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【広瀬煉】平和的ダンジョン生活。  作者: 広瀬煉【N-Star】
一章
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第十二話 王城にて 其の一

「……ほう、そのようなことが」

「はい。どこまでが真実かは判らないのですが、入手した品を持ち帰った者達もいるらしく」


 王は目の前の騎士よりもたらされた情報を反芻し、僅かに目を眇めた。そのまま信じるには危険過ぎ、かといって否定する要素もない。実に、判断に困る『噂』である。


『新たなダンジョンマスターは争いを好まず、付かず、離れずの関係を希望している』


 普通に考えれば、何を馬鹿なと一笑に付すのみであろう。だが、それができないのは……ダンジョンに挑み、命を失うことなく戻ってきた者達が確かに存在するからであった。

 しかも、魔物との戦闘に敗北した者でさえ、命を落とすことがないというではないか。明らかに、これまでのダンジョンとは別物である。


「設置されている宝箱の中身は、装飾品や珍しい酒などだそうです。また、かのダンジョンは罠が主体であり、挑戦者は頭を悩ませることも多いとか」

「……はぁ?」

「その……進み方に特徴があると申しましょうか。特定の方法でなければ突破できない箇所が多々あり、そちらに時間を取られることが大半だそうです。そのせいかは判りませんが、未だに最奥部に到達した者はいないと聞いております」

「意味が判らんな。新たなダンジョンマスター殿は何を考えているのやら」


 報告をしている騎士も困惑しているのか、どうにも言葉が曖昧だ。それは報告を受けている王とて同様であり、二人揃って微妙な表情となっていた。

 だが、それも当然と言えるだろう。この国では、王位継承の条件の一つとして、ダンジョンマスターの討伐が義務付けられているのだから。この王とて、若かりし頃にそれを成し遂げたからこそ、王の椅子に座っているのだ。次代を担う予定の王太子もまた、先月それを成し遂げたばかりである。

 勿論、単独でなど行くはずがない。腕に覚えのある騎士達を引き連れてのものである。その『儀式』の同行者に選ばれることは大変な名誉とされ、落命の危険があるにも拘らず、熱望する騎士や魔術師達は多かった。

 ただ……その半数は戻って来ないのが現状だ。今回とて、王太子が引き連れた者達の大半が命を落とし、王太子の心に暗い影を落としている。亡くなった騎士の一人を兄のように慕っていた第三王子に至っては、未だにその表情は暗かった。


『己のための犠牲』というものを突き付けられながら、それでも国を導く道を選べるか。

 圧倒的な強者であろうとも、心折れることなく立ち向かえるか。


 その二つが試されるのが、ダンジョンマスターの討伐なのだ。謂わば、人間側の都合によって、ダンジョンに暮らす魔物達やダンジョンマスターを巻き込んでいるとも言えるだろう。

 そこに罪悪感がないかと言えば微妙なところだが、必要なことと割り切ってしまう程度の認識であることも事実。同族に対してならば抱く罪悪感も、それが人外相手では薄い。それが『あちらから仕掛けてくることはない存在』であろうとも、たやすく許してしまえるのだろう。


 はっきり言えば、彼らにとってダンジョンマスターとは『倒すべき敵』なのだ。もしくは、『王位継承のための試練』という認識でしかない。


 ゆえに。同行者として選ばれた者が命を落とそうとも、恨むべきはダンジョンに属する者達であり。その切っ掛けともいうべき、王位継承のための儀式……同行者の選定を行なった王族に対し、憎しみが向けられることはない。


「我らは長年、王位継承のための試練として、ダンジョンを利用してきた。此度のダンジョンマスターでは、それが崩れ去る可能性があるということか」

「はい。元より、歴史を遡りましても、ダンジョン側から侵攻されたことは一度もございません。そして、それは民にも知られている事実。今は問題視するどころか、平和的なダンジョンだと喜ぶ声すら上がっております。しかし、これが数十年続くようならば……」

「……。王位継承の儀式を疑問視する声も上がる、か」

「はい。民や冒険者にとって、かのダンジョンは理想的なのでしょう。望むものが得られずとも、命を落とすことはない。まして、そのようなダンジョンを作り出す者がダンジョンマスターの地位に就いているのならば……対話を試みようとする者とて、出るやもしれません」


 民を守る騎士ならば、それは喜ぶべきことであろう。だが、騎士の顔には苦さが浮かび、王とてそれは同様である。それが望まぬ展開であることは、誰の目にも明らかだった。

 やがて、王は深々と溜息を吐き……目を閉じた。


「人とは身勝手なものよなぁ……無害な者を悪に仕立て上げ、利用するとは。だが、長らく続いた伝統により、その流れが守られてきたことも事実。『王に相応しい』と、納得させてきたことも事実なのだ。ゆえに……儂はどうしていいか判らん」


 賢王と称えられるからこそ、そして優しき者だからこそ、王の言葉には苦悩が滲んでいた。その地位に就いている以上、政が綺麗事だけで済まないことなど、腐るほど経験済みである。

 それでも、民と良き関係を築けるだろう人物を悪に仕立てることに対し、罪悪感がないわけではない。まして、現在のダンジョンは殺さず、民に利をもたらすばかり。……それを優しさと言わず、何という。


「暫くは様子見で良いのではないでしょうか。未だ、我らはダンジョンとダンジョンマスターを見極めてはおりません。今はまだ、情報を集めた程度です。近々、配下達を向かわせましょう」

「そうだな、この問題はまだ時間がある。頭の痛いことはこれだけではないのだから」


 王の苦悩を見かねたのか、騎士はそう進言する。それも必要なことだと頷く王もまた、問題を先延ばしにした自覚があるのが、その表情は晴れなかった。……いや、『現在発生している問題がこれだけではない』という事実が、優先順位が高いものの方へと意識を向けさせたのだ。


「アマルティアは相変わらずか?」

「……。はい。アマルティア姫はあの者に付き纏っております。幸い、エリクの方は己が立場を弁えておりますので、遠回しに拒絶をしているのですが……」

「アマルティアの方は何も判っていないのだな」


 無言になる騎士に、王は己が娘――第二王女アマルティアに思いを馳せる。彼女は側室の娘ながら、最も力を持つ公爵家の血を引くため、公爵家に連なる者達に甘やかされて育った。それに加えて、アマルティア自身が非常に愛らしい容姿をしているため、大抵の我儘が叶えられる傾向にあったのだ。

 そのせいか、父である王や母である側室が諫めようとも、一時の反省しかしない。それでも公の場は何とかこなすため、国内の評価は『愛らしい姫』である。

 そんな彼女も十六歳となり、他国の王族との婚約も整っていた。……問題はないはずだった。だが、美目麗しい騎士に恋をしたことから、己に正直な気質が悪い方へと出始めたのだ。


「エリクが貴族……伯爵位以上の生まれであれば、アマルティアの相手に選べたやもしれん。だが、エリクは平民、それも孤児だ。エリク本人も判っているように、アマルティアの相手になることはない。貴族達とて、黙ってはいるはずがない」

「何より、エリク自身にその気がございません。今では、周囲の者達もエリクに同情し、庇っております。エリク自身に非がない以上、私としても姫様に諦めていただくしか……」


 アマルティアは元々、恋物語を好んで読んでいた。そんな娘が、『美目麗しい騎士との身分違いの恋』に夢を見るのは、仕方がないのかもしれない。だが、それはあくまでも物語であるから幸せな結末が待っているのであり、現実ではありえない。身分以前に、生活そのものが違うのだから。


「あれは『平民の騎士の妻になる』ということの意味など、判っていまい。ただ美しい恋物語に憧れているだけだ。だが、それを苦々しく思う者もいる」


 王の懸念も当然である。ただでさえ良い顔はされない状況であることに加え、アマルティアには婚約者がいるのだ。国の立場を重視し、エリクを葬ろうとする動きがあることを、王は知っていた。

 それでも、王は動かない。『そうなってくれれば、憂いが晴れることも事実』なのだから。


「アマルティアがただ恋に焦がれた娘であれば、なぁ……」


 王が意味深な言葉を呟くも、騎士は無言を貫いた。その忠誠があるからこそ、この場に居るのだ。何より、騎士もまた王が口にしなかった部分を感じ取っていた。

 そして現在、王にはもう一つの憂いがあった。第三王子アルドのことである。こちらは幼さゆえの正義感や素直さが問題であるため、一概に悪いこととは言えなかった。


「アマルティアはどうしようもないが……アルドのことはなぁ。あの子を納得させる言葉を、儂は持たん。いや、時にはあの子の方が正しいとすら思えてしまう」


 王の呟きを拾った騎士は深い溜息を吐く。第三王子アルドは十歳。その子供らしい素直な感情ゆえに、苦しむことも、憤ることも多かった。特に、今はダンジョンに対して思うことも多い。


「アルド殿下は幼いながらも聡明な方。今は兄のように慕っていた騎士を亡くしたことで、少々、迷っているだけでございましょう。必ずや、その必要性を理解してくださいます」

「そう、だな。だが、あの子は情に厚い。『無害なダンジョン』の噂を聞いた時、何を思うのか」

「……」

 その時を想像し、二人は揃って口を閉ざした。情に厚いからこそ、また『王族は民の手本であれ』という言葉を実践しようとする者だからこそ、アルドが苦しむのは目に見えていた。

 それでも、彼らは国を選ぶ。些細なことと切り捨てるには大き過ぎる罪であろうとも、それを抱えていくことで国が存えるならば、と。

 穏やかな日差しとは裏腹に、部屋には重い空気が満ちていた。それを払拭する術を、今は誰も持っていなかったのだ。

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