生まれ出る悩み
いますぐ神社に行ってお払いをお願いすべきなのかもしれないが、どうにもそういう気分にはならなかった。
幽霊は部屋の隅で三角座りして、部屋の中央で立ちすくむ俺をじっと観察している。
なんで死のうと思ったその日に幽霊にとりつかれなくちゃならないんだ。
イライラすると同時に、それが少女の虚言の可能性に考え至った。
よくよく見れば神経症的な目をしているし、学校のストレスに大人をからかっているだけなのだろう。
いますぐ包丁を持って出ていけと脅せば簡単には追い出せるのではないか。
「やめた方がいいですよ」
この部屋に入り、少女は初めて自発的に口を開いた。
断っておくがまだ包丁を手にしていないし、台所に向かってさえいない。
自分の心が見透かされたみたいで、不気味だった。
「なにがだ?」
「自殺」
三文字なのに、やけに重く感じた。
「いきなりなにを言い出すんだ」
「気分を害したのなら謝ります」
それきり少女は口を閉ざした。謝ってなどいない。ただ退屈そうに眺めているだけだ。
俺は机の上に置いてあった麻縄と書きかけの遺書を乱暴に掴んでベッドの下に押し込んだ。
死ぬ気が、失せてしまった。
青少年にトラウマを植え付けるのはよくないことだと、ただそう思った。
俺の部屋にはテレビがない。
あるのは歯抜けの蔵書とベッドとインターネットの繋がっていない型落ちパソコンだけだ。
「なあ、おい、帰らないのか?」
声をかけるが返事はもらえなかった。少女は上目使いに俺を見つめている。
年頃の女の子を楽しませる道具なんてなにもない。
沈黙が気まずくなったので、パソコンに入っている音楽を流すことにした。
図書館で借りたクラシックで、ランダム再生の一曲目は「亡き王女のためのパヴァーヌ」だった。パヴァーヌとは行列舞踏のことだ。亡き王女と表記しているが、作曲者のラベルによると、亡くなった王女への哀歌などではなく、昔、幼い少女が楽しげに踊ったようなパヴァーヌという意味らしい。どっちでもいいけどさ。
少女が興味深げに顔をあげた。
「……」
なにかを言いたげに俺を見ていたが、無視して、本棚から一冊を適当に取りだし、活字の世界に没頭することにした。
読み終えても少女は部屋の隅にいた。日付が変わろうとしている。
「なあ、いつまでそこにいるつもりだ」
さすがにこの時間帯で追い出す気はしなかった。ただ彼女の両親に身の潔白を証明するのが億劫なだけだ。
棚に本を戻し、少女を見る。
返事は無かった。
小さく寝息をたてていた。
俺も寝ることにした。死ぬのは明日にしよう。