第三十六話 『決着と芽生える悪意』
モニターの中では、アスト達がウォルターさん達と対峙していた。
『ほう……己の補佐役まで戦力に回すか』
『【最高のおもてなしを】と、聖より命じられておりますので』
『ふ……はは! なるほど、確かに『最高のもてなし』だな! これは期待に応えねばなるまい』
怒るどころか、ウォルターさんは上機嫌だ。だけど、その『上機嫌』は『殺る気満々』とイコールであることは言うまでもない。本当に、強者と戦うのが好きなのだろう。
なお、こちらも呑気にモニターを眺めているだけではなく。
「……聖ちゃん、あんなこと言ったのぉ?」
「言ってない! 言ってないよ、アストさん!? 何を言ってるの!? 『最高の戦力で挑む』とは言ったけど、『最高のおもてなしを』なんて煽るような言葉は使ってない!」
あちらに聞こえないよう、ひそひそと会話をしつつも盛大に突っ込んでいた。ヘルパーさん、勝手に私の言葉を模造して煽るんじゃありません!
私達がこそこそと会話を交わす間にも、戦闘は始まっていた。ウォルターさんの相手はアストとルイ。――最強人物を牽制して、凪とエリクが他の魔物達を先に倒す作戦かな。
『おや、新たに魔人となった彼が私の相手を務めると思っていたのだが』
『私達では務まりませんか?』
『まさか! 見たことがない武器に加え、数多の魔法を使いこなす淫魔とは、なんと珍しい! そのような者達と戦えるとは思わなかったぞ! やはり、手合わせを望んで正解だった』
『……っ、お褒め戴き光栄ですね。どうせなら、僕の魔法に当たってはくれませんか』
『いやいや、君の魔法は当たれば痛そうだから、な!』
会話をしながらも、二人の攻撃をぎりぎりで避けては反撃するウォルターさん。アストとルイを『評価している』強さは伊達ではないらしく、その表情はとても楽しげで余裕があった。
『評価する』って上から目線の言い方だけど、ウォルターさんは間違いなく二人よりも強い。他を気にする余裕こそないが、アストとルイの二人を一手に引き受けているもの。
アストとルイが弱いのではない。ウォルターさんが『強過ぎる』のだ。
「アスト様とルイはウォルター様の足止めが役目なんでしょうねぇ。少なくとも、ウォルター様以外なら倒せそうだもの」
「……ソアラから見てもそう思う?」
「ええ。確かに、ウォルター様が引き連れているのは上位種ばかりだけど……彼らには成長がないもの。聖ちゃんも言っていたじゃなぁい? 『ダンジョンの魔物達は挑戦者が倒せるようになっている』って。それが致命的なのよ」
……確かに、そうだ。ダンジョンマスターであるウォルターさんはともかく、他の魔物達には弱点と言えるものが存在する。そうでなければ、挑戦者が倒せないもの。
ただ……その『弱点』に該当するものを、こちらの面子が持っているかは不明だ。
そもそも、今回の相手はアンデッド系で固められているはず。リッチやヴァンパイアといった者達の弱点は例外なく浄化系の魔法だろうが、そう簡単に倒せるとは思えない。
「ルイやアストが浄化系の魔法を使えたとしても、上位種を倒せるだけの威力ってあるのかな?」
「そこなのよねぇ……一度も試したことがないでしょうし」
尋ねるも、ソアラは困った顔で首を傾げるばかり。こればかりは答えようがないのだろう。
だって、こちらは迎え撃つ側なのです。アンデッドが攻め込んでくることだって、ないだろう。
ぶっちゃけて言うと『試す機会がない』。外に出ることもできないから、ダンジョンマスター同士の手合わせでもない限り、魔物と対峙することなんてあるまいよ。
まあ、何らかの事情があったか、偶然が重なって、魔物がダンジョンに迷い込んでくることもあるのかもしれないが……知能が高い上位種ではまずありえない。
ダンジョンにはダンジョンマスターというラスボスが控えているので、喧嘩を売る真似はしないだろうしね。
その時――
『何だと!?』
初めて、ウォルターさんの驚愕したような声が聞こえてきた。慌ててモニターに視線を向けると、リッチとヴァンパイアが灰となって崩れゆくところだった。
「へ? え、ええ!? 誰がやった、の?」
状況からして、二体を纏めて葬ったと思われる。ちょ、そこまで強力な浄化魔法を使ったの、誰よ!? そんなに簡単に滅びてくれるような種族じゃないだろー!?
『悪いな、俺は元神官だ。異界の神の力も幾ばくか取り込んでいる。浄化魔法を使えても不思議じゃないだろう? ……まあ、ここまでの威力は想定外だったが』
そう言って、凪はどこか気まずそうに視線を泳がせた。ああ、凪だったのか……そりゃ、超強力な浄化魔法だろうよ、元本職だもん!
「あらあら、凪だったのねぇ。もしかすると、最初からこれを狙っていたのかもしれないわぁ」
ソアラは感心しているようだが、私的には『手合わせで使っても可能か?』という疑問が思い浮かぶ。
凪が気まずそうなのも、自分が『異界の神の力』という一種のチートを自覚しているからだろうしね。
「ええと、凪があの女神の力を取り込んでいるのは良いとして。これ、手合わせのルール的に大丈夫なの? 縁」
縁ちゃーん! お返事プリーズ!
『えっと、元になった人が持っていた能力なら問題ないよ。エリクだって、剣の腕は生前からの引き継ぎでしょ? それを他の人達にも許していた以上、凪のことも許さざるを得ない』
「……実はちょっと迷った?」
『う……! だ、だって、凪みたいに異界の神の力を取り込んでいる人なんて、居なかったんだもの! でも、それを自分のものにしたのは凪の努力だから、今は凪自身の力だよ』
なるほど、そういう見方をするならありなのか。別にずるをしたわけじゃないけど、取り込んでいるのが『異界の神の力』ってのが心配だった。他の世界とはいえ、創造主の力の片鱗だし。
『馬鹿な! ここまで強力な浄化魔法だと!?』
『これまで受け入れがたかったが、漸く、俺はこの力に感謝できそうだ。長い苦難の旅だったが、【今】に活かせるものを得るためだったと思えば、悪くない』
驚愕するウォルターさんをよそに、凪は次々とアンデッド達を倒していく。ウォルターさんは何とか凪を止めたいようだが、アストとルイに邪魔されて身動きが取れない模様。
浄化魔法の対象以外はエリクが相手をしているため、凪の邪魔はできなさそうだ。
――そして、最期に残ったのはウォルターさんと小柄なデュラハン(?)の二人だけになった。小柄な子は『推定・デュラハン?』という状態なので、浄化魔法の対象から外れたらしい。
なお、こちらの面子は軽い怪我こそしているようだけど、重症者はいない。
「良かったー! 皆が無事で終わりそう!」
喜べば、ソアラは軽く目を見開いた後、嬉しそうに笑った。
「ふふ、だから聖ちゃんが好きなのよ」
「へ?」
「手合わせに勝利したことよりも、皆が無事だったことを喜んでくれる……そんなマスターなんて、私達は知らないもの」
そうかー? 私は皆を家族と思ってるし、キャッキャウフフと日々を楽しく過ごしているから、当たり前なんだけどなぁ?
『ふ……ここまで追いつめられるとはなぁ。だが、残った奴はともかく、私は強いぞ?』
そう言って、不敵に笑うウォルターさん。皆もそれに同意しているのか、意識はウォルターさんに集中しているようだ。
小柄な子はウォルターさんの邪魔にならないように指示されているのか、彼のすぐ後ろに控えている。
『さあ、決着をつけようではないか。君達が勝てば、最愛たる【彼女】は守られるぞ』
『そうですね。その時はさっさと投降するよう、求めますよ』
茶化して言っているが、四人が負ければ、私達に打つ手はない。アストもそれが判っているからこそ、『ヤバいと思ったら、負けを宣言なさい』(意訳)とわざわざ口にしたのだろう。
『おやおや、君達は本当に仲間想いなのだな。ふむ、そういった姿は好ましいよ。だが、手は抜かん! さあ、いざ――』
『いいえ、貴方は邪魔よ』
『何!? ぐ……!』
「え……? ちょ、どういうこと!?」
仕掛けようとしたウォルターさんが、驚愕の表情で振り返っている。そこには背後の小柄な子……手にした剣で背後からウォルターさんを刺した『裏切者』が。
『お、前……一体、何を……っ』
『とりあえず、こちらに!』
言いながらも体を引き抜き、距離を取るウォルターさん。アスト達も突然の事態に混乱しているようだけど、とりあえずウォルターさんを守る方に動いたようだ。
皆の視線を受け、小柄な子は顔の仮面を外す。その顔を見た途端、アストとルイが驚愕の声を上げた。
『貴女は……!』
『アイシャさん……?』
二人の言葉に、私とソアラも顔を見合わせた。
「アイシャって、リリィの元相方じゃなかったっけ?」
「そのはずよぉ。だけど、ちょっとおかしいわね……? ウォルター様の手勢になっている以上、あの子はウォルター様のダンジョンで死んでいるはずなのよねぇ。自我だって、許されていないでしょうし」
「だよねぇ。それなら、さっきまで居た魔物達だって自我がありそうだもの」
言い方は悪いが、アイシャは弱い。それに加え、つい最近までこちらに居て『生きていた』。
つまり、死にたて&創造したてという状況なのですよ。はっきり言って、自我を残すメリットはない。
それ以前に、何故、主であるウォルターさんを傷つけられたんだ? 不可能なはずでしょう?
『うふふ……もう以前の私とは違うわ。力を得たのよ』
そう言って嫌な笑みを浮かべるアイシャ。彼女に何があったかは判らない。だが、もはや手合わせどころじゃなくなったことだけは確かだった。