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運命は道端で希望と消える


 入院しているなら生きているということだ。

 なにも知らない赤の他人がとやかくいうのは間違っていると思うけど、俺のいない世界にツバキもいないのはなんだか寂しく思ったのだ。

 ひび割れたコーヒーカップを回したり、ジェットコースター乗り場に行ってみたり、そんな箸にも棒にもかからない散歩をしていたら、いつの間にか太陽は西に傾き、空は赤く染まっていた。

 夕暮れを迎えてカラスが鳴く。

 山の上に建てられた遊園地の空気は澄んでいた。

「なあ、血液型、何型?」

「Oですけど、それがどうかしたんですか?」

「心臓移植ってさ、男女別でもできるの?」

「……くだらない考えはよしてください」

「ただ死ぬよりは有意義じゃねぇの?」

「そんな都合のいい展開、ありませんよ」

「まあ、そうだよな。適合するわけないし」

 見上げた空に一番星が輝いていた。

「下山するか」

「そうですね」

 二人連れだって同じ歩幅で歩き出す、

 木々の隙間を縫うようにして通りすぎた風は、涼風となり、夕涼みにもってこいだった。錆びた鉄が擦れる音に混じってひぐらしの声がする。

 閉園した遊園地はなんでもないのに感傷的な気持ちにさせた。


 上機嫌に歩いていたら、横にいたはずのツバキがピタリと足を止めた。

 不思議に思って彼女の方を向く。

「誰かのために生きてこそ、人生には価値がある」

「は?」

 俺の影が一つ寂しく伸びている。

 ツバキの言葉は凛と夕暮れに響いた。

「アインシュタインの言葉です。でも、そんなのエゴだと思うんです。誰かのためになったかなんて結局他人にしかわからないから。だから、やりたいように生きるべきだと思うんです。……そう、思いました」

「突然、なにを?」

「明日も晴れるといいですね」

 噛み合わない会話に対する苛立ちを口内に装填したとき、

 ごぅんっ!

 と、轟音が響き、地面が揺れた。

 思わず身体が跳び跳ねる。

 空気が音を引きずっている。

「は?」

 ビリビリと振動に全身が刺激される。大きな音に驚いたカラスが、けたたましく鳴き声を上げながら逃げていく。

 土煙が立ち込めていた。

 正面を向くと、赤黒い鉄骨が落ちていた。


 立ち止まらなければ、

 いや、ツバキと言葉を交わさなければ、おそらくきっと、下敷きになっていただろう。

 それほどまでに、紙一重だった。

 頭上を見上げるとフリーフォールがあった。その部品の一部だろうか。いや、そんなことどうでもいい。

 重量を物語るかのように、鉄骨を受け止めたアスファルトがひび割れていた。

「まさか……」

 今だった、のか。

 たった今、それが俺の死の瞬間だったのか?

「つば、き」

 確認しようと彼女がいた方を向く。

 日の入りとともに、少女の姿は消え失せていた。


「は?」

 夏なのに寒気がした。

 見届け人と嘯きつつ、物理法則に逆らうことをしなかった少女が忽然と姿を消したのだ。

 宵闇が辺りを黒く染める。

「なんで?」

 いつかの彼女の言葉がリフレインする。

 見えている寿命を教えてしまうと、輪廻の環に帰れなくなる。

 それってつまり魂が消滅するってことか?

 そんなばかなことがあってたまるか。

「ツバキ!」

 大声で叫ぶが返事はなく、薄暗闇にひっそりとこだまするだけだった。


 影が落ちた遊具が闇に溶けていく。虫の声すらしなくなり、辺りは静寂に包まれる。

 太陽は完全に沈んでしまった。

「くそっ!」

 悪態ついて走り出す。

 足がもつれて何度も転びそうになったが、その度にバランスを整えて歩調を緩めることなく走り続ける。

「くそくそくそくそくそ!」

 呼吸の端々にイライラが溢れて止まらなかった。

 人の許可なく、人が望みもしないのに、少女は、俺の死を回避させたのだ。

 頭に来る。

 頭に来る。

 頭に来る。

「おぉおおおおおお!!!!」

 町に出て、雑踏で叫んだら好奇の視線を浴びせられた。

 勝手に人の寿命を変えやがって。あってたまるか。そんなこと!

 なんの企みか知らないが納得できなかった。

 嘘だと叫びたかった。

 ラストの八人目で他人に干渉し、彼女は生まれ変わりを逃したのだ。

 そんなの俺は望んでいない。なにがやりたいように生きるだ、

「ふざけんなよ!」

 夜になっても俺は走り続け、ボロボロの体のまま自宅アパートに帰りついた。



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