第三十四話 力を手に入れた『彼女』
――ダンジョンマスター・ウォルターのダンジョンにて
「ほう! 死霊術師までも敗北したか。これは期待してしまうな」
二人の友人の敗北に怒るどころか、ウォルターは大いに喜んだ。この手合わせ自体が暇潰しなのである。予想外の番狂わせなど、観覧している者達を楽しませるだけだろう。
――そもそも、強者と戦うことを至上の喜びとするウォルターにとって、強敵であることは喜ばしきことなのだ。
生前は、戦場に居場所を定め、祖国に貢献した『英雄』。
現在は、創造主の望むままに悪役を演じる『ダンジョンマスター』。
自身が英雄ともてはやされる度、ウォルターは不思議で仕方なかった。『何故、無差別殺人鬼に等しい働きをした者が尊ばれるのか?』と。
ウォルターは善人ではないし、忠臣でもない。ただ、『人を殺すこと』が好きなだけだった。
勿論、それは『弱者を虐げる』という意味ではなく、『強者と命を懸けて戦うことを好む』という意味だが。
強さを求めるからこそ、そして命を懸けて強者に挑む者に敬意を持つからこそ、最終的には命の遣り取りになってしまう。手加減や安っぽい同情など、相手に対する侮辱と考えるのが、ウォルターという男なのだ。
……まあ、そんな彼に戦いを挑んでおきながら命乞いなどをすれば、一発で怒らせることは確実なのだが。そういった意味で彼の不興を買い、命を散らした者も少なくはない。
己に挑む者へと真剣に向き合っているゆえに、ウォルターは誰よりも厳しい存在と化すのだ。
ある意味、ダンジョンマスターとしては最適な人材と言えるだろう。身分、性別、種族を問わず、拘るのは『強さ』のみ……彼にとってダンジョンへの挑戦者とは、等しく歓迎すべき者なのだ。
生前、そんなウォルターを面白がり、己の配下としたのが当時の王である。
『お前、面白いなぁ……! 功績に見合った褒美として望むものが【新たな戦場】なんて!』
……こんなことを平然と口にする王とて、それなりに狂っていたのだろう。だが、王を責めることは誰にもできまい。『王』とは個人であることを捨て、誰よりも国に尽くさねばならないのだから。
ウォルターは善人ではないが、受けた恩は忘れない。結果として、彼は己を認めてくれた王が在位する間、様々な勝利を国にもたらした。
――そして。
今現在、彼は新たな戦場……ダンジョンを得るに至ったのである。皇国はダンジョン攻略が他国に比べて盛んであるため、ウォルターは充実した日々を送っていたのだ。
「ああ、なんと待ち遠しい……! 私の持つ『強さ』とは明らかに質が違えど、聖とて間違いなく『強者』であった! 楽しみで仕方ない」
ウォルターは個人的な強さに拘っているわけではない。この手合わせはダンジョン毎のもの……所謂『団体戦』のようなものなのだから。
創造主によって定められた魔力量の中で、己が想像した魔物を配置し、ダンジョンに仕掛ける罠を作る。はっきり言ってしまえば、ダンジョンマスター自身の力量次第とも言う。
強い魔物が配下に居るならば、力押しに全力投球するもよし。
戦力不足を自覚するならば、ダンジョンに罠を仕掛けて補えばいい。
聖はよく知らないようだが、『手合わせ』とはそういった点が試される場なのである。普段はあまり自覚しないダンジョンマスターの個性というか、戦法が浮き彫りにされるのだ。
「……そういえば、新しく創造した奴がいたな」
ふと思い立ち、指を一つ鳴らすウォルター。即座に、一人の少女が姿を現す。
「無謀な挑戦の果ての死……いや、仲間を見誤ったゆえの死か。若い者にはよくあることだが、己の力量を過信するとは愚かだな」
少女の体には傷一つない。ただ、その首には包帯が巻かれていた。また、彼女の表情からは感情というものが抜け落ちている。
……いや、生気すら感じられはしない。見た目はともかく、彼女はすでに死者であり、ダンジョンの魔物として新たに創造された存在なのだ。
「まあ、そのような末路を辿ったのは、こいつ自身にも大いに問題がありそうだったが」
ウォルターは彼女――アイシャ達がダンジョンにやって来た時のことを思い出す。訪れる者が少ないこともあり、興味本位で他国からやって来た挑戦者達を眺めていたのだ。
……こう言っては何だが、アイシャ達のパーティは集団行動ができていなかった。
初めはともかく、奥に向かうにつれて口論が多くなり、パーティ内の空気は悪くなっていったのだ。あれでは助け合えるはずもない。
「他の奴らも自分勝手だが、この娘もなぁ……」
アイシャは常に自分が正しいと思っているのか、年上だろうパーティメンバー達への上から目線の言動が目立っていた。そんな彼女の態度は当然の如く反感を買い、最終的には見捨てられたのだ。
ウォルターが顔を顰めるのも当然である。ただし、それはアイシャを見捨てたパーティメンバーに対してだけでなく、身勝手なアイシャにも呆れていたからだった。
――皇国のダンジョンは基本的に脅威として認識されているため、挑む者は万全の準備を整えるのだから。
そこには当然、仲間達への信頼というものも含まれている。助け合わずに生き残れるような、甘い場所ではない。
遠回しにダンジョンを見縊られたような状態であったため、ウォルターは盛大に呆れ。その結果、非業の死を遂げた哀れな挑戦者はダンジョンの魔物となり、この場所に括られた。
「聖の所にいたデュラハンは非常に仲間想いであった。それどころか、己を死に至らしめた者達の事情を察し、『忠誠心を恨むことはできない』と口にしていたというのに。あれならば自我を与えようとも、問題はなかろう。だが、そのような者は稀よな」
『……』
ウォルターが視線を向けるも、アイシャは無反応のまま。自我を認められていない今の彼女は、生前のように騒々しく囀ることはない。
ウォルターとて、期待できるような性格の者ならば自我を残そうとは思っていたのだ。そう思う程度には、聖のダンジョンは彼の興味を引いていた。
だが、現実は甘くない。自我が残せるような……ダンジョンマスターの助けとなるような『忠臣』など、そう簡単に得られるはずはなかった。
「まあ、いい。性能を試す意味でも、連れて行くか」
そう言うなり、ウォルターはアイシャへの興味をなくした。ダンジョンマスターが命じない限り、彼女は人形同然だ。挑戦者への対応を任せたことがないのも事実だが、最低限、主たる者の命が必要なのである。
何も命じていない状態では、その存在を気にする必要などないのだろう。それが創造された魔物の『常識』であり、ダンジョンマスターにとっては日常なのだ。
――だからこそ、ウォルターは気付かなかった。
『……』
アイシャの瞳がほんの僅かに、感情を浮かべたことを。
ほんの一時、その表情に生気が戻ったことを。
そして……その口角が僅かに吊り上がったことを。
『力が欲しい』
かつて、少女はそう願った。今の彼女はある意味、その願いを叶えたと言えるのだ。