第二十六話 お祭りの準備は念入りに 其の二
衝撃の事実――ルージュさんと補佐役のミラさんのこと――に驚くも、とりあえず落ち着いた。っていうかね、アストさん……知ってたなら、教えてよ。
「実は口止めをされておりまして」
「ミラさんに?」
ルージュさんは自分の補佐役が私と会ったことを知らなかったから、該当者はミラさんだ。
……が、アストは視線を泳がせた後、微妙に目を逸らしながらこう言った。
「いえ、創造主様です」
「縁ちゃーん!? 何してんの、あの子はぁぁぁぁ!?」
おいおい……それでいいのかよ、創造主様? 私達以外には『良い子』(意訳)じゃなかったかー?
「ず……随分と、お茶目な性格におなりで」
素直に驚けば、アストは深々と溜息を吐いた。
「おそらくですが、聖の影響ですよ。このダンジョン内では、人の子のように振る舞っていらっしゃいますから」
「つまり、内面もお子様になる、と」
「……。まあ、そういうことです。事実、あの方は神としては幼い。他の創造主様方には見た目通りの扱いを受けていらっしゃいますが、あの方とて創造主の一人。ダンジョンマスターや我々は配下なのです。これまではそれなりに見えるよう、幼さを押し込めていらしたのでしょう。ですが、子供らしく振舞うことが許される環境、子供として扱う聖や聖の世界の創造主様の存在……そういったことに慣れてきた結果、少々、悪戯心が湧いたのだと思います」
「おう……原因は私か!」
心当たりがあるだけに、否定できん!
……。
そういや、縁はサモエドとよく戯れている。あれもそういった『子供らしさ』の表れだったのかな。
「あら、私は良いことだと思うわよ?」
言い出したのは、ミラさん。ルージュさんも同意するように頷いている。
「だって、創造主様は頑張っているじゃない? ちょっとくらい息抜きは必要だと思うわ」
「ミラ! 貴女はまた、いい加減なことを」
「いいじゃない。アストだって、私と似たようなことを思ったからこそ、聖ちゃんに教えなかったんでしょ? いつもの貴方なら、そもそも創造主様の可愛らしい悪戯に付き合ったりしないわ」
「そうよねぇ……。最近の創造主の変化は良いことよ。そうは言っても、私達には素直に甘えてくれないでしょうし、聖なら大丈夫と思ったんでしょうね」
顔を見合わせて頷き合う二人はまさに、双子の姉妹のよう。そんな姿に、先ほどのルージュさんの発言を思い出す。
……。
『貴女達みたいにはならない』って言ってたけど、あれは『言いたいことを言い合う主従ではない』っていう意味だったんだな。
自分達は『仲良し双子の姉妹』というスタイルだから、言い争うようなことにはならない、と。
確かに、私達とは違うだろう。うちは『主従逆転傾向にある、苦労人のヘルパーとアホの子』だから。
……いいんだよ、アホの子で。ダンジョンマスターとしてはあまりにも緊張感や存在感がないと、日々、言われてますからねー。
「貴女達の言い分も否定しませんが、聖に余計なことは言わないでください! これ以上、緊張感のないお馬鹿になったら、どうしてくれるんです!」
「いいじゃない、楽しくて」
「私は歓迎するわよ」
「「ねー」」
「く……!」
仲良し姉妹(仮)に言い負かされ、アストは何だか悔しそうだ。私達にとっては頼れる保護者でも、他の補佐役達からの印象は違うのかも。
前も思ったけれど、アストは補佐役としてはかなり若い部類なのかもしれないんだよね。ミアちゃんも年上だし、真面目な性格と見た目で誤魔化されてる感じ。
そもそも、私はミラさんのことを黙っていたことを怒ってはいない。今なら、私にも二人の区別がつくもの。
これは目の前で会話をしてくれたから気付けた。ルージュさんは私のことを『聖』と呼ぶけど、ミラさんは『聖ちゃん』と言っているからね。
ダンジョンマスターと補佐役との間に身分差めいたものがあるかは判らないが、基本的に彼らが呼び捨てにしているのは己の担当するダンジョンマスターのみ。
そういった点も、親しさというか、主従の絆的なものなのかもしれない。
「と……とにかく! あと数日で初戦になってしまうのです。聖、貴女には何か考えがあるのですか? 手駒として動いてもらう魔物達を決めた以外に、何かをしているようには見えないのですが」
半ば無理矢理話題を変えた感がありありだが、アストの言葉に、ルージュさん達も姉妹のじゃれ合いを止めて私へと心配そうな目を向ける。
「聖、大丈夫? あいつの所の魔物って、それなりに強いと思うわよ?」
「そうそう! ダンジョンマスターが植物学者というだけあって、植物系の魔物が殆どなんだけど……言い換えれば、特性とかを十分に理解しているのよ。自分の陣地の構造は勿論、魔物達の能力が阻害されるような采配ミスはほぼないと思った方がいいわ」
あら、やっぱりニコラスさんは優秀な人らしい。植物学者が作る、植物系魔物で構成されたダンジョンかぁ……人にとっては、中々に厄介だろう。
……しかし、私にもダンジョンマスターとしての意地がある。
「一応、考えているよ、アスト。今回はお互い、ダンジョンの情報を事前に通達されているからね。ダンジョンの扱いこそ違うけど、私とウォルターさんの所が似たような印象を受けた」
「ウォルター様はご本人も軍人でしたからね。人型の魔物を主軸にして、残りは補う能力を持つ魔物達での構成でしょう。残るお一人は確か……アンデッドを好んで使う方でしたね。これはご自身が死霊術師――所謂、ネクロマンサーと言われる存在に近いことが原因でしょう」
「私はそれが一番吃驚だったけどね! それだけ聞くと、三人の中で一番ヤバそうなんだもん!」
……そう、一見、穏やかというか、知的に見えた魔術師っぽい人は。
実際には、一番ヤバそうな職業に就いておいででした。植物学者なニコラスさんが割と素直に口を噤んだのも、過去に何かあったからではあるまいか。
「勿論、そっちも考えているよ。私の考えが正しければ、二人とも何とかなる。明日あたりに頼んだ品も届くだろうし」
対策はバッチリです。後は『異世界から通販した物』の到着を待って、皆に説明です。
「異世界の? 聖、貴女はまた勝手に通販をしたんですか」
「いいじゃない、アスト。今回は『必要な物』なんだからさ!」
アストは呆れながらも、無駄とは言わない。ここ一年ほどの間に『異世界の物は侮れない』と知ったこと、そしてその知識がこの世界でも活かせると実感したせいだろう。
「聖の世界って魔法がないんじゃなかった?」
「ニコラスはともかく、あの死霊術師は厄介だと思うけど……」
対して、ルージュさん達は不安そうだ。魔女という職業柄、魔法がない世界での対抗手段というものが思いつかないのだろう。
そだね、確かに『魔法に対抗する魔法』というものは存在しない。
だけど、『魔法が成した事態に対抗する手段』なら思いつけるんだよねぇ。
「まあ、何とかなりますって! 当日、宜しければここで観戦します? お酒なり、お菓子なり、用意しますよ?」
「「是非!」」
綺麗にハモって、即承諾。……アスト、呆れた顔しないの! ルージュさん達は私を案じてくれているんだからさ!