第二十九話 お祭り開催 ~聖VS植物学者・その後~
その後、物凄くあっさりと勝利を収め。私達は全員が無傷のまま、ダンジョンに戻った。
「えーと……お帰りなさい。お疲れ様でした」
エリクはそう言ってくれたけど、その顔は引き攣っていた。思わず、『その反応も当然か』と思ってしまう。明らかに、異様だったものね。
「この世界には除草剤がないから効くとは思っていたけれど、あそこまで聞くのは予想外だった」
「ああ……やっぱり、元の世界の物を使ったんですね」
「うん。魔法がない代わり、技術が発達した世界だからね。雑草は放っておくと物凄い繁殖力をみせたりするから、こういった物の開発にも力を入れたんだと思う」
「技術力の勝利ってやつかぁ」
「それと、人が努力した歴史の重みってやつかな。人の可能性は侮れないってことだよ」
エリクは素直に感心しているようだ。他の魔物達とて、この展開に驚きはしたものの、私や私の世界の技術に対する畏怖は感じられない。
「私達は魔物だもの。それにねぇ、聖ちゃんが私達に酷いことをするはずがないって知ってるわ。だから、怖がることなんてないわよぉ」
「ありがと、ソアラ」
それを言葉にしてくれる優しさが身に染みる。そう思うと同時に、ニコラスさんへの申し訳なさが募った。
あの人、絶対に植物を大事にしていたよね。私のように家族という扱いじゃないけれど、可愛がっていたことは確実だと思う。
「今回は手合わせですから、死亡した魔物達も今頃、復活していることでしょう」
「良かった! 本当に良かった……!」
頼れるヘルパー、もとい、アストが言うなら確実だろう。凪やルイも私と同じ心境だったのか、どこかほっとした様が見受けられる。
「でも、ちょっとお詫びの品を贈っておこうか。丁度、通販した物もあるし」
「おや、何を贈るつもりで?」
意外、と言わんばかりに尋ねてくるアストへと、私は笑顔を向ける。
「私の世界の肥料一式。うちの子達にも効果があるから、植物学者としては興味を示すと思う。あ、そうだ。折角だから、うちの子達に持って行ってもらおうかな」
「……まあ、いいでしょう。かなり憔悴していらしたようですから、多少は慰めになるかもしれません」
「僕達があちらに行っても、無反応でしたからね」
「ええ……それは拙いんじゃ」
おいおい、大丈夫なのかニコラスさん。ルイの言葉が正しいのなら、相当ショックを受けてやしないだろうか?
「手合わせを言い出したのは向こうだからな。聖が罪悪感を感じることはない」
凪がきっぱりと言い切ると、アスト達も頷いた。う、うん、今回は割り切ろう。
そんなことを話している間にも、私の指示通りに肥料が持ち出されていく。並んで運んでいるのは、私の創造した植物系魔物達。その先頭の一体が、私がこのダンジョンの魔物として蘇らせた植物君(仮)である。
「植物君、ニコラスさんに宜しくね」
『わかった!』
声なき声が頭の中で響き、植物君の頭? らしき場所にある葉っぱがざわざわと揺れた。
「聖さんが植物にも慕われているって、理解してもらえればいいですね」
私の心境を察したのか、エリクが慰めるように言葉をかけてくれる。ただ、私は苦笑して肩を竦めるにとどめた。
「うーん……どうだろ? ニコラスさんが植物に優しい人なら、私への態度も軟化するかもね」
そうは言っても、私は今回、盛大にやらかしたけど。
どう見ても、全植物――魔物含む――の敵です。本当に申し訳ございませんでしたっ!
――その後、帰って来た植物君達は、ニコラスさんからの手紙を持っていた。
『あの所業は許せないが、貴女の世界の技術には感動した!』
そんな言葉から始まる手紙には、『ゲームだし、実際の被害もないから、気にするな』(意訳)ということが書かれている。
どうやら、植物君達は身振り手振り……えっと、蔦振り枝振り……かな? まあ、とにかく! 私が気にしていたことを伝えてくれたらしい。
植物学者なニコラスさんとしては、そこまで植物系魔物達と良い関係を築けている私を見直したんだそうな。
何より、お詫びの品にいたく感動していらっしゃった。
『あの』超強力・除草剤の威力を見た以上、その逆……所謂『育てる薬』とも言うべき肥料には大いに期待できると。あと、植物君達も気に入った模様。
『たまには、そちらの植物を見に行ってもいいか?』と書かれていたので、快く了承しておいた。うちにも植物系魔物が居る以上、植物学者と縁が築けるのは心強い。
「うちの子達は定期健診やってるし、定期的に虫が付かないようにしてるから、ちょっと違うかもしれないけど。でも、植物を可愛がる学者さんなら、相談に乗ってくれそうだよね」
魔物と言っても植物なので、外から人が来るダンジョンという環境では安心できない。外から葉や根を食い荒らす虫が来たり、挑戦者経由で病気になっても嫌だもの。
「そういえば、あの虫よけの薬は平気でしたね。あれは大丈夫なのでしょうか?」
「枯れさせるような成分でなければ、大丈夫とか? 多分、『虫や病気という、植物にとって脅威となるものの駆除』って感じなんだと思う」
「なるほど」
「その分がっつり育って、強靭な体になったりして」
「え゛」
可能性としてはあるよね? 少なくとも、薬物耐性はついてそう。
※※※※※※※※※
――某所にて
「ほう! これが魔法がない世界の技術か!」
「なんと興味深い……人の努力とは、侮れないものなのですね」
聖との対戦を控えている二人のダンジョンマスターも当然、この手合わせを観戦していた。ニコラスと違い、沈黙し続けた聖の采配に警戒心を募らせていたのだが。
「まさか、一気に全滅近くまでもっていくとはな。これでは従えている魔物の強さが判らん」
そう呟き、残念そうな顔をするウォルター。彼は自身が軍人だったからこそ、純粋に強者との手合わせが好きなのだ。
「貴方にとっては、そうなのでしょうね。ですが、私にとっては喜ぶべきことですよ」
「ほお……あの一方的な蹂躙を見て、興味を覚えたか?」
「ええ。薬は私の手駒達には効きませんが、彼女は無力ではないのです。そもそも、戦闘能力がないのは、元の世界との繋がりを欲したゆえ。あれもまた、彼女の強さなのですよ」
「確かにな」
彼ら二人は皇国のダンジョンマスターを務めるだけあって、中々に好戦的な性格をしている。ゆえに、聖とニコラスの手合わせを見た後に感じるのは『恐怖』ではなく『歓喜』!
「異界の技術を使うのか、それとも己の手駒達を頼るのか……。彼女の遣り方は全く読めなくて、だからこそ楽しみなのですよ」
上機嫌を隠そうともしない同僚に、ウォルターは苦笑した。
「それでは、次は貴殿がいくかね?」
「宜しいので?」
「無論。それにな、順番など意味がなかろう? 我らが其々異なった戦い方をする以上、誰の手合わせも参考にならんよ。おそらく、手を変えてくるだろうからな」
「ふふ、確かに。では、二番手は私が参ります」
一見、知的で優しげに見える男の職業は『死霊術師』。アンデッドを駆使する術に長け、一般的には忌み嫌われるその職を誇る『異端』。
その男の興味を、聖は見事に引いたようだった。