第三十二話 お祭り開催 ~聖VS死霊術師 其の三~
さて、アンデッド達への対応はこれで十分だろう。壁を登ろうにも、その壁自体がツルツルの鏡面仕上げ、しかもワックスで磨き上げられているなら、登れまい。
なお、ワックス掛けはゴースト達が頑張ってくれた。ライナ曰く『物凄くピカピカになっていくのが面白い!』。……今は、壁をコントの如く滑り落ちていくスケルトン達が楽しいが。
そんな骨達へ、私は生温かい目を向けながらも心の中で労わった。
無理すんな? いくら体が軽くても、今の君達には装備品の重さもあるんだから!
装備品を全て捨て、滑り止め仕様の手袋と靴だけでチャレンジすれば登れるのかもしれないけど、この場にそんなものはない。
あったとしても、私が元居た世界のように軽いとは限らない。
そもそも、所詮は自我なきアンデッド。彼らに『装備を外して、体を軽くする』という発想なんてありませんからね! 哀れです!
「何だか、弱い者虐めのようになってますけど」
「言うな、エリク。相手も滑り止めが必要なんて思ってなかっただろうし、仕方のないことだよ」
もがくアンデッド達に対し、エリクは本気で同情しているようだ。ま、まあ、あれも元人間ということを考えれば、気の毒かもしれないね。
「だが、聖。アンデッドは今後、警戒だけで十分として。ジャイアント・コックローチはどうする? 奴らは飛ぶ以上、同じ手は通じないと思うぞ?」
「大丈夫だよ、凪。誘導さえできれば、私達の勝ちは確定だ」
そう、重要なのは『ジャイアント・コックローチが、こちらの陣地に入ること』。隔離される予定のエリアは決まっている上、アンデッド達の方に行かないならば、誘導は確実に行なえる。
そんなことを考えていると、エリクが不思議そうに尋ねてきた。
「あれ、そういえば……何で、聖さんにはあいつらが選ぶルートが判ったんです? ここに到達できるルートって、二通りありましたよね? 逆を選ぶ可能性もあったんじゃ?」
「ん? ああ、アンデッドは人型でしょ? だから『最低限、動き回れるか、武器を振り回せる広さが必要』。逆に、ジャイアント・コックローチは勢いで押し切れるから、一体ずつしか通れないような通路の方が有利なんだよ。敵が逃げられないからね」
「へぇ……つまり、相手のダンジョンマスターが自軍の長所を理解しているからこそ、『有利に戦えるルート』に行くと思ってたんですね」
「まあね。あの人、死霊術師らしいから……見るからに賢そうだったし、単純な力押しでは来ないんじゃないかなって。今回、それだけが賭けだった」
エリクは感心しているが、相手の魔物達の長所を理解していれば誘導は可能だ。というか、ここに到達するまでにはアンデッド達用の罠があった広い部屋を通るか、狭い通路を通るしかない。
私がダンジョンを好きに創造できるからこそ、『あちらは罠に嵌るしかない』のだよ。
あちらにとって真の敵、もとい最も厄介な存在とは『敵方のダンジョンマスター』なのだ。今回はまさに、ダンジョンマスター同士の戦いとも言える。
「……で、今回も隔離エリアに追い込み、通販した薬剤を使うのですか」
「うん」
素直に頷くと、アストは難しい顔をした。
「植物は根本的な構造が共通している以上、効き目が期待できました。ですが、ジャイアント・コックローチの生命力を甘く見てはいけません。防御力の高さも一因ですが、そういった点も脅威として認識されているのですよ」
「まあ、あの勢いと凶暴性を持つ魔物がしぶといって、確かに脅威よね。ダンジョンみたいに逃げ場がない場所だと、倒すしかないだろうし」
元の世界でも、それは同じ。というか、『だからこそ、確実に仕留められるものが開発された』と言える。雑食の害虫達に食料を食い荒らされて困るのは、人間達なのだから。
『一般人にも可能な、仕留める方法』が考え出されている以上、『私にとっては』脅威ではない。問題はその効き目だけど……多分、効くだろう。
効かずとも、隔離スペースに閉じ込めてしまえばいいだけだ。時間稼ぎができれば十分。
「それじゃ、そろそろやろうかね」
モニターには物凄いスピードで狭い通路を進むジャイアント・コックローチの姿が映し出されている。その先はアンデッド達の時同様、かなり広い部屋に繋がっていた。
ただし、今回の罠はパンジステークに非ず!
隔離予定の部屋から私達が居る部屋に続く通路は、すでに分厚い扉によって閉ざされ、行き止まりだ。
かと言って、今来た通路も現在は続々とお仲間がやって来ているため、戻ることも不可能だろう。しかも、そのうち封鎖される。
結果として、広い部屋にジャイアント・コックローチ達が溜まっていく。……あまり見ていたい光景ではない。早く、全部入ってくれないかな。
『ふむ、行き止まりですか……。ですが、戻ればいいだけのこと。ああ、今は元来た道が閉ざされているんですね。ですが、閉じ込めても無駄だと思いますよ? 力の強い種ですから、体当たりを繰り返せば、閉ざした扉も壊せます』
死霊術師なダンジョンマスターは全く慌てていない。当初はアンデッドの時のように罠を警戒していたようだが、私がジャイアント・コックローチを隔離しただけと知り、余裕が出たのだろう。
『扉』で封鎖している以上、隔離は一時のもの。出したり消したりできる以上、障害物には強度が定められているからだ。
勿論、私もそれは理解できているから、ここからは時間が勝負だ。
さあ、ご覧あれ! この『期間限定の閉鎖空間』こそ、私が用意した最強の罠だよ!
「さて、どれほど生き残れるかな? 異世界の技術をとくとご覧あれ♪」
『何ですって?』
死霊術師なダンジョンマスターが怪訝そうな声を上げるけど、綺麗にスルー。こればかりは見た方が早いというか、納得してもらえるもの。
私がダンジョンを操作するなり、閉鎖空間と化していた部屋のあちこちから霧状の『あるもの』が噴出された。その途端、ジャイアント・コックローチ達は狂ったように動き回り、やがて苦しそうにもがいた挙句、次々と死んでいく。
いくら巨大なGといえども、全く耐性がない状態では効くだろう。魔物であろうとも、『コックローチ』という種である以上、あれは即効性の劇薬に等しいに違いあるまい。南無。
『な、毒!? ばかな、ジャイアント・コックローチ相手に、ここまで即効性のある毒なんて聞いたことがない!』
「随分、あちらは驚いてるみたいだね。いやぁ、効いて良かった!」
聞こえてくる驚愕の声をBGMに笑えば、アストが顔を引き攣らせて肩を掴んできた。ちょ、アストさん! 痛いから、力加減をしてってば!
「聖? 貴女、何てものを持ちこんでるんです!?」
「は?」
「あれはジャイアント・コックローチが即死するほどの、劇薬でしょうがっ!」
「あ? あ~……『生き物に効く毒』っていう捉え方をすると、そう見えちゃうのか」
なるほど、それならばアストが慌てても仕方ない。だけど、それは誤解だ。いや、人体に良いものであるはずはないけれど、生物全てに効く劇薬とかではないからね!?
「あのね、アスト。あれ、私の世界のゴキブリ……あれよりももっと小さいけど、同種専用に作られた殺虫剤。つまり、コックローチ系にしかあの効果はないと思う」
「はい……?」
『特定の種にしか効きません』といった物に馴染みがないのか、アストは訝しげな顔になる。
「だからね、私の世界では『特定の種専用の殺虫剤』とかが作られてるの。普通に売られてるの。私の世界にも数センチくらいの大きさだけど、『コックローチ』と言われる種が居て、一般家庭の害虫扱い。あれはその『異世界のコックローチ』を瞬殺する殺虫剤なんだよ」
そうは言っても、あれだけ体が大きいと吹き掛けるだけでも一苦労。そのため『閉鎖空間に閉じ込める』という前提が必要だった。ま、まあ、あまり見たい光景ではないんだけど。
「……。一般家庭に出る、のですか? あれが?」
「いやいや、さすがにあの大きさの奴は存在しないから! 大昔に存在した原種は大きかったらしいけど、環境に適応していった結果、徐々に小さくなったらしいよ? しぶとさは健在だけど。でも、物凄く寒い地域には住めなかったりするし、ジャイアント・コックローチほどの強度はないんじゃないかな。魔物どころか、あくまでも害虫扱いだし」
「なんと……それでよくあそこまでの効果がありましたね?」
「こういった物に対する耐性は、向こうの方があると思うよ? まあ、ジャイアント・コックローチと基本的には同じだからね。それで、こちらでもそれなりに効くと思ったんだ」
私が告げた内容に、アストは絶句している。この世界の常識が前提になっているアストからすれば、『ジャイアント・コックローチを瞬殺する毒が作られる世界だと!?』といった感じなのだろう。
私が日々、平和に通販していることも一因なのかもしれないけどさ。
『馬鹿な……魔法のない世界の技術が、これほどに脅威になるとは……』
あまりのことに、死霊術師なダンジョンマスターも言葉がないらしい。だが、私も何と言っていいか判らない。だって、あれは本当に対G用の強力殺虫剤だもの!
そんな微妙な空気を壊したのは、『キュウ!』というどこかで聞いたような声と、押し掛かられただろう『誰か』の苦しげな声。
「あ、忘れてた! おーい、サモちゃん! そっちの人に迷惑をかけちゃいけませんよ~」
『ぐぅ!? な、一体、何が……っ』
「すみません! それ、うちの子です! ジャイアント・コックローチに皆の意識が向いている間に、勝利条件を狙ってみました」
なお、サモエドを運んだのは翼を持つルイだったり。一人と一匹はずっと出番を待って待機していたので、これまで会話に加わらなかったんだよね……存在がバレても拙いし。
……ちなみに、辿ったルートは先ほどアンデッド達が通った道だ。
翼を持つルイが飛べば、アンデッド達が落ちている場所も通過可能なので、サモエドを抱えて飛んでもらった。ジャイアント・コックローチの隔離が済み次第、動く手筈になっていたんだよねぇ。
サモエド、フェンリルだけあって運動能力が物凄い。だから、『お散歩に行っておいで』とばかりに離せば、嬉々として見慣れぬ道だろうとも突き進んでいく。ルイは運び屋兼お目付け役である。
サモエドは見事に役目を果たすと、その勢いのまま、死霊術師なダンジョンマスターに『遊んで!』とばかりに飛び掛かったのだろう。ルイが止められなかったのは偏に、サモエドの足に付いていけなかったからと推測。
『聖さん。サモエド共々、無事にこちらに到着しました。これで僕達の勝利ですよね?』
「うん、そのはず。お疲れー! あと、状況によっては、そちらのダンジョンマスターを助けてあげて。多分だけど、サモエドに圧し掛かられて、身動き取れない状態じゃない……?」
『……』
ルイを労りつつ、念のためとばかりに尋ねると……何故か、ルイは無言だった。その珍しい態度に、私の懸念が現実になっていることを知る。
「サモちゃん。良い子だから、その人を離してあげなさい。その人は玩具じゃないの」
『キュウ? キュウ! キュウ!』
溜息を吐いて促すも、返って来るのは『ヤダ』と言わんばかりの鳴き声ばかり。
「可愛く訴えても駄目! 涎塗れになっちゃうでしょ!?」
『あの、聖さん。もうすでに手遅れかと……』
『ちょ、お前はいい加減にっ……だから! 顔を舐めるな! 毛を付けるな!』
控えめなルイの声に、死霊術師なダンジョンマスターのもがく声が重なる。アストは……ああ、先ほどの表情から一転、額に手を当てて天井を仰いでいた。
ごめん、死霊術師なダンジョンマスターさん。飼い主として、謝らせていただきます。うちの子が迷惑をかけて、本っ当にすみませんでしたっ!




