第三十一話 お祭り開催 ~聖VS死霊術師 其の二~
『じゃあ、始めていいよ!』
そんな縁の声と共に、二戦目が開始された。私達は前回同様、ダンジョン内の映像を見ながら動くことはない。
「今回も『待ち』の姿勢ですか?」
前回のこともあり、ある程度は信頼できると判断したのか、アストは落ち着いている。そんなアストに一つ頷くと、私はモニターに視線を向けた。
「今回はダンジョンの構造が重要って感じかな。それを活かした『罠』が明暗を分ける」
「……で、本音は?」
「アンデッドや巨大ゴキブリとエンカウントしたくないし、させたくない!」
アストは呆れたように溜息を吐く。だが、それだけだ。さすがにここで『ダンジョンマスターが魔物に脅えてどうするんです!』とは言えないのだろう。
いーじゃん、いーじゃん、勝てばいいんだよ、勝てば!
今回とて、元の世界の技術をフルに活かした策を立ててみた。よって、『ダンジョンVSダンジョン』ではなく、どちらかと言えば『異世界の技術VSダンジョン』という感じ。
アンデッドに関しては、ホラー映画が大いに役に立っている。元の世界では色々見ていた上、ゲームなどもやっていた私にとって、『ホラー的要素』は身近なものだったしね。
と、いうか。
私は生前、『聖とホラー映画を見ると、あまり怖くない』とよく言われていた。理由は簡単、『第三者としての突っ込み』が原因なのである。
ホラー映画は『物語の当事者だからこそ、登場人物達はあれほどに脅え、パニックになる』。
対して、映画を見ている客にはその原因や舞台裏的なものが見えているため、割と冷静だ。
私は怖がるよりも、こういった『突っ込まないのがお約束・ホラー映画の粗』的なことをズバッと口にしてしまうので、下手をすると、開始三十分で『最適な対策』が判る場合もあった。
ホラー映画だろうとも、物理攻撃が効く相手ならば絶対に何とかなると思う。
今回はそういった発想が大いに役立ったというか、『実践してみればいいよね☆』という認識だ。アンデッドの皆さんには申し訳ないが、私の好奇心の餌食になっていただこう。
「仕掛けというか、物凄くシンプルなんだよ。見れば一発で、何をしているか判る」
「ほう?」
アストは僅かに片眉を上げた。好奇心が半分、ダンジョンマスターの補佐という職務としての意識が半分といったところだろうか? どうやら、それなりに期待はしているらしい。
「まあ、見てて。『待ち』の姿勢は前回と変わらないけど、今回はちょっと違うから」
モニターにはアンデッドの皆さん――所謂、ゾンビやスケルトンといった類のもの――が、大挙して押し寄せる姿が映し出されている。どうやら、あちらは数で圧倒する戦法らしく、上位種の姿は見られない。
また、先にアンデッドを向かわせるあたり、こちらの勢力を潰す役目を担っているのはアンデッド達なのだろう。
それなりの規模の混戦になったとしても、『勢いが全てのジャイアント・コックローチ』を後続として向かわせれば、敵味方関係なく吹っ飛ばして、ゴールを目指すものね。
『アンデッド達の利点と役目』
・倒されにくい性質を利用し、数でこちら側の勢力を抑え込む。
『ジャイアント・コックローチの利点と役目』
・圧倒的な勢いのまま、ひたすらにゴールを目指す。
単純だけど、どちらも対処しにくいだろう。特に、ジャイアント・コックローチは単純だからこそ、何らかの要素で気を引かない限り、主の命令に従ってゴールまで止まるまい。
どちらも上位種こそ参戦していないが、立派に脅威じゃないか。ただ、上位種が参戦しない方がいい理由もあったらしい。
「上位種は個体としてみれば脅威ですが、その分、弱点や対策なども研究される傾向にあります。まして、今回の相手はダンジョンを創造できるダンジョンマスター。人間相手の時ようにいくとは限りません。上位種が出ても我々は対抗できるでしょうし、リスクの方が大きいです」
アストは相手の編成に納得している模様。『強い敵=有利に立てる』というわけではなく、条件に合った魔物の方がいいみたい。
「だから、今回は数で圧倒するって?」
「はい。そもそも、勝利条件はこの部屋に乗り込むこと。アンデッドでなくとも、数で攻め込むことは有効な一手ではあるのですよ」
なるほど、『敵将の討伐』が勝利条件じゃないから、そこまで数が居ない強い配下を向かわせることが有効とは限らないのか。
確かに、うちには神の力を取り込んでいる凪がいる。エリクもアンデッドだから倒しにくいし、補佐役であるアストも参加させられるなら、数で攻めてしまった方が勝てそうだ。あちらも中々に考えているらしい。
でもね、『数で攻める』ってのは、ゾンビ映画ではよくある光景なのですよ。
『おや、随分と広い場所に出ましたね。攻撃範囲の広い魔法や大型の魔物を使うつもりなのでしょうか? ……まあ、そうであったとしても、アンデッド達の勢いは止まりませんが』
「数で攻めたのは、『全滅させることが難しいから』でしょう? アンデッドは生死の見極めが難しいし、見逃しそうだもの。それ以前に、倒れた敵に気を回す余裕なんてないだろうしね」
『ふふ。それだけでなく、どのような状況でもそれなりに対処できるのが利点ですよ。個人としては強者であろうとも、多くの敵に囲まれれば敗北する――英雄が戦場で迎える死は大抵、善良さを逆手に取られた騙し討ちか、対処できないほどの敵兵に囲まれた末の死ですから』
「……。そうね、それは同意するわ」
傷を癒すことも、休むこともできずに戦い続ければ、普通は死ぬわな。無限の体力を持つと言われようとも、それはあくまでも喩えであり、現実にはダメージが蓄積していくのだから。
……ま、今回は『そんな心配など不要』なんですけどね! それじゃあ、いってみようかぁ!
『じゃあ、こちらも仕掛けさせてもらうよ』
言うなり、私はダンジョン――もっと言うなら、アンデッドが押し寄せている広い場所の仕掛けを作動させる。その途端、部屋から『床』が消えた。
足場を失ったアンデッド達は当然の如く、一斉に落下していく。これには死霊術師なダンジョンマスターも驚いたらしかった。
『な!? 床ごと落とす、しかも随分と深い……いいや、まだ終わりませんよ! この程度のダメージで、アンデッドは滅びません。生ける屍達はともかく、スケルトン達は骨がばらされた程度では再生が可能なのですから! そもそも、数が居るのです。この後に控えるジャイアント・コックローチは壁を登れますし、アンデッド達も仲間を踏み台にして……っ!?』
「あはは! 普通ならね! でも、さすがにこれじゃぁ、無理でしょー?」
あまりの光景に、死霊術師が再度、驚きの声を上げた。予想通りの反応に、ついつい、私の口元に笑みが浮かぶ。
本日の罠は非常にシンプルだ。というか、この『罠』――アンデッド用とジャイアント・コックローチ用の二個――に使える魔力の大半を割り振ったため、他のことができなかったとも言う。
「聖、これは……」
「驚いた? アスト。これはね、『パンジステーク』っていう、私の世界にある戦法なんだ。落とし穴の底に、切っ先が鋭くて長い物を何本も仕掛けるの。今回は這い上がってくることや、数が居ることを想定して、穴の深さは十メートルくらいに設定。そして、底に突き立てられている『針』はその半分程度の長さを持っている。一度引っ掛かったら、抜けないぞぅ」
貫かれた人の体を支えられる太さの『針』――先端が鋭い、鋼の棒――は勿論、鋭い切っ先を持っている。これはダンジョンの一部という扱いなので、壊せない。しかも、先端は遥か上の方にあるため、抜け出すことも無理だろう。
これが無駄に広い部屋全体に仕掛けられている。次々にアンデッド達が落ちようとも、そう簡単には埋まるまい。しかも、それだけじゃないんだな。
「ちなみに、針の間……床を満たしているのは強力な『とりもち』だよ。粘性が高くて、ネズミなんかを捕獲する時に使うから、体が埋まりでもしたら、逃げられないだろうね」
映像の中は阿鼻叫喚の地獄絵図。体を貫かれたままもがく個体に、とりもちに埋もれて身動きすら取れない個体、果ては落ちた衝撃で体がバラバラになった挙句、とりもちに埋まって再生もままならない個体と、様々だ。
「そうそう、硬めの泥でも身動きが取れなくなると思うよ? 動けないアンデッドなんて、ただのオブジェだ。骨格標本だ。ダンジョン内を弄れるダンジョンマスターの敵じゃない」
アンデッドの脅威=不死身・体への負荷を無視した怪力・機動力。
だけど、私はいつも思っていたんだ……『泥とかセメントとか接着剤を使って、とにかく動きを封じろよ。銃で撃って、肉片が飛び散ったりしたら、二次感染を引き起こしそうじゃん!』と。
「聖……策自体はお見事だと思いますが、その言い方はどうかと思いますよ」
「真面目に打ち合うだけが戦いじゃないよね。好奇心の勝利だ」
「貴女はもう少し真面目におやりなさい!」
煩いですよ、アストさん。『薬品で溶かしちゃえ♪』とか言い出さない分、『ダンジョン内の罠』という範囲に留めたからね!? 溜息吐かないでよ、平和的な作戦でしょ!?