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月夜の日差しの雨の晴れた日


 俺が自分で死のうと思って数ヵ月がたった。

 いまはコンビニでアルバイトをしつつ、次の職を気長に探している。

 貯金はないので貧乏だが、心を削ることはなく、気楽な生活を送っている。

 あの後、病院に行って椿のお見舞いに臨もうとしたが、受付に、にべもなく断られてしまった。

 いわくそんな入院患者はいないとのこと。

 俺だってバカじゃないので、その意味くらいすぐにわかった。

 外に出て、夏の風を全身に感じ、家に帰ってから少し泣いた。

 生きる意味とは、なんだろうか。


 いろんな説があるし、部位にもよるが、全身の細胞は3ヶ月で大体全部入れ替わるらしい。

 これもある意味生まれ変わりだよな、なんてばかなことを考えながら目の前の雑事に時間を潰している。


 めっきり秋が深まったある日、中番の仕事が終わり、駐輪場に停めてあるカブを目指していた時だった。

「あ」

 月を覆い隠すような分厚い雲から、しとしとと雨が落ちてきた。

 通り雨だろうか。

 バイクにカッパが積んであるので、コンビニに引き返すことなく歩き出す。

 少し冷たいが、肌にあたる雨粒が気持ちよかった。


「せっかくの中秋の名月が台無しですね」

 蛍光灯の下に一人の少女が立っていた。

 スポットライトに照らされたみたいに黒い影がアスファルトに落ちている。

「……ひさしぶりだな」

「はじめまして、ですよ」

 くすりと微笑んで少女は続けた。

「海外で手術を受けてきたんです。いきなり大量の寄付があったらしくて、恥ずかしながら生き延びてしまいました」

 金木犀が香る夜だった。


「やっぱり、両親は愛情を注いでいたな」

 仕事をやめたときに退職金と貯金を突っ込んだ募金箱の名前が一瞬脳裏を掠めたが、そんなできた偶然あるはずもないので、つまるところ彼女が生き長らえたのは愛のお陰なのだろう。

「どうなんでしょう。わざわざ私のために海外まで行ってくれるのはそういうことなんですかね。ただお金を使って横はいりしたって考えるとなんとも後味の悪いものを残します」

 ぶっきらぼうに少女は吐き捨てた。

「そうじゃない」

 雨粒は外灯に照らされて、光りながら落ちていく。

「見届け人が俺にしてくれたように、運命というのは意思で変えられるんだ。キミは運が良かったのかもしれないが、それを引き寄せたのは、一重に愛される人徳があったからだ」

 雨粒が前髪から垂れる。

「俺はそう思うよ」

「……そういうもんなんですかね」

 まだ納得いってないようだ。

「まだ私にはわかりそうもありません。嫌なことばっかりだから」

「そう思ってるだけだろ」

「雨が降ってきました」

「恵みの雨だ」

「傘を忘れてしまいました」

 おどけるように両手を開いて少女は続けた。

「ようやく体調が戻ってきたのに、またぶり返してしまうかもしれません。早く晴れてほしいものです」

 唇を尖らせて不機嫌そうだ。

「いや、俺は雨の方が好きだな」

「意味がわかりません」

「一人なら惨めな気持ちになるけど、二人一緒に濡れたなら、それはいい思い出になるだろ」

「……そう、かもしれませんね」

 仏頂面が崩れる。

 俺たちは同時に吹き出して、再び出会えた奇跡に感謝した。

 こんなにいい夜は久しぶりだった。

 いつ死んでもいいくらいの幸福感だ。

 だけど、いつか今日を越える気持ちになるかもしれないと思うと、

 もう一度だけ生きていようと考えた。




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