第二十八話 お祭り開催 ~聖VS植物学者の決着~
植物系の魔物達は勢いよくダンジョンを進んでいく。その光景を私は――いや、『私達』はモニター越しに眺めていた。
「……。こちらが全く動かないことを奇妙に思わないのかな?」
普通は警戒すると思う。だって、いかにも『誘い込んでます!』って感じに見えるもの。だが、ルイは首を横に振った。
「自分の兵……魔物達の強さを信じているのだと思います。創造された魔物である僕が言うのも何ですが、植物系の魔物はある程度育ってしまえば、その生命力や攻撃範囲、そして力強さは脅威ですからね。通常、ダンジョンのような暗い場所では、それほど大きく育たない。だけど、創造された魔物ならば、その常識は通じませんよ」
「ああ……普通の魔物だと光合成ができないもんね。十分な水もないから、ダンジョンでは成長しにくいのか。だけど、最初から成体である上、主が強化していたら……」
「脅威でしょうね。いくら武芸に秀でた英雄であろうとも、侮れませんよ」
魔物と言えども植物。奴らの成長にはダンジョンマスターの愛が必須らしい。
「植物学者って言ってたけど、伊達じゃないんだね。自分の配下の植物達を可愛がっているから、あそこまで成長してるのか」
そりゃ、自信をもって送り込むだろう。見るからに強そうだし、機動力も十分だ。狭い通路があったとしても、蔦や胞子――あるかわからないけど、一応――を使えば、戦闘は有利にできる。
凄いな、植物(魔物)! 育ててくれた恩は、行動で返すのかい!
……もっとも、向こうの魔物達に自我なんて存在しないけど。
ただし。
それは『現時点では存在しない』というだけであって、今後は判らないけどね。
「怖いな! あっちの植物達に自我があったら、絶対に意地でも勝とうとするでしょ。あそこまで成長できたのがダンジョンマスターの功績なら、相当可愛がられてるってことだもの。従うべき支配者という以上に、親を慕うように恩返しするでしょうよ」
「そうですね、今の僕達がまさにその状態ですから……確かに厄介です」
その状況にある魔物として共感できるのか、ルイが何度も頷いた。そんな私達を見て、アストは目を眇める。
「聖の行動は、ダンジョンマスター様方に影響を与えそうですね」
「そうは言っても、自我があれば割と当然のことじゃないか? 狭い世界と言ってしまえばそれまでだが、創造主という絶対的な存在が手をかけ、慈しんでくれるんだ。俺だって、聖でなければダンジョンに括られようとは思わなかった」
「凪が言うと説得力がありますね」
呆れたように、けれど微笑ましげにアストが目を細める。そんなアストに凪は珍しく小さな笑みを浮かべた。
「俺はこれまでのことがあるから、今の幸せがどれほど得がたいものか理解できているんだ。ルイ達だって、初めて手を差し伸べられた時は戸惑ったと言っていた。……ダンジョンの魔物達にとって聖が向けてくれる好意は、本当に馴染みのない感情なんだ。それを与え続けてもらえるのなら、今度は自分が守ろうとするだろう? 聖も大概だが、俺達だって自分勝手なんだよ」
「……。そう、ですね」
凪の言葉に、アストはそれだけを返す。それで十分なのか、二人の話を聞いていたルイも微笑んで見守っていた。アストも丸くなったものである。
そんなことを考えつつモニターへと視線を向けたら、予想以上のスピードで魔物達が進軍していることが判った。フェイクとしてバリケード擬きを各所に設置していたけれど、盛大にぶち壊して進軍してきたらしい。
「三人とも、そろそろ出番かも」
私の声に、三人は視線をモニターへと向けた。
「進軍してきた奴らは全て、こちらの陣地に入ったようだな」
「フェイクとして設置したバリケードを全部壊しているから、『そちらに進まれたくない』って思ったんだろうね。まあ、これはニコラスさんの判断だろうけど」
学者というだけあって、そういったことはたやすく察するだろう。ただし、実践慣れしていないニコラスさんだからこそ、それが罠という可能性に気付きにくい。
「ニコラス様が警戒しているのは、我々が未だに出て行かないことかもしれませんね。そのため、あのようになっているのでしょう」
アストの指摘したもの――それは『こちらのダンジョン内を侵食している植物達』。
戦闘担当と分かれているのか、その植物達は壁の至る所に張り付き、進路を確保しているようだ。
まさに『浸食』。植物達はこちら側の陣地を、自分達のテリトリーにしようとしているよう。
「まあ、それも構わないんだけどね。じゃあ、そろそろやろっか」
言い終わった直後、ダンジョンを操作する。今回、こちらの陣地には頭を悩ませる謎解きも、怪我をするような仕掛けもない。あるのはたった一つ。
「さて、これに耐えられるかな?」
その直後、ダンジョン内に幾つかの魔法陣が出現する。あちらの陣地との境目にも設置したので、植物達は逃げられまい。
魔法陣が輝くと同時に、大量の水が溢れだす。まさに、植物達を押し流さんばかりの勢いだ。
『おやおや……ですが、貴女は甘い。植物達は根を張る生き物なのですよ? いくら水圧が強かろうとも、植物達は通路を埋め尽くす勢いで広がっています! 押し流すのは無理がありますね』
「そうねぇ、『押し流す』のはね? でもね、私の目的はそれじゃないの」
『何ですって?』
意味深なことを告げた私に、ニコラスさんが訝しげな声を上げる。対して、私は黙ったまま。
『いい加減なことを言うのではありません。ご存知ないようですが、植物系の魔物達は特に水に強いのです』
「植物系の魔物達は静のある所に群生し、その数を増やします。その水を吸い上げ、糧とするのです。彼らの住処となった水源を取り戻そうとする動きもありますが、豊富な水によって成長した彼らは脅威なのですよ」
「まあ、水と光ですくすく成長するだろうしね」
アストの解説も納得だ。普通の植物ならば水の遣り過ぎは良くないだろうが、彼らは『植物系の魔物』。魔物なのですよ、ま・も・の!
たっぷりのご飯を得て、元気一杯です。成長だって、著しいことだろう。
「でもねぇ……今回はその特性が仇になるのよ」
にやりと笑って、そう返す。ニコラスさんからの返事は期待していない。だって、もうすぐ効果が出て、それどころじゃなくなるもの。
『何ですって……な、これは!』
訝しげな声を上げかけたニコラスさんだが、直後に私の言った意味が判ったのだろう。私もモニターを眺め、期待通りの効果を確認し、満足げに笑った。
「どお? 異世界産の『超強力・除草剤』の威力は!」
私が元の世界から取り寄せた物、それは『除草剤』! 『植物系魔物は水を吸い上げる特性がある』と聞き、除草剤入りの水による『こちらの陣地の水没』を狙ったのだ。
たかが除草剤と言うなかれ。その威力は本物……間違いなく『殺草剤』とも言うべき効果があるのだよ。
その原因は、この世界にこういった物がなかったせいだったりする。
「この世界には、元から除草剤みたいなものがない。だから、『全く耐性がない』! 特に、植物系の魔物達は『生きている』から、普通の植物の何倍も威力があるんでしょうね」
……冷静に言っているが、これを試した時は心底驚いた。
ゼノさん達に捕まえて来てもらった植物系魔物をケースに閉じ込め、『魔物だから、原液でいってみるかー』などと安易に思い、実行した直後。
ケース内の植物系魔物は壮絶に苦しみ出し、あっという間に枯れた。猛毒かよ、これは!
冗談のようだが、これは事実だったり。好奇心いっぱいに眺めていたサモエド共々、盛大にビビり、興味深げに眺めていたルイへと抱き付いたもの。
あまりのことにルイも顔を引き攣らせていたけれど、私達の反応にも納得してしまったのだろう。抱き付いている私とサモエドを邪険に扱ったりせず、暫くそのままでいてくれた。
――ちなみに、これは私達三人だけの秘密である。
まさか瞬殺とは思わなかったので、他の人に見せる時間がなかったとも言う。
哀れな植物型魔物はそのまま枯れ果ててしまったので、謝罪と感謝の意味を込めて、このダンジョンの魔物として復活していただいた。悲惨な最期を迎えてしまったので、幸せに過ごしてくれればいい。
モニターから見るダンジョン愛は阿鼻叫喚の地獄絵図。もとい、水が退き始めた今、力尽きて変色した植物達が力なく流されて行っている。
「……。聖? 貴女、この威力を知っていたから、『大丈夫』と言ったのですか?」
「あ~……う、うん、まあね。ここまで一斉に全滅すると、壮観だわぁ……」
それしか言えん。元の世界の宗教で申し訳ないが、BGMにお経でも流した方がいいのだろうか? もしくは聖歌とか。
……。
だって、それくらい盛大に全滅してるんだよー! 何これ、怖い! 超怖い!
自分でやっておいてなんだけど、特例のゲームじゃなければ絶対にやらん!
「……これ、俺達の出番はあるのか?」
言いながら凪が視線を向けたのは、各自に持って行ってもらう予定の袋。中身は小瓶に入れた強力除草剤の原液だ。
「いやぁ……その、もうちょっとしぶといと思ってたからさ? 生き残りや、あちらの陣地に残ってる奴相手に使ってもらおうと思ってたんだよね。敵に向かって投げた後、アストやルイに瓶を割ってもらえば、原液が命中するかなって」
今回、必要だったのは『遠距離攻撃ができる者』。アストは銃を使うし、ルイも魔法主体で戦える。凪は個人の戦闘能力が特出しているので、二人への攻撃を防ぐ役だった。
『ば、馬鹿な……私の植物達が一瞬で、それも水によって全滅だと……?』
ニコラスさんは自分の見た光景が信じられないのか、呆然としているようだ。そんな彼の様子が容易に想像できてしまい、私の胸には何かがザクザクと突き刺さる。
「えっと……とりあえず、生き残りもいると思うから、三人はあちらに向かって。ゲームも終わらせなきゃならないし、予定通りの行動でいこう」
「鬼ですか、貴女は」
「アスト、煩い。だって、ゲームを終わらせなきゃならないでしょ!? 仕方ないじゃない!」
アストの突っ込みに条件反射で言葉を返すも、心の中では深く同意する。そうだね、人としてこれ以上の追い打ちはどうかと思うもの。
……。
ニコラスさん、本当にごめんなさい。ちょっと、遣り過ぎました。
本当に、本当にすまんかった……!