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ハレルヤ


「なんでそんなことがわかる」

「……」

 無表情のまま、ブランコではしゃぐ子供たちを眺めている。

「ひょっとして、俺の寿命が見えているのか?」

 背筋に氷を入れられたような嫌な予感が漂った。蝉時雨が夏の日を演出している。

「答えろよ」

 存外強い口調になってしまった。まるで強盗のような乱暴な口調だ。ツバキを怖がらせてしまった。

「すまん」

 無表情で怯える少女は俺の謝罪に安心したように瞼を閉じた。それから左胸に手をやり、大きく息を吸い、ゆっくり吐いてから続けた。

「……面白い話ではないです。むしろ退屈かもしれません」

「いいから話せ」

「わかりました。説明します」

 瞳を薄く閉じて少女は続けた。

「私は幽霊と言うよりも、どちらかと言えば見届け人に近い存在なのかもしれません」


 見届け人

 この世にそんなものが存在しているとは思えなかったが、頭ごなしに否定するのも野暮というものだ。少女の世迷い言に耳を傾けたくなった。

「見届け人……というのは?」

 唇が震えた。平穏を求めて死を選んだのに、この世ならざる者に見いられたとなると穏やかに過ごせそうにない。

「直接的に手を下すわけではありません。ただ見守るだけです」

「誰かに命令されてやっているのか?」

「わかりません。この状態になったとき、八人の死に際を見ないといけないと漠然と感じたんです」

「八人?」

 その数字はある意味、出来過ぎに感じた。バカらしいと思うが。

「死を見届けないと、輪廻に戻れないみたいなんです」

「輪廻というのは生まれ変わりということか?」

「そうかもしれません。おそらく神様が命を蔑ろにするなと戒めるために荒んだ魂に科す試練なのだと思います」

「ずいぶんと敬虔なんだな」

 困ったように少女は鼻の頭を掻いた。

 今日もひどく暑いが、彼女の白い肌に汗の玉が滲むことはなかった。

「……俺で何人目なんだ?」

「八人目です」

 オオトリで申し訳なく感じた。


「ちなみに、俺はいつ死ぬんだ?」

 好きな時に逝ける自殺という手段だが、天に決められたタイミングがあるならそれに従うのも、悪くない。

「言えません」

「死ぬ前に暴れようとか、そんなことは考えてないぞ」

「わかっています。だけど運命を左右させるのは、大罪のようなのです。見えている寿命を教えてしまうと、私が輪廻の環に戻れなくなる、ということだけははっきりとわかるんです」

「そうか。あんたの生まれ変わりを邪魔するのは忍びないな……」

 なんだかひどく疲れてしまった。

 俺はふらふらとベンチに体勢を崩して

腰掛けた。日差しを遮るために目元を二の腕で押さえ、浅く息を吐く。

「なあ」

「はい?」

「まだ、しばらくあるんだろ?」

「どうでしょうか」

 口を滑らせておいて今さら無駄だ。

 俺は封筒をポケットに突っ込んだ。

「どこか行きたいところあるか?」



 雑木林に囲まれるように存在する公園は、耳鳴りのように蝉時雨が絶え間なく響いていた。やかましいことこの上ない。

「私、ですか?」

「ああ」

「なんでそんなこと聞くんですか?」

「連れてってやるよ。お金ならあるしな」

「私には特にありません。そのお金はあなたが稼いだあなたのお金です」

 腕を退けて正面からツバキを見る。

「たしかにこれは俺のお金だ。だから自由に使う権利がある。なので俺はあんたのためにこのお金を使いたいと思った。それじゃ、だめか?」

「なんで私のために使おうと思うんですか? 私はこの世には存在していません」

「ずっと死んでいく人たちを見て疲れただろ? たまには自分の好きことをしろよ」

「理解できません。死が近くにあるのなら、他人のために生きるより自分の人生に使う方が有意義ですよ。私なんてどうでもいいじゃないですか。自分の……例えば美味しいものを食べるとか、そういうのに使えばいいんです」

「一枚一枚燃やしていくのも世界恐慌を彷彿とさせて楽しいかもな」

 力無く笑って見せると、

「わかりました」

 ツバキはあきれたようにため息をついた。

「行きたいところならたくさんあります。覚悟してください」

「なんなりと」

 おどけて肩をすくめてみせる。

「遊園地、動物園、水族館、映画館、東京タワー、教会、瀬戸大橋、北海道、那智の滝、スケートリンク、図書館、学校」

「脈絡と節操がないな。そんなにたくさん残された寿命でいけるのか?」

「たぶん無理ですね」

「その中からどれか一つをあげるなら」

「そうですね。動物園とか」

「それじゃあ、行くか」

 目的地が決まり、俺は立ち上がって駅を目指した。

「えっ、いきなりですか」

「思い立ったら吉日というだろ」

 ツバキもそれに続く。動物園なんて小学校以来だ。


「待ってください」

 わたわたと慌ただしくあとを追いながらツバキは俺の背中に声かけた。仕方がないので歩調を緩めて彼女の方をむく。

「……言い忘れましたが、私の姿は他の人には見えていません」

「だとは思ってたよ」

 すれ違う人たちが好奇の視線を浴びせてくる。端からみたら俺は独り言を呟きながら歩く不審者だ。

「なので、外では私に話しかけないほうがいいかと思います」

「関係ないだろ。他人なんて」

 隣だって歩き出す。

「俺にはなんでツバキの姿が見えるんだ?」

「わかりません。こんなこと始めてなんで。もしかしたらハトザキさんが死に近いから、かもしれません」

 平然と名字が呼ばれて驚いていたら、ツバキは勝ち誇ったような表情でにやけた。

「銀行で手続きしているときに名乗ってたじゃないですか」

「そういえば、そうだったな」

「これで条件は対等です。下の名前はなんて言うんですか?」

「好きに呼べばいい。名前なんて記号だ。あってもなくても変わらない」

「そうですね……」

 天を見上げて数秒、視線を落として彼女は俺を見た。

「ハレさん、というのはどうですか?」

「なんでそんな名前?」

「雨より晴れてる方がいいからです」

 謎のしたり顔でツバキが言った。

「それに、私、雨ってじめじめしてて嫌いなんです」

「そんなことないだろ。雨が降らなきゃ植物は育たないし、雨音はいい。心が落ち着く」

「……」

 ツバキは虚をつかれたような何とも言えない表情で右手を突き出し左右に振った。

「いまのは無しです。単純にハレルヤという意味です」

 残念ながらキリスト教には興味がないので、意味はわからなかった。



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