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【広瀬煉】平和的ダンジョン生活。  作者: 広瀬煉【N-Star】
三章
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第四十一話 『理解し合えない存在』(アストゥト視点)

「腕が……私の腕、が……? え……?」


 片腕で傷を押さえるも、アイシャさんは呆けたような表情になりました。それも当然でしょう……彼女の腕は確かに切り落とされたというのに、血の一滴も流れないのですから。

 いえ、血が流れないだけではなく、痛みさえもないのでしょう。彼女がデュラハン――所謂、アンデッドであることは今更ですが、本人に自覚があったかは別問題なのです。

 アイシャさんは漸く、自分がすでに人ではないという事実に思い至ったようでした。


「当たり前だろうが。お前は我がダンジョンで死に、私の手によってデュラハンとして蘇った。もはやダンジョンの外に出ることは叶わず、人と慣れ合うこともない。生前の知り合いに化け物扱いされることもあるだろう。魔物化とはそういうことだ」

「まして、貴様は主たる閣下に牙を剥いた。異界の神の力を得、この世界から弾かれた存在になろうとも、『己が配下』と言ってくださった閣下に対してな! その意味も判らぬ愚か者に用はない。誰にも認められることなく、そこで朽ちていけ!」


 ザイードは心底、怒っているのでしょう。彼は基本的に真面目ですが、今回ばかりはいつにも増して辛辣です。それほどに、怒り心頭だったということでしょうね。


「化け物……私が? じゃあ、誰が私を認めてくれるの?」

「ダンジョンの魔物としてなら、認められたかもしれませんね。ですが、もう二度と冒険者になることはない。死者が生者と共に過ごすことはありませんし、それ以前に、生者は魔物を敵と認識します。……特に、貴女のようなアンデッドは」

「私……私は! そんなことを望んでいない!」

「ですが、人としての時間はすでに終えてしまったのでしょう?」


 現実を突き付ければ、アイシャさんは黙り込みました。

 生きていれば反省し、やり直す未来も選べたでしょう。ですが、彼女の人としての時間はすでに終わっており、もうやり直すことなどできないのです。

 それ以前に、彼女の体は。


「あ……あああああぁぁぁぁ……!」


 嘆くごとに、アイシャさんの体がボロボロと崩れていきます。それは人……いえ、アンデッドというより、人形が土に還っていっているようでした。体の方も限界だったのでしょう。


「僕達は君に同情しません。相方だったリリィさんだけでなく、多くの人達の苦言や助言の一切を無視したのは君自身じゃないか。それに、力に驕って他者を見下していたのは、紛れもなく君の本心。自分勝手な正義を押し付ける君の本質ですよ」

「哀れなものだな。やり直せなくなってから漸く、気付くなんて」


 ルイに比べれば、凪の言葉は随分と優しい。ですが、その表情を見る限り、哀れんでいるというよりも嫌悪を覚えているようでした。

 ……ああ、縋るように凪を見たアイシャさんもそれに気が付いたようですね。顔を強張らせ、僅かに後ろへと下がりましたから。

 それでも諦めきれないのか、アイシャさんは俯いたまま悔しそうに呟きました。


「私も貴方達のような存在を作り出せていれば……!」

「無理でしょうね」

「無理だな」

「惨めになるだけじゃないかな」


 私、凪、ルイの声が同時に響きます。私達は視線を交し合うと、代表するかのようにルイが口を開きました。


「いくら創造されようとも、慕われるかは別問題なんですよ。君はザイード様の怒りに気が付かないんですか? あれは補佐という『役目』だけが原因じゃない。僕達だって同じ。……ああ、これだけは言っておきたかったんだ」


 そう言うなり、ルイは普段からは考えられないような冷たい笑みを浮かべました。


「僕も姉さんも君が嫌いなんです。君達だって、親しい人とそうでない人に同じ態度を取ったりしないでしょう? 自我があるから、僕達にだって感情がある。だからね、聖さんが通常のダンジョンを望むならば、即座に僕達は挑戦者達の敵となる」

「結局は、創造者の言いなりってことじゃない!」

「違います。『僕達自身が、彼女の願いを叶えることを望む』んですよ。だって、大事なのは聖さんと仲間達だから。挑戦者達との関係が崩れることを残念に思っても、躊躇うことはない。君達が大好きな言葉に置き換えると、聖さんは『最愛』にして『唯一』といったところかな」

「……っ」


 アイシャさんはルイの変貌ぶりに驚いているようですが、私としては今更です。ルイ達姉弟は魔物……それも自分勝手に振る舞い、享楽的に生きる淫魔。元より、感情優先に生きる種なのです。

 今回、ソアラがいつになく憤っていたのも、聖への言い掛かりが許せなかったからでしょう。

 ……ですが。

 ルイは『仲間達も大切』と言い切っているのです。始まりこそ聖の影響だったでしょうが、今はルイ自身の意思……共に過ごす中で培われていったもの。

 勿論、そういった感情を抱いているのは彼だけではありません。


「ご立派な忠誠心ね。だけど、逆はないのでしょう? 『最愛』の唯一になれないのに?」


 それでも一矢報いたいと思ったのか、アイシャさんが嘲るように問い掛けます。対して、ルイはきょとんとなり、不思議そうに首を傾げました。


「何故、僕が『唯一』になる必要が? 凪、僕やアスト様が聖さんの傍に居たら、どう思う?」

「安心する。二人ならば、聖を必ず守るだろう。これは他の奴でも同じだが」

「そうだよね。貴族階級の女性当主と複数の補佐みたいな関係って、僕達には理想的かも」

「聖は風評被害云々と言っていたが、俺は事実でも全く構わなかった」

「な……」

「嫉妬させたいのかもしれないけど、無駄ですよ。僕達にとっての『唯一』が共通している以上、覚えるのは嫉妬ではなく安堵です。それに聖さん曰く、僕達は運命共同体なのだから」


 驚くアイシャさんは未だ、我々を自分の価値観で捉えているようですね。聖が戦闘能力皆無である以上、ルイの言葉は的確です。そもそも、何故、独占欲があると思うのか……。

 そこで、ふと気が付きました。『凪に対するルイの言葉が、随分と気安くなっている』ということに。

 こういった変化も、日々の生活が影響しているのでしょう。凪もそれに気付いたのか、ほんの少しだけ嬉しそうにしています。さて、そろそろ話を終わらせましょうか。


「これまで存在したダンジョンマスターの中には、創造した魔物達を愛人のように扱う方もいらっしゃいました。我々は同個体の記憶を有していますので、そういったことに特に拘りはないのですよ。何度も言いますが、我々と貴方達には大きな隔たりがあることをご理解ください」


 頭が痛いとばかりに告げれば、皆――ウォルター様やザイードも含む――が大きく頷きました。

 アイシャさんは我々を理解などしていない……いえ、する気などないのでしょう。まあ、同じ人間に対しての理解さえ見せない彼女に、何を言っても無駄だとは思いますけれど。


「無駄……そう、私のしたことは無駄だったのね……」


 ほんの少しの傷さえつけられない。そう理解したのか、アイシャさんは表情を失くしました。体の崩壊は続いており、もはや彼女の全てが崩れ落ちるのは時間の問題です。

 ――そして。


「……ィ」


 最後に小さく呟くと、アイシャさんは完全に崩れ落ちました。その途端、ずっと見守っていてくださったであろう創造主様の声が響きます。


『皆、すぐにこっちに戻すから! 皆が戻り次第、そこを消滅させるよ!』


 声と同時に、視界が揺らぎました。私は最後に、ただの土塊となったアイシャさんへと一度、視線を向けます。彼女にとって『二度目の死』は、一度目同様に絶望に彩られていたことでしょう。


「最期に名を呼ぶくらい大事だったら、離れない努力をすれば良かったのですよ」


 彼女が最期に呟いたのは、相方であった少女の名前。反省や後悔をしないように見受けられたアイシャさんですが、相方のことだけは別だったのかもしれません。


「次があるかは判りませんが……今、この世界の命として存在していた貴女に、お悔やみを」


 同情する気はありませんが、貴女の末路は口を噤んで差し上げます。リリィさん達が知って悲しむなど、聖も望まないでしょうからね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 末路を誰にも知らせないのもある意味残酷ですよねぇ。 もうリリィは新しい生活を始めてるのですから言われなければアイシャの事なんて記憶には残らないでしょうし。
[一言] 天上天下 唯我独善 善というよりは正義なんだけどね 何故ここまで自分が正しいと思ったのやら
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