見れば、アストは難しい顔をしたまま頷いた。
「一緒に連れて来てあげてください。事情を聞く以上、人型の魔物として一時的に蘇ってもらった方がいいでしょう。それは聖にやらせますから、貴方達はこちらに戻ってきてください」
『了解しました』
返事をするなり、エディは通信を切った。死体の状況がどの程度かは判らないが、挑戦者に発見されたということは、定期的なスタッフの見回り以降に放置されたことになる。ダンジョンならば死体も珍しくはないという思惑ゆえの行動だろうが、このダンジョンではありえないことなのだ。
どう考えても、面倒事の予感です。本当にありがとうございます。
事情を知るならば早い方がいいと、エディは判断したのだろう。発見した挑戦者達とて、すでに事件の当事者だ。口封じをされる可能性も踏まえて、こちらに匿った方がいい。
その後の展開によっては、このダンジョンへと兵が攻め込んでくる可能性もある。……そうして『悪に仕立て上げることもある』と、アストからは聞いていた。アストが手慣れているのは、過去に似たようなことがあったからだろう。
「面倒事が起こりましたね。ですが、聖。……これがこの世界における、ダンジョンの扱いです。悪に仕立て上げられることもあるのだと、肝に銘じておいてくださいね」
「了解、本当に悪役に仕立ててくるのねぇ。……あ、その死体を魔物化するんだけど、このデュラハンなんてどう? 首が切れてるところが共通項だし、自分が魔物になったっていう理解も早いと思うんだ」
アンデッド達の中には、いまいち状況が理解できない者もいた。死んでからの復活なので、いきなり目が覚めたような感じらしく……まあ、自分の姿を見て悲鳴を上げる奴もいた。これは仕方がないことだが、その後は盛大に嘆きタイムへと突入するんだよねぇ。
『すみません。泣いてもいいから、こっちのお話を聞いてほしいな♪』
などと可愛らしく尋ねること数回、慰めること数回、という感じになるので、正直なところ気が重い。アストもそれは判っているらしく、頭痛を耐えるように額に手を置いている。
「貴女が魔物達に自我を認めたのが悪いんでしょうが。まさか、アンデッド達を慰めたり、事情を説明する手間が必要になるとは。……今度の人も聖が説得してくださいね? 貴女の配下なのですから」
「……」
「お返事は!」
「はーい。……デュラハン、暫くはただ働き決定。魔物としての復活に金は要らないが、絶対にトラブルに巻き込まれてるもの。迷惑料取ってもいいよね? アスト」
「それはご自由に。寧ろ、私も賛同しますよ」
などと言い合いをしながら、転移の魔法陣――転移法陣の前で皆を待つこと暫し。これはスタッフ用の転移法陣なので、居住区がある最下層にも直結できるように設定されている。死体を回収する手間を考えても、そろそろやって来るはずだった。
――その時、転移法陣が光り輝き。その上に、数名の人影が出現した。
「聖さん! アスト様!」
私達の姿を認めるなり、エディが声を上げた。その額には汗が浮かんでおり、エディ達が急いでくれたのだと窺える。同行してくれた挑戦者達は転移した場所や私達に驚いているようだが、事態の深刻さも判っているのだろう。そっと死体が乗った板――できるだけそのままの方がいいだろうという判断の下、板に乗せて運ばれたらしい――を持って転移法陣を出ると、下に降ろす。
「ご苦労様、エディ。死体が捨てられていたって?」
「はい! この人です。血と傷口の状態からして、殺されたばかりだと思うのですが……」
エディは私を気遣っているのか、死体を隠すような場所に立ってくれている。その気遣いは嬉しいが、この死体はこれから私の配下になってもらうのだ。だから、目を逸らしたりはしない。
「大丈夫だよ、エディ。事情を聞かなきゃならない以上、一時的だろうと、私の配下になってもらうんだもの。怖がったりしちゃいけないって思ってるから、平気。……私はここの『主』だよ」
エディは軽く目を見開くと、微笑んで頷いた。挑戦者達は呆けたように私を見ている。……ああ、私がダンジョンマスターだと思っていなかったのか。今の言葉で、それが判ったと。
「そうですか……。ですが、気分が悪くなった場合は、無理しないでくださいね」
「ありがと。倒れかけたら、支えてね?」
「はい、勿論ですよ。貴女は我らの主であり、この生活を与えてくれた大切な方ですから」
こんな場で感謝を告げてくるエディに苦笑しつつ、彼の横を擦り抜けて死体の傍へと膝を突く。首や肩のあたりは血で濡れているが……それらはろくに乾いていない。やはり、ダンジョンに入った直後くらいに殺されたんだろう。すぐ傍に置かれた頭部は血で酷く汚れており、死体の人物が金髪という程度しか判らない。私とて、ホラー全般が平気でなければ、気絶していただろう。
うん、とってもスプラッタ。潰されて死んだ私といい勝負だな、君。
「これは……顔を潰されています。益々、面倒事の予感がしますね」
「そだね、アスト。だけど、私の手で魔物として蘇ったならば、うちの子だよ。どんなに厄介な事情を抱えていたとしても、家族は守らなきゃね。あんたも他人事じゃないでしょ!」
眉を顰めるアストに対し、ビシッと指を突き付けた。そんな私に、アストは僅かに目を見開き。
「そうですね。ほら、さっさとおやりなさい」
小さく笑うと、珍しく頭を撫でた。……どうやら、それなりに私の選択は気に入ったらしい。これならば、アストも、皆も、デュラハンになるこの人を受け入れてくれるだろう。
「マスター権限、『創造』の発動。対象は目の前の死体。これをデュラハンとして再生させ、私の配下とする。『起きなさい、デュラハン!』」
手を翳して呟けば、目の前の死体が青白い光を放つ。血の染みが徐々に消えていき、血で汚れていたはずの頭部も同じく綺麗になっていった。潰れているとアストが言っていた顔も修復され、その容姿が皆の目に晒される。そして、唐突に『それ』は目を開けた。
金の髪に、割と切れ長の目は緑。誰に聞いても『美形』と言われるだろう、その容姿。
「……この方、貴族では? 貴族には金髪が多いですし、この容姿も……」
最初に反応したのはアストだった。ゆっくりと体を起こす死体――今やデュラハンとなった者に対し、遠慮のない視線を向けている。
「貴族だと拙い?」
「拙いというか、お家騒動の可能性もありますね。通報してくださった挑戦者の方達を保護できたのは幸いでした。もしも、外へと助けを求めていたならば……その相手が犯人の共犯者という可能性もありますからね。犯人が貴族ならば、息がかかった騎士もいると見て間違いはありません」
アストの言葉に、挑戦者達は揃って顔を蒼褪めさせている。初めてその可能性に気づいたらしい。
だが、それは私達が関わらなかった場合の話。私達にも火の粉が降りかかる以上、犯人達の思い通りにさせることはない。そもそも、この挑戦者達は私達に友好的なのだから。
ほんの気紛れが結んだ縁だったろうが、彼らがエディ達と交流をしていたからこそ、消される可能性から遠のいた。エディ達も安堵の表情を浮かべて挑戦者達と言葉を交わしているので、彼らを助けられたことが喜ばしいのだろう。
そんな中、立ち上がった首なし死体は己が頭部を持ち上げ。その頭部はパチパチと数回瞬きした後、周囲の状況を探っていた。そして、必然的に近くに居た私とバッチリ視線が絡む。
「……」
「ええと……その、おはよう? とりあえず説明すると、貴方は誰かに殺されたみたい。こちらも事情を把握したいし、説明してくれないかな?」
「説明……俺、は……そうだ、騙されて……」
呆然とした口調は、彼が未だに自分の死を受け入れられないからなのだろう。彼(頭部)へと、皆から同情の籠もった視線が向けられる。そんな視線の中、彼は――
「あんの馬鹿女のせいか! だから、纏わり付くなって散々、言ったってのによ!」
美しい顔とは真逆の、『お前はどこのゴロツキだ⁉』と突っ込まれること請け合いのセリフを叫んだのだった。首なしの体の方も、頭部を持っていない方の拳を高く突き上げている。
……。
シ カ ト ? シ カ ト さ れ て ま せ ん か 、 私 ⁉
そ れ 以 前 に 、 皆 が 遠 巻 き に し 出 し た ん だ け ど ⁉
「お、おう……随分と元気な死体にお成りで」
「聖、彼はもうデュラハンですから。死体ではありませんよ。まあ……このノリがデュラハンの常かと言われれば、微妙なのですが」
皆がドン引きする中、デュラハン(出来立て)は元気に叫んでいる。どうやら、色々と溜め込んでいたことがあるらしく、魔物化したことで箍が外れたのだろう。
このデュラハン(出来立て)、相当頭にきているご様子。死んでからも怒り狂うほどのことって……一体、何をされたのさ?