第二十五話 お祭りの準備は念入りに 其の一
『手合わせの初日は十日後にするね』
そんな言葉と共に、とりあえずは解散になった。なお、各ダンジョンマスター達はこちらが用意したお土産を嬉々として持ち帰っている。
これらは概ね、好評だった。縁が許可するかにかかっているけど、少量の酒やお菓子程度の物なら、今後もお土産として譲渡しようと思う。
娯楽や嗜好品がほぼない状況なのだ。ダンジョンマスター生活に彩りを添える意味でも、こういった楽しみの一つや二つあってもいいと思うの。
……ということを縁に相談していたら、どこからかその話が漏れたらしく、今回の手合わせは私の応援をするという人々が増殖した。
美味い物に釣られたなどと言ってはいけない。世界共通の感覚は貴重なのです!
まあ、ルージュさんを始めとした何人かのダンジョンマスターは、純粋に私を案じてくれたのだけど。
それ以前に、私が戦闘能力皆無と公言しているため、手合わせを申し込む輩が出るとは思わなかったらしい。
「あの植物学者……ニコラスっていうんだけどね。あいつは選民意識が強いところがあるのよ。だから、聖が創造主様と親しげなのが気に食わなかったんじゃないかしら?」
「ああ、『何でこんな奴が~』って感じ?」
「言い方は悪いけれど、その通り。あいつだって皇国のダンジョンマスターなんてやってるんだもの、相応しい腕と役目に対する責任感はあるわよ? だからこそ……という想いもあるんでしょうね。戦闘能力皆無のダンジョンマスターなんて、前代未聞だから」
「なるほどー」
私を心配して、様子を見に来てくれたルージュさん発の情報に、さすがに煽り過ぎたかと反省する。
要は、嫉妬じみた感情からああいった態度と言葉になったけれど、植物学者……ニコラスさんは基本的に真面目な性格をしているのだろう。
そういや、他の二人から弄られていた気がする。あれでも親しい友人同士なんじゃないか?
「真面目な方から見れば、聖に思うことがあっても不思議ではありません。確かに、ニコラス様の言い方にも問題があったでしょうが、一番の問題は聖がダンジョンマスターとしての自覚があるところを見せなかった点ですよ」
「いや、私なりに頑張ってるよ!?」
アストさん、酷いです! 優秀なヘルパーと仲間達に支えられているけれど、ちゃんとこの世界に貢献してますからね!?
抗議するも、アストは呆れたような目を向けてくる。
「それも事実ではありますが、他のダンジョンマスター様方から見た場合、貴女はあまりにも娯楽方面に力を入れ過ぎなのですよ。そうですね……長い目で見れば、花粉症対策のように根付くものもあると思います。ですが、現時点でのダンジョンは完全に娯楽施設でしょうが」
「……」
「……」
「否定はしないよ? 今後も変える気はないけど」
「少しは真面目な姿を見せなさい! それだけでも、皆様からの評価は変わるのですから!」
いーじゃん、いーじゃん、『娯楽施設・殺さずのダンジョン』で。というか、この『緩さ』があるから、挑戦者達だって気軽に希望を言ってくれるんだしさ。
そんな感じでアストと会話していると、不意に楽しげな笑い声が聞こえた。
「貴方達って、仲が良いのねぇ……それに、『ダンジョンマスターとその補佐役』っていうより、補佐役が保護者みたいよ。私だって、それなりに補佐役とは良い関係を築いているけど、貴方達みたいにはならないわ」
「補佐というより、頼れるヘルパーさんです」
「誰がヘルパーですか!」
「アスト。皆が頼る保護者、纏め役、そして私のお守り」
「く……! 否定できないとは……!」
アストは悔しそうだが、このダンジョンではそれが常識だ。だって、『ダンジョン』とか『魔物』とか『冒険者』なんて、私の世界には馴染みがないんだもの……!
これで『適切な意見を出せ』という方が無理なのです。そもそも、世界の在り方に差があり過ぎて、元の世界の知識が役立つかも怪しい。
なお、その失敗例の一つが『サモエド』であ~る。『フェンリル』という名は知っているし、ゲームなどでは非常に馴染み深いため、『狼の姿をしたモンスター』ということならば判るのだ。
……が、『フェンリルの幼体』と言われてしまうと、全く判らない。親の姿が狼だから、子供も通常の狼同様に、親とよく似た姿という発想はある。そこまでは良かった。
しかし! 狼にしろ、その他の肉食獣にしろ、お子様の頃はぬいぐるみの如き愛らしい姿をしているじゃないか。はっきり言って、成体の持つ迫力や威圧感なんてものは皆無。
その結果が、『どう見ても、平和な顔をした大型犬にしか見えない』と評判のサモエド。真っ白でふわふわな毛並みの、サモエド(犬)にそっくりなフェンリルの幼体だ。
まさか、こんなところに世界の差が現れるとは思わず、アスト共々、固まったのも良い思い出ですよ。今はこれでいいと思ってるんだけどねー、サモちゃん。
そこまで考えて、ふと『あること』が気になった。
「そういや、ルージュさんの補佐役って……どなたです?」
あの報告会にも居たと思う。ただし、補佐役は創造主である縁が作り出した魔人であり、その姿も様々だ。
成人男性のアストはかなり判りやすいけど、性別のない少女(少年)姿のミアちゃんのような子だっている。他の人が連れていた補佐役達とて、性別・年齢が様々だった。
「あら……聖は会ってると思うわよ?」
「へ?」
意外な言葉に首を傾げて思い出すも、どう頑張ってもルージュさんが一人だった姿しか思い浮かばない。ええ? 私はルージュさんの補佐役に会っている、の?
「アスト、知ってる?」
困った時のヘルパーさん! とばかりにアストに話を振れば、アストはやや視線を泳がせながらも頷いた。
「聖も会っています。……ですが、『あれ』は悪戯好きな面があると言いますか……その、聖が騙されているのを楽しんでいた節がありまして」
「はい?」
『騙されている』? 一体、どういうことだろう?
「普通に会ってくれれば良かったのに」
補佐役とはいえ、ちゃんと自我がある。悪戯好きな性格であっても、私は受け入れますよ?
益々、首を傾げてしまった私を見かねたのか、ルージュさんは笑いを堪えながら己の補佐役を呼んだ。
「ミラ! ミラ、ちょっと来て!」
「え、『今日は補佐役を置いてきた』って言ってませんでした?」
それ以前に、ここはルイ達が経営するバーの一角。店内には私達しか客がいないので、呼んでも聞こえるはずはない。店の外に居たとしても、声が聞こえるかどうか。
「うちの子はちょっと特殊なのよ。私の能力を模しているから、私ができることなら可能だわ。それに、いくら何でも私の単独行動は許さないわよ。私の声と気配をずっと追ってくれていたから、この声も聞こえているはずよ。……ああ、来たわね」
その途端、ルージュさんの傍に一人の女性が現れる。その姿は……姿、は!?
「どうしたの? ルージュ」
「いきなり呼んで、ごめんなさいね。聖に紹介しようと思って」
「……え?」
私は目の前の光景に混乱中。
私の目の前、ルージュさんが据わっているすぐ傍に立っていたのは、どう見ても『もう一人のルージュさん』なんだもの。
「……聖。ミラの能力は、対象のあらゆるものをコピーすることなのですよ。ですから、聖は『ルージュ様の姿をしたミラ』には会っているのです。ただ、姿どころか声もそっくりですから、ルージュ様とこれまで面識のなかった聖には判らなかったのかと」
呆気に取られる私を見かねたのか、アストが溜息を吐きながら解説してくれる。
「ああ、そういうこと……だから『悪戯好きな面がある』って言ったの」
「ええ」
思わず、温~い目を向けてしまう。対して、もう一人のルージュさん……もとい、補佐役のミラさんは機嫌よさげに微笑んで、小さく手を振っている。
「うふふ! いいわね、この反応! バレちゃったから、自己紹介するわね。私はミラ。ルージュの補佐役を務めているわ。能力は貴女が目にした通り、『あらゆるものを写し取ることができる』ってやつよ」
「改めて、初めまして。ここのダンジョンマスターをやってる聖です。補佐役って、能力とか姿に随分と個人差があるんですねぇ」
ミアちゃんが普通だから、基本的にアストと同じだと思っていたけれど……あれは単に、ミアちゃんの能力を見る機会がなかっただけだったんだな。
そんな考えを見透かしたのか、ミラさんは軽く肩を竦めた。
「どうしても、自分の補佐役を基準に考えちゃうものね。貴女の所に居るアストは所謂、万能型ってやつだわ。特定の能力を持たない代わり、全体的に高い能力を持つの。身体能力とか、魔法とか、武器の扱いといった感じにね」
「ああ、よく判ります。日々、お世話になってるヘルパーさんです。ちなみに、ダンジョンマスターを訪ねて来た人達の大半が、アストをダンジョンマスターと勘違いしますよ」
「「ああ……」」
ルージュさんとミラさんが綺麗にハモった。そして、アストへと向ける視線や表情もそっくり。
「憐みの目で見ないでくださいませんか!? 聖! 貴女も何か言ったらどうです!?」
「事実じゃん」
やや顔を赤らめたアストが助けを求めてくるが、私にもどうにもならん。私とて、『この人がダンジョンマスターです』なんて言ってないんだし。
「貴方達って、仲が良いのねぇ……!」
そんな私達の姿がおかしかったのか、ミラさんが楽しげに笑う。……ええ、仲良しですよ。だけど、貴女達だって相当だ。現に、ルージュさんと同じことを言ってるもの。
「私達はともかく、貴女達は仲が良い双子みたいですね」
思わずそう言えば、二人は顔を見合わせて。
「「そのつもりなの」」
……楽しそうだな、この人達。それ以外に言葉がない。アストも反論すれば二倍で返って来ると思っているのか、微妙な表情のまま沈黙を選んでいる。
――だけど、温泉でルージュさんの過去を聞いたせいか、私はちょっとだけ安心していた。
これなら魔物達に自我がなくても、ルージュさんは寂しくない、かな? 補佐とはいえ、仲の良い双子の姉妹として生活できているなら、最期まで笑っていられそうだもの。