エピローグ
――聖のダンジョンにて
「お帰り!」
皆の姿が現れるなり、私は一番近くに居たアストに抱き付いた。さすがにちょっと驚かれたけど、アストも無理に振り解こうとはしない。
「映像粗いしさぁ、音声も全く聞こえないしさぁ……! 正直、こちらからだと、どうなっているか判らなかったんだよ!」
「ああ、それでこの状態なんですね」
「皆の無事を喜んで何が悪い! 本当に心配したんだからね!」
アストは呆れた口調ながら、その表情は優しい。皆も苦笑こそしているけど、ウォルターさん以外は怪我をしていないようだ。ルイも「僕達は無事ですよ」と言ってくれる。
「あの子が自壊したのは判ったけれど……」
「ご安心ください。無事に討伐致しました。『我が配下がご迷惑をおかけして』、誠に申し訳ございません。どのような処罰でもお受けいたします」
「創造主様、この世界を脅かしかねないと判断した対象を排除致しました。お叱りは、あのような者に好き勝手させた私が受けさせていただきます。職務怠慢、申し訳ございませんでした」
「ザイード!」
「閣下。下の者の管理は補佐たる私の役目。それ以上に、私は創造主様の手足でもあるのです。閣下が責任を果たされるならば、私も同様です」
どこか苦いものを滲ませた縁に対し、先手を打つように、ウォルターさんが首を垂れる。
ザイードさんもそれに倣うあたり、『【聖女】を見逃していた創造主の甘さ』ではなく、あくまでも『ウォルターさんと補佐の不手際』として片づけてしまいたいのだろう。
――そんな姿に、縁が愛されていることを感じる。
全てではないけれど、幼い創造主を案じるダンジョンマスター達は多い。自分が辛い人生を送ったからこそ、今度は助ける側になろうと決意し、ダンジョンマスターの話を受けた人もいた。
縁の努力は様々な人に認められているのだ。それは他の創造主様達とて例外ではない。
「君達は責任を果たした。だから、何らかの処罰を与える気はないよ。それを言ったら、僕だって役目を果たしていないことになるからね」
「しかし……」
「いいの! それに、今回のことは教訓になるからね。だから、この話はもうお終い!」
言い切って、話を終わらせる縁。ウォルターさん達は顔を見合わせていたけれど、やがて苦笑しながら頷いた。
そんな場面に響く、『とある人物』の声。
『おーい、そろそろ終わったかぁ?』
呑気な声は私のスマホから。声の主は兄貴――私の世界の創造主様だ。
「兄貴、ウォルターさんが少し怪我をしたけど、皆無事です!」
『おお! そりゃ、良かったなぁ。まあ、我儘娘に負けるなんて思ってなかったけどよ』
相変わらず、兄貴(私の世界の創造主)は豪快だ。皆が向こうに行ってから、割とすぐに連絡をくれたんだよねぇ……『聖女絡み』と伝えたことも不安を煽った一因だろうけど。
そんな『聖女』はさっきからずっと黙ったまま。自分の甘い考えを痛感させられただけでなく、あの女神に課せられた処罰の内容を聞いたせいだ。
『将来的に信仰を失わせる』……女神信者の『聖女』からすれば、絶望しかない展開ですからねー、これ。
「……で、『聖女』殿はどうするんです? まだ何か隠し持っていると厄介ですが……」
言いながらも、アストは『聖女』に厳しい目を向けている。彼女が反省しない性格であると判っているため、警戒を解く気はないのだろう。皆の目も自然と厳しいものになっている。
――だが、それをあっさり解決したのは我らが兄貴(私の世界の創造主)だった。
『ああ、そいつは俺の世界で引き取るわ。魔法がないし、転生させれば、俺の支配下に組み込めるしな。勿論、きっちり罰を与えるつもりだ』
私の世界には魔法がない。多くの宗教こそ存在しているが、それに纏わる奇跡なんてものは殆ど起きない。
信者が居てさえ、その状態なのだ。『聖女』が女神関連の何かを有していたところで、世界に与える影響はほぼないだろう。
「……それは安心ですが、一体、どのような罰を?」
『ふふん、聞いて驚け! 転生しようとも、人の本質ってのはそう変わらねぇ。だから、【聖女】が俺の世界に生まれても、【何らかの神を崇め、信仰をする可能性】ってのはかなり高い』
「神への信仰自体はあるのですか?」
『おう。まあ、どんなに規模がでかくても、世界中が崇拝する神なんてのは居ないがな』
最大勢力として考えられるのはキリスト教だけど、それだけが信仰じゃない。そもそも、キリスト教も様々な教派に別れていたはず。
アストは私から元の世界のことを聞けども、その対象が日本だったため、あまり宗教系のことに詳しくはない。
というか、私自身がその手の話に疎いため、どうにもならなかった。……付喪神とか話したら、絶対に混乱するよね。創造主への信仰はなくとも、日本には神様が一杯さ。
『そいつが敬虔な教徒として生涯を捧げる可能性は高い。まあ、俺もそう望むけどな。……だからよ、その生き方に免じて、毎回、死ぬ間際に【聖女】としての記憶を思い出させてやろう』
「……え?」
初めて、聖女が声を上げた。処罰と聞いていたのに、女神を思い出す温情が与えられる。そんな風に思ったのかもしれなかった。
――だけど、その希望は打ち砕かれる。兄貴も創造主の一人であり、残酷な面を持つのだ。
『あれだけ慕っていたのに、他の神を信仰した。その裏切りは、お前にどんな絶望をもたらすんだろうなぁ?』
「な!?」
『ああ、あのクソ女神の処罰が終わる時には、元の世界に返してやるよ。……裏切りの記憶を持ったまま、女神への信仰が消えた世界で生きていけ』
予想以上に残酷な決定に、皆が息を飲む。普通の人ならばともかく、女神信者の『聖女』にとっては、最悪の罰だろう。現に、『聖女』は顔面蒼白だ。
「そ、そんな! わ……私があのお方を裏切る……その記憶を持って、あの世界に帰る……? 嫌よ……嫌よ、嫌よ、そんなことって……!」
『聖女』が悲鳴のような声を上げるも、兄貴(私の世界の創造主)の決定は覆らない。一度ならず、二度までもこの世界に牙を剥いたからこそ、『聖女』を許す気はないのだろう。
『あ、そうそう。聖、例の件は通ったぞ。他にも居るらしいから、仲良くやれよ』
それまでの雰囲気をガラッと変えて、兄貴(私の世界の創造主)が明るく話を振ってくる。他の面子は怪訝そうにしているけど、その意味が判っている私は笑顔になった。
「あ、ほんと? ちなみに、誰です? 私が知っている人は居るかな?」
『これから話すらしいが、サージュも候補らしい』
「サージュおじいちゃん!? 兄貴、兄貴、この国のダンジョンマスターの交代が行なわれなくなっちゃいますけど」
『あ~……。……。ダンジョンを増やせばいいんじゃね?』
「ちょっと待って。え、僕の知らないところで勝手に話が動いてない!?」
そこまで聞くと、何となく内容が判ったのだろう。縁が慌てて声を上げるけど、兄貴(私の世界の創造主)は真面目な声で話し出した。
『チビ、お前の世界は極端に守りが薄い。その自覚はあるな?』
「う、うん」
『そこにきて、あのクソ女神関連の騒動だ。だからな、俺達は自分の子飼いをそっちの世界に派遣することにした。俺達みたいな存在は、そう簡単に他の世界に降臨できねぇ。その代理みたいなもんだな。お前だって、ろくに動けないだろ? まあ、俺達へとチクるっていうか、助言を求めることができるようになるだけだ。基本的に今と変わらねぇぞ? 討伐されても、俺が呼び戻さない限りは復活するだけさ』
「……」
縁は複雑そうな表情で黙り込む。兄貴(私の世界の創造主)達の好意も、言っていることも理解できるけど、自分の不甲斐なさを突き付けられたように感じているのだろう。
『ああ、お前が力不足って言っているわけじゃねぇ。……あんまり言いたかねぇが、悪さをする奴らにとって、お前の世界は狙いやすいのさ。俺だって、昔は狙われたくらいだからな!』
「え゛。兄貴、その話はマジですか!? ちなみに、どうしました?」
『おうよ、マジだ。勿論、半殺しにして叩き出したけどな! ちょっとばかり世界にも影響が出たが、今となっては些細なことだな』
あの頃は若かった! と、兄貴(私の世界の創造主)は豪快に笑う。どうやら、敵とリアルファイトをなさった模様。
だけど、私は笑えない。……あの、まさかそれが恐竜の滅亡とかに繋がってませんよ、ね!? 縁もそれに思い至ったのか、顔を引き攣らせてるんですが!?
『まあ、難しく考えることはねぇよ。基本的に、今、そっちに居るダンジョンマスターの何人かが元の世界の創造主公認で、チビの力になるってだけだから。ちなみに俺の所からは聖な。今回の手合わせでも判っただろうが、人間の作り上げた技術ってやつは役に立つぞ』
「で……でも、該当者達はかなりの時間、命の輪に還ることができないんじゃないの!?」
『それも了承済みだ。なぁ、聖?』
「勿論! 人生の延長戦が、第二の人生になるだけだから、特に問題ないよ。何より! 私は自分が居なくなった後の皆や縁のことが気になるもん! 兄貴からの提案だったけど、利害関係の一致で即、受けさせてもらいました。というわけで、これからも宜しくねー!」
すちゃ! と片手を上げて挨拶すれば、皆が唖然としたまま私をガン見する。
いーじゃん、いーじゃん、『人生終了してからこの世界に来た』んだから、『兄貴の子飼いとして、異世界に出張する』のが、第二の人生の幕開けですよ。人外、上等です!
『ははっ! 聖、全く悩まなかったもんなぁ。……なあ、チビ? 一人くらい、お前を甘やかす奴が傍に居てもいいだろ? お前の代わりは誰にもできねぇが、誰かに泣きつくことも覚えな』
「え……」
『お前、聖に庇われた凪が羨ましかったんだろ? 異端だろうと、創造主だろうと、聖は変わらないぞ? そっちでも変わらなかったろ?』
意外な暴露に驚くけど、それを告げる兄貴(私の世界の創造主)の声は優しい。
私が『お姉ちゃん』なら、兄貴(私の世界の創造主)は『お兄ちゃん』の心境なのかもしれなかった。
「……っ……うん……うん、ありがとう!」
納得できたのか、縁は漸く笑顔を見せる。『不甲斐ない』と言われたのではなく、単純に『応援したい』と言っていることを読み取ったのだろう。
――だって、私ができることは今と大して変わらない。戦闘能力皆無のままだしね。
「聖っ! これからも宜しくね!」
「おっと! うん、楽しく、平和に過ごしましょ♪ とりあえず、今回の慰労会ね」
抱き付いてくる縁を受け止めながらそんなことを言えば、即座にアストが青筋を浮かべた。
「聖! 貴女、またお気楽なことを」
「いいじゃないの、アスト」
だって、ここは私が支配する、私のダンジョン。
誰も死なない『娯楽施設・殺さずのダンジョン』なんだからさ!