第三十三話 お祭り開催 ~聖VS死霊術師 その後~
微妙な空気のまま、手合わせは終了し。現在は、疲れを癒していただくため、死霊術師なダンジョンマスターさんは温泉に入ってもらっています。
……。
すみません、嘘吐きました。実際はサモエドの涎でベトベトになってしまったため、お風呂に直行です。迷惑をかけちゃ駄目でしょ! サモちゃん!
「サーモちゃーん? 人に飛び掛かっちゃ駄目って、いつも言ってるでしょー?」
「キュゥー、キュゥー」
「サモエド、ちょっと反省しようか」
ルイによって後ろから拘束されたサモエド――後ろ足で立ち上がっている状態なので、逃げられない――が悲痛な声を上げる。……が、私とルイは笑顔でサクッと無視。
「駄目でしょー? ほれ、反省なさい!」
ぐにぐにと頬を引っ張る私に、サモエドはされるがままだ。逃げたくとも、自分を拘束しているルイが怖いのだろう。震える姿は庇護欲を誘うが、そんなことでルイは離してくれないもの。
「サモエドとルイを使うところまでは良かったんですけどねぇ……」
死霊術師なダンジョンマスターの惨状――あれは惨状でいいと思う――を見たせいか、アストも呆れ顔。アストの言葉に共感できるのか、皆もしきりに頷いていたり。
……。
そだな、アスト。手合わせの勝敗以前に、あれは気の毒だったもの。
手合わせで負け、平和な顔した巨大ワンコに涎塗れにされた彼は哀れだった。しかも、サモエドが勢いよく飛び付いたらしく、腰を痛めていたようにも思う。
もうね、こっちは素直に土下座しましたよ。飼い主として、あまりにも申し訳ないんだもの!
そんなことを考えていると、死霊術師なダンジョンマスターが戻ってきた。漸く人心地つけたらしく、穏やかな表情になっている。
「大変、申し訳ございませんでした!」
「いや、あれは勝負ですから。手合わせの勝敗に、謝罪は必要ないですよ」
「いえ、勝敗以前に飼い主として申し訳なく……!」
頭を下げる私に、死霊術師なダンジョンマスターは視線をサモエドへと向ける。……そして。
「自我があると、あのようなことも起きるんですね」
生温かい目になりながら、ぽつりと零した。思わず、視線を逸らす。
「いえ、個々の自我がある影響はあるでしょうが、責任の大半は聖にあるかと」
「は?」
「このアホ娘、サモエドを作る時に子狼を愛らしい生き物として思い浮かべたようなのです。ですから、子犬のような無邪気さが反映されてしまった可能性もあります」
アストの言葉に、死霊術師なダンジョンマスターは私へと訝しげな視線を向けた。
「幼体とはいえ、フェンリルが愛らしい生き物……?」
「その、私の世界には魔物とか居なくてですね。ただ、伝承とか神話には登場するので、フェンリルが灰色狼ってことは知ってたんです。その幼体だから、モフモフな毛玉かと」
「……」
おおぅ……死霊術師なダンジョンマスターの呆れた視線が突き刺さる……! し……仕方ないじゃん! フェンリルの幼体なんて、見たことないんだし!
「世界の差と言ってしまえば、それまでですが……何と言いますか、このダンジョンの特異性には大いに影響しているようですね」
そんな言葉で纏めてくれる先輩ダンジョンマスターに、私は胸中で感謝を述べた。ありがとう、先輩。さらっと流そうとしてくれる貴方の優しさが身に染みる。
「ところで。不思議に思っていたのですが、貴女の世界には魔法がなく、魔物も存在しない……ああ、これは『存在を認められていない』という意味ですよ。そのような状況なのに、何故、貴方は対策を思いついたのですか?」
「へ? あ、ああ、これですよ」
唐突な話題の変更に驚くも、予想された問い掛けだ。私はあらかじめ用意しておいたホラー映画のDVD数枚を差し出す。なお、ジャンルはホラー……所謂ゾンビものである。
「娯楽として、こういったジャンルの小説や映像、ゲームなんかが広く親しまれているんですよ。あくまでも人間が想像したものですけど、危険のない第三者視点で楽しめますからね。対策というか、対処方法なんかも考えられるんです」
「ほう……!」
『何故、そんなことを考える?』と突っ込まれたらどうしようかと思っていたけれど、死霊術師なダンジョンマスターの興味は差し出したDVDに向いたようだ。目を輝かせ、見つめている。
……あれ? 貴方は本物の死霊術師なのに、作り物にも興味がおありなのですか?
「聖。こういったものが存在する世界は珍しいのですよ。魔法がある世界には当然、魔物がおります。ですから、あえてこのような物を製作する必要はない。まして、娯楽としての認識は皆無です。アンデッドは『脅威』として認識されるのが常ですよ」
「ああ、なるほど。そういった事情があると、ホラー映画なんて作られないのか」
そりゃ、本物があるなら。わざわざ作りませんね!
私達が会話をしている間も、死霊術師なダンジョンマスターは興味津々にDVDのパッケージを眺めている。
だが、書かれている文章は日本語だ。いくら興味があろうとも、こればかりはどうしようもないため、ピックアップされた画像を眺めているに過ぎないのだろう。
「ええと……宜しければ、上映会をします? 言葉として聞くなら、何を言っているか判りますしね。元々、慰労会をしようと思っていましたし」
そう、『言葉として聞く』なら、理解できるんだよね。他にも、この世界の言葉や文章なら全て判る。これはダンジョンマスターとしての特権の一つなのだろう。言葉が通じなきゃ、困るもの。
ただ、日本語は私の居た世界――『縁の管轄外である、異世界の言葉』になるため、判らないのだろう。私も他の世界の言葉は判らない。
報告会で提示した兄貴からのメールは『この世界の言葉』に変換されていたため、読めただけである。
「いいんですか!?」
私の提案に、勢いよくこちらを振り向く死霊術師なダンジョンマスター。その勢いにビビりつつ、私は勿論と頷いた。
「映画は映画館……スクリーンという大画面に投影される仕様なので、普通は暗い場所で見ます。ですが、これは普通に部屋で見れますよ。少しでも雰囲気を味わいたければ、部屋を暗くして上映会をしましょうか?」
「お願いします! 是非、異世界の恐怖とやらを堪能したいのです!」
「うわっ!」
大喜びで私の手を取り、ブンブンと上下に振る死霊術師の姿に、私は生温かい目を向けた。
それでいいのか、本物よ。映画は所詮、偽物ぞ? いくらリアルでも、作り物ぞ?
ちらりと視線を向けた先にいるアストとて、死霊術師なダンジョンマスターを残念な生き物を見る目で眺めていた。どう見ても、尊敬とは程遠い眼差しだ。
そんなアストの姿に、ふと、一つの疑問が湧き上がった。
「あの、貴方の補佐はどうしました? 姿を見かけないのですが」
姿を見てないぞ、どこ行った? まあ、ルージュさんの補佐のミラさんのように、居城でダンジョンマスターの留守を守っているのかもしれないけど。
「ああ、あいつですか。彼なら『お前の悪趣味全開の手合わせなんて見たくない』と言って、うちに居ますよ。日頃から『もう少し真っ当な感性を身に付けろ!』と煩いですし……何故、聖職者モドキがダンジョンマスターの補佐なんてしてるんでしょうね? 浄化魔法が得意ですし」
『え〝』
皆の心の声がハモったような気がした。思わず、アストを振り返ると……アストは何やら思い出すような顔をした後、何かに気付いたようだった。
「そういえば、軌道修正の必要がありそうなダンジョンマスターの補佐には、抑止力としての役目が与えられると聞いたことがあります。死霊術師という職業柄、その知識の取り扱いには注意が必要と判断されたのでしょう」
「あ~……本人だけじゃなく、『ダンジョンの英知を得ようとする人達への対策』って意味でも、そういった人が必要なのか」
この世界に魔法がある以上、ダンジョンから得た知識を魔法に活かそうとする人もいるだろう。だが、その叡智が『死霊術』というものだったら、大参事に発展する可能性がある。
その抑止力として宛がわれたのが、聖職者擬きの補佐役。
『彼』と言っていたし、その言葉も割と荒っぽいみたいなので、時には実力行使してマスターを諫めることもあるに違いない。
おおぅ……! 私以外にも『優秀なお守り』(意訳)が必要な人が居ましたか!
ようこそ、同類♪ 初めまして、同類♪ 何だか、一気に親近感が湧きましたよ……!
「聖以外にも、問題児がいたとは……!」
煩いぞ、アスト。だから、私達を拾ってきたのは、この世界の創造主様なんだってば!
――その後。
死霊術師なダンジョンマスターは酒とおつまみを片手に、ホラー映画を大いに楽しんだ。
あまりにも楽しそうだったので、後日、ホームシアターとホラー映画数本を贈ることを約束。……勿論、縁の許可済みだ。
『今、皇国のダンジョンは暇なんだよね。それに、彼なら学ぶことも多そうだ』
とは、縁の言葉である。今回の手合わせの提案もそれが原因らしいので、暫し、異世界の娯楽に浸ってもいいだろう、と。
そして、私は。
「いやぁ、実に興味深い! 今後も仲良くしてくださると嬉しいです」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
植物学者に続き、死霊術師という知り合いを得た。今後、何かあった時は大いに頼らせてもらおうと思っている。
いやぁ、ダンジョンマスターには色んな人達が居ますね!