第三十五話 『進軍開始』
さて。本日は最終戦。もとい、『ラスボス・ウォルターさん』と手合わせだ。なお、全く勝てる気がしない。
……。
いや、マジで。これは死霊術師&植物学者の二人から聞いた話で確信した。
『ウォルター殿は生前、英雄と呼ばれるほどの騎士だったらしいです。ただ、ご本人は【強い者と戦うのが好きだった】そうですよ。まあ、こう言っては何ですが、ウォルター殿自身が最強と言ってもいい。間違いなく、本人が仕掛けてくるでしょう』
『あの方は、その……良く言えば【強さを尊ぶ】という方でしてねぇ。正直なところ、生半可な罠など通じません。最高の戦力で打ち合うしかないかと』
一言で言えば『対策なし。できる限り強者を集めて、迎え撃て。健闘を祈る』。どうやら、完全に軍人気質のダンジョンマスターらしく、従えてくる魔物達も戦力重視という状態だ。
「魔物はともかく、ダンジョンマスター本人が特攻してくるのか……。潔くアスト達全員で迎え撃ってもらって、それ以外の面子に護衛してもらうかな」
「アスト様は護衛として、聖さんの傍に残しておいた方が良くないですか?」
「アスト、凪、エリク、ルイあたりにダンジョンマスター+αの相手を頼もうかと。接近戦と遠距離攻撃、魔法全てに対応できそうだし、特にアストの銃や凪は興味を引きそう。あと、『殆どの世界に魔法がある』って聞いたから、魔法を使う可能性も考慮してる」
「ああ、そういう意味ですか。確かに興味は引けそうですし、警戒が必要そうだ」
私の答えに納得したらしく、エリクは同意するように頷いた。エリクの心配も判るけど、どちらかと言えば、私の所に到達する前に倒してもらった方がいい。私が戦闘に巻き込まれたりしたら、彼らの足手纏いもいいところだもの。
「現実的に考えて、それが確実そうですね。我々が撃ち漏らしたあちらの手勢は無傷とは言いがたいでしょうし、獣人とアラクネあたりを組ませれば大丈夫かと」
「姉さんも聖さんの傍に控えると言っていましたから、魔法への対処も大丈夫だと思います」
アストとルイも文句はなさそう。ソアラが控えていることも、彼らを納得させる要素になっているのだろう。
「まあ、うちのダンジョンの強者……所謂『上位種』に該当する人達をぶち当てる以上、それ以外はあまり呼べないのは仕方ないよね」
手合わせは『使える魔力量があらかじめ設定されている』。これ、『参戦させられる魔物達にも限りがある』ということとイコールなのだ。
あれですよ、『召喚には魔力が必要』ってやつ。そうでなければ、際限なく呼び出せてしまうから。
これはダンジョンマスターの在任期間の違いが大きく影響している。どう頑張っても在任期間が長い方が有利になってしまうため、『下級の魔物達を使って数で攻めるか、上級の魔物で少数精鋭を組むか』という選択になるのだ。
下級の魔物といえども、相性や数で有利な状況に持っていくことはできるからね。
そうは言っても、私のダンジョンの魔物達は自主鍛錬による成長があるため、かなり特殊だ。
アストが使う銃なんて見たことがないだろうし、魔人になった凪の能力も未知数――凪は女神の力の幾らかを自分のものにしている――、ルイに至っては魔法全般が得意というイレギュラーっぷり!
エリク曰く『淫魔は精神系の魔法を得意とするとは聞いていますが、逆に言えばそれ以外はあまり聞いたことがありません。ルイみたいな奴が多数存在してたら、脅威でしょうね』とのこと。
要は、魔力はあっても享楽的な性格が災いし、己の欲に忠実な方面にしか活かそうとしないのだろう。『やればできる子だけど、興味がないからやらない』って感じ。
アストに聞いたところ、『魔物は本能で生きている部分もあるため、知能が低ければ行動パターンが割と単純です』という答えが返ってきた。
その時は深く考えなかったけれど、この手合わせを踏まえると、アストの言葉に隠された意味がよく判る。
つまり、『下級の魔物だろうとも、生まれ持った能力自体はそれなりに高い』。
数で押すタイプは勿論、優秀な司令塔を中核にして戦えば、『たかが下級』なんて言えない。
ダンジョンマスターが外に出られないのって、これが原因じゃあるまいか? 命令に従ってくれる魔物達がいるなら、国を乗っ取るくらいできそうな人達だっていそうだもの。
『二人共、始めていいかな?』
縁の声が響く。皆の顔を見渡し、頷いたのを確認してから私は了承の言葉を口にした。
「うん、いいよ」
『私も構わない』
『それじゃ、始めて!』
縁の声が響き、手合わせが始まった。モニターの中、進軍してくるのは――
「ああ、うん。やっぱりそう来たかぁ……」
剣を携えたウォルターさんだった。
ま、まあ、ダンジョンマスターの討伐が敗北に繋がるわけじゃないから、そういう戦法であってもいいんだけど!
「よほどご自分の強さに自信がおありなのでしょう。無様に負ける気がないからこそ、このような方法が取れるのだと思います」
「いや、でも元は人間だよね!?」
「聖、ダンジョンマスターは基本的に強化された器に魂が宿っているのですよ? 戦闘能力皆無の貴女とて、人より遥かに強度があるでしょうが。創造主様の器になれる体だということをお忘れですか?」
「あ……そうだった」
呆れたようなアストの指摘に、私は思わず兄貴に体を貸したことを思い出していた。
そっか、創造主の器になることが可能なくらい『強度がある体』なんだよね、私達。私自身はあまり変わった気がしていないけれど、身体能力だって高い気がする。
ならば、自分の強さに自信があるウォルターさんの判断は間違っていないのかもしれない。元から強い人が、更に強化された体を持っているなら……間違いなく最強の駒じゃないか。
「引き連れているのは、アンデッド系の上位種のようですね。ヴァンパイアやデュラハンの他に、魔法対策としてリッチですか……さすがは皇国のダンジョンマスターといったところでしょう」
「凄いですね。上位種ばかりの少数精鋭ですが、バランスも良い気がします。そこまで揃えられたら、通常の冒険者達は生存を諦めますよ」
「うぇ、マジか! 同種のデュラハンだけでも押さえられればと思っていたけど、厳しそうだな」
アストの解説に、ルイが感心したような声を上げた。同時に、エリクが悔しそうに呟いて顔を顰める。皆もエリクの呟きの意味を判っているのか、慰めの言葉はない。
『デュラハン』という種族自体はエリクと同じ。ただし、エリクはデュラハンになってからそう時間が経っていない。
成長があると言っても、今のエリクは人間だった時の強さとあまり変わらないはずだ。『不死』という要素こそ、ついているんだけどね。
その時、モニターを眺めていた凪が意外そうな声を上げた。
「ん……? 仮面を付けてはいるが、あちらのデュラハンらしき一体は女なんだな?」
「デュラハン『らしき』?」
「ああ。エリク同様に、首を固定しているようだ。元はダンジョンで死んだ挑戦者なんだろう」
つられてモニターに視線を向けると、確かに一人だけ小柄な気がする。シアさんのように大柄というか鍛えられた体ではなく、新人冒険者くらいの頼りない体躯だ。
「数合わせで入れたかもしれませんね。あれだけ上位種を入れていたら、数は望めないでしょうし。それにアンデッドになっている以上、元が貧弱な冒険者であっても油断はできません」
「アストはそう思うんだ?」
「はい。死者である以上、その腕力は脅威です。体が壊れても問題ありませんから」
「ああ、所謂『リミッターがない状態』なのか!」
人間は体に強度がないからこそ、無意識に力をセーブしていると聞いたことがある。だからこそ、精神に異常をきたして暴れた時の力は物凄い――体への負担、周囲への影響といったものを全く考えないから――とも。
ならば、アンデッドであるだけでも十分に脅威なのだろう。少なくとも『貧弱な挑戦者の成れの果て』と侮っていい相手ではない。
「じゃあ、予定通り頑張って来て。ただし、無理はしないように! 私自身、力の差は歴然って判ってるから、敗北は怖くない!」
「聖ちゃんの護衛は任せて。私が優先するのは『聖ちゃんの安全』だから、気にしなくて大丈夫よぉ? 危なくなったら、逃げるもの」
ソアラがひらひらと手を振りながら告げると、皆の顔に安堵が広がる。
……そだね、私は戦闘能力皆無なだけじゃなく、戦闘慣れしてないもの。うっかり攻撃してくる魔物がいても不思議ではない以上、心配になるわな。
「それでは行って参ります。ソアラ、任せましたよ。聖に危険が及んだら、さっさとお逃げなさい。この部屋に相手勢力が到達した段階で、敗北は決まっているのですから」
「勿論よぉ。だから『私が優先するのは【聖ちゃんの安全】』って言ったんだもの」
心得たと言わんばかりに笑うソアラに頷き返すと、アスト達は部屋を出ていった。今回ばかりは下手な小細工が通用しなさそうな相手であるため、彼らの強さに頼るしかない。
「いいのよぉ、聖ちゃん。こういった状況になることだって、彼らにとっては成長の機会ですもの。素直に頼ってもらった方が、ルイ達も喜ぶわ」
「そういうもの?」
「そうよぉ! だぁって、私達は『主を守るために創造された魔物』なんだもの。いつもは平和に暮らしているけど、聖ちゃんに危険が迫れば、死力を尽くすのが『当たり前』なんだから」
「そっか、ありがと」
ソアラの言葉に慰められつつも、私はモニターへと視線を向ける。アスト達とのエンカウントの時は近そうだった。




