第十話 おいでませ、挑戦者さん!
哀れな生贄……じゃなかった、初めての挑戦者がダンジョンに潜ってから二日が経過した。その時間の大半が『盛大に迷子になっていただけ(意訳)』であることは、言うまでもない。
あっれぇ~? 難易度上げ過ぎちゃった? ここまで時間がかかるなんて、超予想外!
そもそも、今回は特別仕様。所謂、様子見なのである。そのためにダンジョンの構造自体をシンプルにしてあったので、彼らの前に立ちはだかったのは、見慣れない妨害要素各種だろう。(彼ら的に)難解ではあっても、それらが死の罠でないことから、彼らの言動はお笑い芸人のようだった。
これ、体験している本人達だけでなく、見ている方も面白いんじゃね? ある意味、理想的。
「あいつら、気の毒に……」
モニターに映った疲労の色が強い仲間達の姿を目にし、憐みの目を向けているのはジェイズさん。一日目に仲間から逸れ、早々に回収されてしまった彼らのお仲間である。
ジェイズさんは落とし穴に落ちて気絶したところを、第一階層担当のスタッフである獣人によって回収されていた。所謂、脱落者扱いである。そうはいっても、お仲間達は未だにダンジョンに挑戦中なので、放り出せるはずもなく。
そんなわけで。
待機用の特別室でこのダンジョンについての説明――私が挙げるコンセプトその他を丁寧に解説――を受けた後、一緒にモニタールームでお仲間達の雄姿を眺めてもらったのだ。
当たり前だが、当初は全く信じてもらえなかった。「こんなダンジョンが存在してたまるか、ボケェッ!」とばかりに、盛大に威嚇してくださった。そんな彼の態度を軟化させたのがアストである。いや、正確にはアストもジェイズさんを落ち着かせようとしたわけではない。
『そう! その通りです! この二十一歳児に言ってやってください、【真面目にやれ!】と! 確かに、結果的には同じことかもしれません。しかし! 初めから娯楽施設として考える経営者根性と、世界への貢献という尊い精神からくる献身では、全く意味が違います! 聖! 栄光を求めてダンジョンに挑む者達に対し、申し訳ないとは思わないのですか!? ダンジョンマスターとしてここの支配者となり、挑む強者を迎え撃つ。それこそ、正しい姿なのですよ……!』
拳を握って力説するアストの姿に、ジェイズさんは固まった。そして、引き攣った顔をしながら私を指差し、一言。
『え……? このお嬢ちゃんがダンジョンマスター……だと!? こっちの男じゃなくて!?』
『そうなんですよ! これが! この困ったアホ娘がこのダンジョンのトップなのです!』
以上、当時の遣り取りである。横で喚くアストの言葉はジェイズさんを更なる混乱に陥れたらしく、頭を抱えて暫く呻っていた。まあ、そうですね! アストの方がラスボスっぽく見えるもの。
そうして、暫く悩んだ後、ジェイズさんは全てを受け入れた。『嫌がろうとも、これが現実だよ』と言い続けた効果があったのだろう。アストには『それは洗脳です』と怒られたけど。
ジェイズさんは自分が一度受け入れた事情は、即座に順応できる思考回路の持ち主らしく。待ち時間が暇ということもあり、お仲間達よりも一足先に私達の街を堪能していた。特に、食事と酒がお気に召したようで何より。
「しかしなぁ……その『ダンジョンの存在意義』ってやつはどうして世間に広まらないんだ? ダンジョンの存在理由を知れば、もっと簡単に交流とかできるんじゃねぇの?」
ジェイズさんの問い掛けに、アストはゆっくり首を横に振る。
「それは無理というものです。貴方達のように切羽詰まった状況でないならば別ですが、ただ名声のみを欲する輩はこちらを『敵』という形で捉えています。国によっては、ダンジョンに挑むことが王位継承権を得るための必須項目となっているでしょう。そのために利用できる存在こそ、ダンジョンなのですよ。都合の悪い情報は打ち消される。人は自分にとって都合のいいことしか、根付かせようとしません」
「それに、このダンジョンで発見されたものには『苦労の価値』ってやつが付加されるんだよ。ダンジョンマスターや魔物の討伐もこれに該当。だから、『価値がある』と人は認識する。簡単に倒せたり、手に入ったりする物って、飽きられるのも早いと思う」
続いた私の言葉に、ジェイズさんは黙ってしまった。それも事実であると、ジェイズさんには判ってしまったのだろう。
『誰でもできる簡単な依頼』と、『特定の人にしかこなせない依頼』では、どちらが高い報酬を得ることができるか。それと同じことなのだから。
「俺達の側の事情ってやつか……」
「そうなりますね。まあ、ダンジョンマスターとなられる方は、何らかの野心を抱く方が大半ですから……どっちもどっちなのかもしれません。『選ばれた者』であることを誇り、驕り、好んで挑戦者達と敵対したり、見下す方も珍しくありません。寧ろ、そういった方が大半です。聖はかなり珍しい部類ですよ……珍しいを通り越して、ただのアホの子に見えますが」
「アスト、煩い」
「黙らっしゃい、二十一歳児が」
ジトッとした目で睨み付けるも、アストは軽く鼻で笑う。い……いいじゃん! 目的は果たせるんだから、アホの子でも問題ないじゃん!
「あ~……ま、まあ、落ち着いてくれ。とりあえず、状況は判った。ほ、ほら、もうすぐゼノ達もここに来るからさ!」
何故か、私とアストを取り持つようなポジションになったジェイズさんが画面を指差す。映像の中の三人は疲労困憊しながらも、最後の扉を開けようとしていた。
その扉を開けた先には転移のための魔法陣が設置されている。その上に乗れば、即座にここへと転送されてくるだろう。即ち……今回のゲームの終了を意味していた。
「おお! 疲れてるけど、第二階層のラストまで辿り着いたじゃない! えらい、えらい」
一足早く拍手すれば、皆も納得の表情で頷いた。ジェイズさん曰く、こういった罠満載のダンジョンは珍しいらしい。それでも最後まで到達した彼らに対し、私達は純粋に称賛しているのだ。
その時、目の前の転移法陣が輝き始め。疲れ切った様子の三人が姿を現した。
「ゼノ! お前達、やったな!」
「ジェイズ!? お、お前、どうしてここに……」
「俺は脱落してから、ここに居たんだ。お前達が頑張ってるところ、バッチリ見ていたからな!」
親指を立てて『よくやった!』と言わんばかりな笑顔のジェイズさん。そんなジェイズさんの姿に、三人は呆けたような顔をし、そして。
「心配させやがって!」
「あんた、一体どこに行ってたんだい!」
「ジェイズ! 無事で良かったぜ!」
三者それぞれに叫びながら、ジェイズさんに抱き付いていた。ジェイズさんにも聞いたけど、彼らは家族に等しい関係らしい。そんなジェイズさんは第一階層で逸れて以来、行方が判らなくなっていた。そして、この再会。
無事でいてくれたことが、嬉しいんだろう。きっと、ジェイズさんも同じ気持ちだと思う。
「はは! 心配かけちまったよな。悪ぃ、俺は無事さ。お前達も無事で良かった」
「まったくだ! ……そういえば、お前、どうしてここに……」
言いながらも、ゼノさんは周囲を見回す。この場に居るのは私とアストを始め、お出迎えをしてくれた魔物達。……ゼノさん達の顔が強張ったのも、無理はないのかもしれない。
それでも、彼らは第二階層まで突破した。ならば、やるべきことは一つ!
「オープンテスト中とはいえ、第二階層突破おめでとうございます! 簡単ですが、祝いの席を設けてあります。貴方達がお風呂で汗を流してから、祝いの宴を開始したいと思いますので!」
「「「は?」」」
「あ~……その、皆は驚くと思うが、このダンジョンは俺達が知っているものとは全くの別物なんだ。俺も無事だったし、事情説明も聞いた。とりあえず、風呂に入って疲れを癒せ」
呆気に取られる三人を見て、ジェイズさんが取り成そうと言葉を重ねる。うんうん、貴方も似たような状況だったものね。少なくとも、私達が口を出すよりは信じてもらえるだろう。
「……その、ジェイズ? あんたがそう言うってことは、信じてもいいんだね?」
「勿論だ! シア達だって、ここが普通じゃないことは感じていただろう? 『そういう場所』なんだよ、ここは。ちなみに、ダンジョンマスターはそこに居るお嬢ちゃんな」
ジェイズさんの言葉に、三人の視線が一斉に私へと向く。う、うん、そこまでガン見されると、どうしていいか判らない。
「……えーと。とりあえず、私のダンジョンへようこそ?」
「お、おう。邪魔してるぜ」
アホな会話をしつつも、微妙な空気が漂う。私はともかく、三人からすれば吃驚の事態に違いあるまい。どうしていいか判らない、というのが本音だろう。
「とりあえず、お風呂へどうぞ。その後、食事をしながら、貴方達の行動を振り返りましょう。ジェイズさん! 男性陣の案内をお願い! そこの女の人は私について来て!」
「お、おう」
「あ、ああ、判ったよ」
顔を引き攣らせながらも、ゼノさんとシアさん――これで合っていると思う――が頷く。展開に付いていけないこともあるだろうが、自分達が疲れ切っていることも判っているのだろう。ぶっちゃけ、諦めて従うことを選んだだけである。
だが、今はそれで十分だ。ここまで辿り着いた彼らへのご褒美……お楽しみはこれからなのだから。さあ、風呂から出たら宴会ですよ!