スッ転んで悪手
そこまで書いて筆をおいた。本当は生まれてからのことを年表のように並べたかったが、なにぶん遺書を書くのははじめてなので、勝手がわからない。
原稿用紙を三つ折りにし、目元を軽くマッサージする。書きたいことはまだまだあったが、遺書が完成したあと直ぐに逝けるようにしたいので、立ち上がって伸びをする。
死ぬと決めたはいいが、場所が悪い。
天井を見渡すが、古き良き日本家屋と違い、家賃七万、築五年のアパートには鴨井も梁もなく、なんとなく刑務所みたいだなと思った。
パソコン前のデスクチェアー引きずってキッチンに移動する。吊り戸棚をうまく使えば逝く事ができるのではないか、と考えたのだが、タバコで黒ずんだ天井に救いを求めるのは間違いのようだった。
レンジフードはどうだろうか。こいつの傘の部分を利用すればあるいは、と椅子の上に立つ。蛍火のように淡く灯る天付け警報器の電源ランプに目がいった。
天井ばかり眺めていたのがまずかった。体重のかけ方を誤り、椅子がガクンと大きく歪んだ。天地が逆転する。しこたま頭を壁にぶつけ、前のめりに床にたおれこむ。
「あっ!」
強打ともに痛みが上る。
ちかりと光った視界の外れで、インスタント麺のかけらが冷蔵庫の下で巣を作ってるのを確認しながら、俺の意識は霧散した。