見届け人は夜に来る
漂う雰囲気はまるで真夜中の海のようだった。
ついてきたのか?
いや、たまたま同じアパートだっただけかもしれない。近所付き合いが皆無なので、可能性は捨てきれない。
無理矢理そう思い込み、俺は少女を無視して階段を一段一段上っていった。階段は先程の夕立に塗らされ滑りやすくなっていた。転ばないようにゆっくり進む俺のあとを彼女は尚もついてくる。
自分の部屋の前についた。
「……」
ぴったりと背中に少女がついている。
不気味だ。
「おい」
たまらず声をかける。
「なんだお前は。家に帰れ」
「……」
口を開かない。ずいぶんと無口な子らしい。
浅くため息をついてドアを開けて家に入る。
当然のように少女も続いた。
タタキで靴を脱いでキッチンを通りすぎ、リビングに行く。我が物顔で少女も続く。
さすがに、堪忍袋の尾が切れた。
「いい加減にしてくれ!」
怒鳴り付けると、少女は体をびくりと震わせ、怯えたように手を胸の前で交差させた。
「許可なく人のうちに入るんじゃない! 未成年だろ!」
「やっぱり、見えているんですね」
「あ?」
「……なんでですか?」
「なんでって……」
怒りがスッと冷めていく感じがした。
血液が冷静さを取り戻すイメージ。
「あのさ、からかってるのか?」
色んな小説を読んできたし、大抵の物語のセオリーはわかる。
だからこそ、見えないものが見えている可能性がどれだけ低いかも、俺は知っていた。
「からかっているつもりはありません」
冷静で落ち着いた語調で少女は続けた。
「ただ、驚いているだけです」
「驚く? あんたが見えていることが、か?」
こくり、首肯する。
「あのさ、本気にしているわけじゃないけど、ひょっとして、幽霊なのか?」
俺の質問に少女は困ったように眉間に小さなシワを作り、
「似たようなものです」
と端的に答えた。