第三十話 お祭り開催 ~聖VS死霊術師 其の一~
初戦をめでたく勝利した私達。次の相手は、死霊術師なダンジョンマスターとなった模様。
「あれだけのものを見せたんだもの。きっと、興味を引いたわよ」
とルージュさんが言っていたので、死霊術師なダンジョンマスターは『あの』植物系魔物全滅未遂事件を目にし、異世界の技術に興味を持ったのだろう。
……。
除草剤で死霊術師の興味が引けてしまったようです。恐ろしや、我が世界の技術。
先の一件と合わせて兄貴(私の世界の創造主)に伝えたところ、盛大に笑われてしまった。まさか、そこまで劇的な効果があるとは思わなかったらしい。
『いやいや……俺の世界の奴らもやるじゃねぇか!』
どこか誇らしげなのは、気のせいではあるまい。人の努力の勝利ですよ、兄貴……!
で。
次のお相手は死霊術師。ということで、こちらも色々と通販済み。参考資料として、各種ホラー映画のDVDも購入し、我がダンジョンの皆で観賞会を開いたりもした。
「……。えっと、魔法がない世界なんですよ、ね?」
ホラー映画鑑賞後、顔を引き攣らせながら問うエリクに、勿論! と頷いておく。
「うん、そうだよー。だから、こういったものは人の想像力と、演出技術の賜だ」
「魔物もいないのに、凄過ぎますよ! ちゃんと化け物になっているというか、人の脅威として描かれていますし、絶望的な状況からの巻き返しも圧巻です!」
「まあ、ラストは『爆破して終了!』とか、絶望しかない、救いのないエンディングも存在するけどね。『恐怖』ってのを、様々な意味で捉えているんだと思うよ」
私の世界のホラー映画って、本当にそう思う。『化け物が怖い』、『パニックが怖い』、『元凶になった技術が怖い』、『極限状態で裏切る、人の心理が怖い』……といった感じに、複数の『恐怖』が散りばめられているじゃないか。
「化け物だけが恐怖の対象だったら、ホラー映画は何種類も作られないだろうね。こう言っては何だけど、人の心にじわじわ来るものがあるから、何作も作られるんじゃないかな?」
単純に『化け物が怖い』で終わらない。作中では立ち向かう人の強さも描かれているから、ハッピーエンド――と言うには、犠牲者が多いけど――を迎えた時、安堵するのだろう。
「貴女のいた世界への認識が変わりそうですよ……何故、魔物が存在しないのに、わざわざこのような物を作るのか」
「一応、伝承とか、神話とか、言い伝えみたいなものの中には、魔物も存在するよ? 証拠がないというか、存在を証明されていないから、『魔物はいない』って言ったけど」
感心半分、呆れ半分のアストには悪いが、それが現実なのだ。確実な存在証明がない限り、『魔物』や『魔法』は『現実には存在しない』ということにされてしまう。
「ただ、解明できない事件とかもあるから、もしかしたら、存在するのかもね」
そう締め括ると、アストは改めてDVDのパッケージに視線を落とした。
「そういった曖昧な情報から想像力を働かせ、このような物を作り上げるのです。その情熱と技術には感心しますよ」
呆れるべきなのか、認める部分は褒めるべきなのか、アストは迷っている模様。だが、そんなアストの戸惑いも当然のことだと思えてしまう。
……。
そだな、この世界からすれば『娯楽目的で、恐怖を感じ取れる物を作っちゃった♪』という発想が信じられまい。魔法を使うことなく、それを可能にする人の技術も同様に。
「まあ、いいじゃん? こういった物が溢れる世界で育ったからこそ、対策ができるんだし」
「ですが、あの方はアンデッドだけではないのでしょう?」
「う……! そ、そっちも対策は万全だけど、あんまり思い出したくはないかな……」
アストの指摘に、思わず顔を強張らせる。それは勿論、『アンデッドが怖い』といったものではなく、今回の相手が使う『もう一つのもの』が原因だった。
「何で、死霊術師が『虫系魔物』も使うかな!?」
「仕方ないでしょう。ダンジョンの魔物として、創造できるようになっているのですから」
「だからって、ジャイアント・コックローチなんて選ばないで欲しい……!」
ええ、名の通り『巨大ゴキブリ』です。見た目も、動きも、元の世界そのままだったさ。それに加えて、でかいのだ……『人を襲う魔物』なので、仕方ないのかもしれないけど。
この情報を知った女性陣は固まり、男性でさえも顔を引き攣らせる人が出る始末。これは私の影響とか、ジャイアント・コックローチの見た目が問題というだけでなく、その凶暴性が原因だった。
えぐいのよ、殺し方が! 間違いなく、年齢制限が入るグロ映像ですよ……!
「アンデッドを使うからこそ、その元になる『素材』が欲しいのでしょう。虫、それも大型の虫系魔物達は攻撃力が強く、その見た目からも嫌悪される存在です。ジャイアント・コックローチは動きも早く、その勢いのまま人に突進します。壁との間に挟まれ、絶命する者とているのですよ。食い殺されるのと、どちらがマシかは判りませんが……狭い場所においては脅威でしょう」
「言いたいことは判る! 十分に判るけど! 何か、デメリットとかないの?」
そんなに強力ならば、どのダンジョンマスターも使いそうな気がする。ただ、それならば人の側とて、何らかの対策を取れてしまうような。多くの経験は人を育てるもの。
だが、そんな対策はないらしい。未だにジャイアント・コックローチが『脅威扱い』ということは、好んで使うダンジョンマスター自体が少ないのではなかろうか。
私の素朴な疑問に、アストは一つ頷いた。
「虫系の魔物達は知能が低いと言いますか、本能に左右されがちのところがあるのです。ダンジョンマスターの命令よりも、目の前の生き物を食い殺すという『本能』が優先されてしまう場合もあります。よって、基本的に該当エリアに放置、という使い方をしますね」
「ああ、そういうオチがあるのかぁ……確かに、作戦も何もあったものじゃないわ。今回の死霊術師なダンジョンマスターみたく『アンデッドの材料が欲しい』とかじゃない限り、指示に従ってくれない魔物はこちらを不利な状況にしかねないものね」
「そういうことです。まあ、見た目も主な理由の一つでしょうね」
納得する私に満足したのか、アストはそう締め括った。ちょ、やっぱり、見た目の問題か。
「ん~……でもさ、うちにも蜘蛛達が居るじゃない? アラクネは半分女性の体だけど、アラクネとセットで、配下の子蜘蛛達だっている。アラクネは勿論、子蜘蛛達だって凶暴じゃないよ。しかも、子蜘蛛達は見た目が真っ白でふかふかだ。種が違うけど、水晶みたいに綺麗な体の個体もいるから、挑戦者達の中には密かにファンもいるくらい」
うちにも何種類か蜘蛛達が居るけれど、意思の疎通ができるせいか、嫌悪感はない。
そもそも、アラクネ配下の子蜘蛛達は見た目からして、どう見ても蜘蛛型ぬいぐるみ。……たまにいるよね、妙に見た目が愛らしい危険生物達。まさに、あんな感じなのだ。しかも、掌サイズであ~る。
「それは貴女の影響でしょうが……!」
青筋を立てたアストが睨んでくるけど、綺麗にシカト。気持ち悪がられるよりはいいじゃん!
そんな子蜘蛛達の趣味は、自作の糸を使ったレース編みである。先日はシアさんが結婚式を挙げていない――ゼノさんとシアさんは夫婦だそうな――と聞き、皆でベールを編み上げていた。
シアさん用と言うだけあって、解毒と治癒の魔法が組み込まれた、アラクネ配下の子蜘蛛達の力作ですよ。見た目だけでなく、実用性も兼ねた一品です。
そんなベールをプレゼントされたシアさんは、嬉しそうに頬を染めていた。『ちょっとしたお守り』と言って渡したけれど、どう見ても花嫁用のショートベールだもの。
ジェイズさんとカッツェさん曰く、『シアの姉御だって、ああいった物への憧れはあるのさ』とのこと。
若い頃はそれどころじゃなく、余裕ができた頃には後輩達の面倒を見るようになっていたため、結婚式をする機会がなかったらしい。
シアさん本人も『もう若くないし、あたしには白いドレスとか似合わないだろ』と口にしていたため、ずるずるとここまで来てしまったそうな。
『いい機会だから、教会で俺達パーティだけの結婚式でもしてくるよ。子蜘蛛達の心尽くしのベールだけなら、シアの姉御も了承するだろうさ』
そう言って、計画を立てるジェイズさんとカッツェさんは楽しそう……いや、嬉しそうだった。
きっと、『シアさんが面倒を見てきた後輩』の中に、彼らも含まれていたんだろう。シアさんが密かに結婚式とかに憧れを持っていることを知っていたなら……何とかしたいと思っていたのかも。
そんなことを思い出しながら、死霊術師なダンジョンマスターの資料へと目を向ける。
……。
うん、やっぱりうちの子達とは別物。アラクネは美人だし、子蜘蛛達は可愛いもの。
「ま、今回ばかりは嫌悪感が先に立つ人達も多いからね。サクッと片付けるよ」
と言うか、延々と巨大ゴキブリなんて見ていたくない。その後にアンデッド戦が控えているだろうし、どちらも早期決着にしてしまうつもりだ。
「やる気になっているのは良いことですが、この手合わせを観戦していらっしゃる方も多いのです。くれぐれも! ダンジョンの、そして我らを率いる者として、恥じない言動をお願いします」
煩いですよ、アストさん。それにさ、今回ばかりは私の味方が多いと思うんだ。
……。
『巨大ゴキブリとアンデッドによる蹂躙』なんてグロい映像、誰が見たいと思うのさ?
少なくとも、女性ダンジョンマスター達は悲鳴を上げてると思うぞー?