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獣和  作者: 84g
5/7

 締め切りがあああああああああ!

 あと一日で、最終ページ、書けるのか!?

 「具合、どう? 先生?」

 「ええ、大丈夫です。それより申し訳ありませんでした。快適すぎて辛いくらいです」

 腰を痛めていたナカガキは、フォイルの指示で自室や病院ではなく、大きなベッドのある他国の要人用の客室に運び込まれていた。

 ゆっくり養生するようにって兄さんが云ってたよ、と見舞いに来たアルミナは屈託なく笑う。護衛官たちに囲まれながらも、慣れっこといった様子だ。

 「それよりも大事な場面で気絶なんぞ……肝心なときになにもできず、申し訳ない」

 「ううん、全然。皆無事だったから……」

 「? アルミナさま?」

 どこかよそよそしいのは、暗殺者に狙われたからだと判断していたナカガキだったが、長年の付き合いから違和感を嗅ぎ取っていた。

 「何か、相談ごとがあるのでは? 姫さま?」

 「……カメレオンって、ショックで色が変わるんだって。だからウソは吐けなくて……白は死ぬくらいのショックなんだって」

 「……よくご存じですね? 勉強してらしたんですか?」

 質問しながら答えは知っているような、ナカガキの大らかな言い回しだった。

 「私、本当は……ジャヴェリンがカメレオンの獣人だって……知ってたから、調べてて……だから……」

 ナカガキは聞き返さなかったが察していた。

 ジャヴェリンが五年前に獣人化した際、アルミナが縛り付けられた納屋の近くまで来ていた。

 そのことは獣人たち皆も知る事実だが、そのときに他の獣人たちの眼を擦り抜けて納屋の中に入っていたことはアルミナだけの秘密だった。

 獣化の痛みから意識を失って眠っており、アルミナはジャヴェリンを起こさないようにそのまま出て行き、その後、ジャヴェリンは覆面をして現れた。自分がなんの獣人かも明かさずに。

 「……私、ジャヴェリンが自分の姿を好きじゃないんだって思って、だから、知ってるって云わないでて、それでも、ジャヴェリンはいつか教えてくれるって……だから」

 少女は震えていた。肩も声も。

 ナカガキは優しく視線を傾けて続きを促した。

 「ジャヴェリン、私を庇ってくれて……嬉しかったけど怖くて。私のせいでジャヴェリンが呪文を受けちゃって、覆面取れちゃって、顔からもいっぱい血が出て……」

 「……だから、“ヤだ見ないで”ですか……」

 「だって、私の方を見てたら後ろからもっと攻撃されちゃうし、ジャヴェリンが顔見られたくないって云うのに、私見ちゃって、でも、だからって、私、ひどい云い方しちゃって……」

 「口から出た言葉は戻りません。無かったことには決してできません」

 ナカガキの正論に、アルミナが目を見張り、護衛官も眉をしかめた。しかしナカガキは変わらず穏やかな声で言葉を続けた。

 「だからこそ、ぶつけなさい。過去の言葉は消えなくとも、今の思いも消えません。その悩んだ分だけ伝えなさい。きっとジャヴェリンも受け止めてくれます」

 「そう、かな?」

 「違うと思いますかな」

 「……ん、ありがと。先生……また来てもいい?」

 「もちろんですが……もしかしたら、私は少しこの国を空けるかもしれません」

 「? 先生、どっか行くの?」

 「何分老体ですからね。療養で少しお暇をいただくかもしれません……しばらく教えられないかもしれませんが……勉強を忘れないように。毎日少しずつ、それが勉学の一番のコツですから」

 輝くような笑顔を見せ、ビッっと親指を立てるアルミナ。

 「私頑張るから、頑張ってね! 先生!」

 「……ええ、そうですね、お気を付けて」

 和やかな笑顔でアルミナと護衛たちを見送り、ナカガキは大きく息を吐き、ギラリとその目を光らせた。

 「……さて、では? フォイルさまも話があるんですかな? 護衛も付けずにいらっしゃるとは……お構いもできませんが」

 その目からは先ほどの丸さが取れて鋭く研がれ、視線は壁に向けられる。その視線に射抜かれたように壁の一部が外れ、甲冑も付けずに腰に二振りの刀剣を腰に備えたフォイルが現れていた。

 「よお」

 「ごきげんうるわしゅう」

 「……ナカガキ、お前には俺も魔術を教わってたな。回復魔法の間に攻撃魔術を教えてくれたの、お前だったよな」

 「懐かしゅう……ございますな」

 「一発で分かったぜ。あの自爆、昔、教えてくれた爆風操作の応用だろ? 反動で上に戻ったのか。流石だな。ナカガキ……いや、サルトビさんよ?」

 新官長の目がギラリと光った。その視線の中の殺意は先ほどのサルトビという暗殺者と全く同じものだった。

 「証拠は……というのは愚問ですな。フォイルさま、御一人ですかな?」

 「アルミナを悲しませたくない。他の連中に知らせるとアルミナの耳に入るかもしれないしな」

 「そう仰ると思いまして、姫さまには私が居なくなるかもしれないと伝えておきました」

 「すまんな、助かる。これなら俺一人でお前を始末すれば、お前は怪我が酷くて実家に帰ったってことにできるわ」

 「ええ、あなたを殺害したあとに立ち去っても、大して問題は無いでしょうね」

 これから殺し合うと云っているとも思えないほど静かな口調のふたりだった。

 フォイルからすれば妹を泣かせずに殺し屋を片付けるのが最優先、ナカガキ=サルトビにすれば国同士の同盟を崩すなら殺すのはアルミナでもフォイルでも構わないので、一騎打ちで殺せるなら問題ない。

 互いに殺し殺される利害が完全に一致しており、互いに平静に牙を剥く。

 「相変わらずの兄妹愛、ですな。昔からあなたがたの兄弟仲はとても嬉しく思っておりました」

 「おう、シスコンだからな。さっさと起きろ。ここじゃ死体の片付けが面倒だ」

 どっちが暗殺者だかわからないフォイルの暴論にすっと立つナカガキ。

 既に先ほどの戦いで受けたダメージは自らの呪文で回復しているらしかった。

 「では、地下室ですね。ここの真下……今、フォイルさまが通ってきた道ですね?」

 「……やっぱり知ってたか。一応、王家しか知らないってことになってんだけどな」

 「命令があれば、どなたでも暗殺するつもりでしたから」

 「もちろん寝返る気はないよか? お前のことは皆が信頼している。利用価値が高い。知っていることを全部吐いたら考えてやる」

 「では、私は先に行きます」

 ナカガキが開いた穴をすべり降りる。

 ほんの短い間だが、ナカガキはフォイルの幼い頃を思い出していた。

 昔は回復魔法の勉強から逃げ回り、攻撃呪文は必死に学んでもほとんど覚えられず、国政や剣術は学ぶまでもなく理解した。

 色々な意味で教えにくい子だったフォイルが自分と殺し合うことになるとは。

 ナカガキは自分も長生きしていたものだと思っていた頃、足裏に何かが付いた。出口まで来たかと思ったが、それは取ってつけたような土の壁だった。

 「これは……土の魔術で蓋をしてある……? なるほど、そういうことですか」

 《冬の雄叫びを聞け! 闇からの声、新たなる顔を見せ牙を剥け!》

 薄っすらと頭上からフォイルの呪文が聞こえてきたことで自分が少なからず油断していたことを痛感しつつ、追いかけるようにナカガキも呪文を唱える。

 前以て行き止まりを作っておいた道に落としてから呪文を唱える。簡単すぎる罠で警戒すらしていなかった。

 大国の王子ともあろうフォイルが暗殺者に一騎打ちを仕掛ける段階でありえないが、それがこんな安い策戦を使うというのはナカガキも警戒の外。そして同時に呪文が完成した。

 《神斬吼破(ソウル・ディバイダー)!》

 《芯振導(ウェイブレイク)ッ!》

 上から降り注ぐフォイルの攻撃呪文を両手に這わせるように発動した振動呪文で受け止める。受け止めた衝撃を利用して足元の土壁を割り、ナカガキは下へと滑降していく。

 途中でいくつか土壁があったが、ナカガキは攻撃呪文を唱えて足元の土を排除し、本当に地下室の床に辿り着いた。

 降り立った瞬間、たいまつの薄明りの中、埃が濛々と立ち込め――そして一筋の銀光が走った。

 ナカガキは老人とは思えない柔軟性と瞬発力で体を捻り、埃を巻上げながら地面を転がって銀光から距離を置いた。

 「避けやがったか」

 「……なるほど。私が土壁を破壊して地下室に降りている間に、別の入り口からここに先回りしていたわけですか」

 「まあ、失敗したけどな」

 悪びれもせずに平然と云ってのけるフォイル。走った銀光は彼の刀の一閃だった。

 二大国の血を引く王子で聖騎士の称号を持つ男の攻撃とは思えなかったが、ナカガキには批難の色はない。

 命懸けの戦いなのだ。汚いことなどはない、それは暗殺者たるナカガキが一番良く知っていた。

 「まあ、素手で戦えなんて云わないさ。これを使え」

 フォイルは腰に付けてあった刀を放り投げる。フォイルが持っているものと同じ形のロングソード。

 「知っての通り、斬魔刀と呼ばれる魔術を斬れる剣だ。俺も使っているからこれで対等だろ」

 「……お気遣い痛み入りますが……私の方だけ持ち手に何か巻いてあるのですが、これもご配慮ですか?」

 「滑り止めだ」

 確かに見た目は滑り止めに包帯か何かを巻いているように見えるが、よく見ればささくれ立った棘のような物が生え、妙に照っていた。

 「今、フォイルさまの持っている方を貸して頂けますか?」

 「ヤだ」

 「なぜ?」

 「だって、お前の方、痺れ薬塗ったし」

 「……」

 「……」

 「あなたは正々堂々という言葉をご存じ無いのですか!?」

 「お前が教えてくれなかったからな!」

 そこで同時に呪文詠唱を開始し、素手のナカガキは下がり、斬摩刀を持つフォイルは前に出る。

 逃げ回りながらの呪文戦、先に呪文が完成したのは……ナカガキ!

 気にしないとばかりにフォイルは斬魔刀をフルスイング。しかしナカガキは包み込むように受け止め、唱え終わっていた呪文を解き放つ。

 《芯振導(ウェイブレイク)ッ!》

 放たれたのは先ほど滑降している最中に土壁を突破した振動呪文。ナカガキの両手を覆うように発動した振動は、手中の斬魔刀を叩き折った。

 《速くっ…うお…! 研ぎ澄ましぃいっ!》

 「教えたでしょう? 人切り包丁を人間が折り、竜殺しをドラゴンが砕くように、斬魔刀を魔術で折れる、と」

 ナカガキは両手の振動呪文が残っていて詠唱できないことから余った口で一言。

 それを打ち消すようにフォイルの呪文が完成した。

 《神斬吼破(ソウル・ディバイダー)!》

 「まだ、残ってますよ!」

 放たれた呪文を、先ほど斬魔刀を叩き折った残っている振動呪文で受け止めて見せた。

 だが、フォイルも折れた刀の先端を拾う。手のひらに刃が食い込むほどの握力で握りこんで放った一撃はをナカガキは左腕で受け止めた。

 左腕が鮮血を巻き上げる中、そんな痛みを感じていないとばかりに放たれたナカガキの前蹴りが正確にフォイルの顔面を踏み抜いた。

 放ったナカガキはその勢いで大きく後退し、その口は既に回復呪文を詠唱している。

 「だ、くそっ!」

 ベットから直接連れてきため、ナカガキが靴を履いていなかったから鼻が曲がって左目から血が滲む程度で済んだが、スパイク付きのブーツで踏み抜かれていたら顔面が潰れていただろう。

 フォイルは頭を振って頭の中を調整し、その間にナカガキの回復呪文が完成した。

 《決栓(ヒールストッパー)

 短い呪文の後、ナカガキの出血はピタリと止まった。

 一連の攻防でフォイルは斬魔刀を折られ、頭には軽くないダメージを負っているが、ナカガキは左腕を失ったもののダメージは残っていない。

 寝巻のナカガキに、斬魔刀の戦闘態勢で挑んだフォイルだったが、ほぼ戦況は五分まで追い込まれ、ナカガキは呪文を唱えるのではなく、口を開いた。

 「……ところで、フォイル殿下? 伺いたいことが有ります」

 「冬の雄たけびを……なんだよ?」

 呪文を中断してフォイルも応じる。フォイルが頭に受けたダメージは戦うより休むことを選択しなければならないほどのものだった。

 「殿下、攻撃呪文は神斬吼破(ソウル・ディバイダー)だけですか?」

 「……え、いや、そんなわけは……ねえだろう」

 「さっきからそれしか使っていないようですが」

 「便利だからこれ使ってるだけだよ」

 「それはマナ計算が無くても使えますが、詠唱が長いでしょう? 先ほども私の方が後に詠唱を初めたのに、呪文完成が私の方が先だったでしょう?」

 神斬吼破(ソウル・ディバイダー)は炎や氷といった属性を用いない分、マナのコントロールが容易だが、その分、威力を維持するために長い詠唱を必要とする。

 難度は低いが使い勝手の悪い呪文、先ほどからこればかり使っていれば気づかれる。

 魔術師として必要不可欠なマナコントロールができないという難点が露呈していたが、フォイルは詠唱を開始する。それは神斬吼破ではなかった。

 《極めた赤、澄んだ赤、一つ足の帝王よ、今こそ……》

 「コ、王鎖蛇破流(コンチネンタル・ブレイキング)ッ!?」

 炎系最強の呪文であり、火球を連続して出現させ、敵一体を焼き尽くすまで連射し続けるという魔術師の中では有名な呪文だが、それ故に欠点も周知されている。

 まずゼラーズのような炎魔術が使いやすい環境であっても呪文が恐ろしく長く、発動した段階である程度の距離を開ければ発動できない。

 強力さと脆弱さを備えた呪文だが、地下室で放たれれば、回避は不可能。

 しかも、呪文を唱えたまま、フォイルは両手足を突っ張らせ、蜘蛛男のように先ほど滑り降りてきた穴から登っていく。

 《守りの息吹! 立ち上がれ! 赤絶つ盾、》

 先ほどナカガキがされたように穴に攻撃呪文を放り込む手も有ったが、唱えだした呪文は攻撃呪文ではない。

 フォイルが登って行ったのは先ほどナカガキが降りてきた穴ではなく、中がどうなっているのか推測できないし、斬魔刀のような呪文を防ぐ手段を用意している確率が高い。

 片腕を切断されているナカガキには後を追うこともできない。ならば、と唱えているのは対火炎の防御呪文。

 完全な王鎖蛇破流(コンチネンタル・ブレイキング)ならば止める手段はないが、フォイルは呪文に関しては未熟。不完全な形での発動になる可能性は高い。

 ならば、防御呪文の詠唱が一番生存率高い。ナカガキはゼロコンマ数秒の判断の結果、その形に落ち着き……そして。

 《炎離障(ステイガスト)! ……守りの息吹! 立ち上がれ! 赤絶つ盾!》

 ナカガキの選択した防御呪文は、単独での防御力も高く、重ね掛けできるタイプ。

 一発目の詠唱が終わると同時に同じ呪文を開始。そのとき、フォイルが壁の穴から降りてきて一気に間合いを潰し、そして。

 《王鎖蛇破流(コンチネンタル・ブレイキング)ッッ!》

 《炎離障(ステイガスト)!》

 ナカガキが二発目の防御呪文を放つのと全く同じタイミングでの宣言だったが、フォイルの呪文は発動しなかった。

 ――やはり、不発!――

 ナカガキが思う一瞬、フォイルは何かを拾い、そして、ナカガキの胴体が横薙ぎに両断された。

 「……は?」

 フォイルの手に握られていたのは斬魔刀。

 取っ手には滑り止めが巻いてある先ほどフォイルが毒が塗ってあると云っていたナカガキに渡した方の斬魔刀。その姿にナカガキはやっと得心が行ったらしかった。

 決着が付いた。死を待つはずのナカガキはどこか晴れやかなのに対し、生き残ったはずのフォイルの表情は曇っていた。

 「毒は……塗ってなかったんですね?」

 「ああ、ただ包帯を巻いてただけだ」

 「……もし、私が気付かないでそのまま使っていれば、どうしたんですか?」

 「あんたは……俺の魔術の師匠だからなそんなマヌケは有り得ない」

 「……随分と、高い評価……ですね」

 「……なあ、どうしてこうなった? あんたは二十年もこの国の神官長で……アルミナも……俺もあんたを信じてた。なのに……」

 「二十年ですか……楽しかった。本当に……」

 大きく息を吐いたが吐血する血も全て腹から流れ出しているようで、口からは息だけが漏れる。

 そして、血が出る代わりにその顔は赤く毛深くなっていった。

 「な、ナカガキっ!?」

 「心配いりません、元の姿に戻るだけです」

 徐々に、それでいて急速に、猿そのものに変わっていく。血の気が引いているが赤い顔。ニホンザルの獣人だった。

 「獣人……だったのか、だが、バカな!」

 「……あなたは、気付いていたのでは? 我々獣人がなんなのか?」

 フォイルは聖騎士として獣人たちと戦い、その特性と不自然さをほぼ理解していた。

 人と獣の力を併せ持つが、繁殖は人間と同じ。それどころか獣人同士では子は成せない。

 亀の獣人からカメレオンの獣人が生まれるような奇妙さ、そして亀といった長寿の生き物の能力を持っていても命は短い不自然。

 短い寿命にも関わらず、低い繁殖力と高すぎる戦闘力、それらの情報を得れば通常の生き物では有り得ないという結論に辿り着くまでには大した時間はかからなかった。

 「お前たちは……デザイナーズアニマル……恐らく、戦闘用に作られた魔術生命体だ」

 「恐らく正解です。そして……私の祖国は一時的に獣化を解く魔法薬を開発していました」

 既にナカガキの姿は猿そのものになっていたが、その顔が見る内に干乾びるようにしわだらけになっていく。それは獣化というより老化そのものだった。

 「それは、まさか!?」

 「ええ、獣人としての私の寿命は既に尽きています……だから、このように薬が切れて獣に戻れば……老いから逃れられない」

 一度生えそろった毛がタンポポの綿毛のように抜け落ち、地下室の中の僅かな空気の動きで抜け落ちていく。

 「どうして……なんでだ……!」

 「潜入者として、神官長として、人として……ここでの二十年は楽しかった……捨てられなかった、何も……まだ、生きていたかった……」

 無性にフォイルはナカガキを抱きしめてやりたくなったが、それができない冷静な自分に腹が立った。

 まだナカガキは生きている。その気になれば獣人に戻った今、腕力だけで自分を殺せるかもしれない。そんな風に考える自分が嫌だった。そこまで考える賢しい自分が嫌でも、会話を続ける以外にフォイルに取るべき選択肢は無かった。

 「……疑問だった。なんでジャヴェリンが帰ってきてからアルミナを襲った? その前、魔術を教えている間なら誰の邪魔もなく殺せたはずだろ?」

 「……アルミナさまは常々、ジャヴェリンと共に在りたいと話していましたから……一緒に殺すのが自然だと思い……ました」

 「ならなぜだ! なぜ投げナイフに痺れ薬なんて塗ってた!? 殺すつもりなら猛毒を塗れば良い! 用意する時間は二十年も有ったんじゃないのか!」

 「……それは……次に会うときの宿題、ということで」

 「暫くは俺もアルミナもそっちには行かないぜ?」

 「っそ、ほ……ァ……」

 ナカガキの言葉は、遠くから叫んでいるようにハッキリしなかった。

 それは、遠くからの言葉になってしまっていた。もう戻って来られない場所からの。

 「……許せねぇ」

 何が、だろうか。

 フォイルは無意識につぶやいた言葉の正体が分からないまま、ナカガキの死体と斬魔刀を置いたまま地下室から這い上がっていった。

 走る。敵はひとりではない。

 最初にナカガキが攻撃したとき、ジャヴェリンを圧倒したものの、続いて現れたフォイル、ガッシュ、ガルシアと助っ人が現れ、そのときに自爆したふりで撤退していたが、状況が不自然すぎた。

 フォイルは鉱脈発見の報を聞いてアルミナを守るために走っており、ガッシュとガルシアは爆発の音で現れたと話した。

 ガルシアは数十秒前まで炭を運んでいて近くにいて理解できるが、“なぜガッシュはあの場に居たのか?” 獣人たちは王宮を好まない。それが、なぜ?

 そもそもジャヴェリンとガッシュは呪文を恐れず飛び掛かり、どちらかが犠牲になってでも倒すつもりだった。

 そのときにガルシアが現れて犠牲者は出なかったが、もし、“ジャヴェリンが呪文を受けた挙げ句、ガッシュが裏切っていればどうなっていた”?

 当然ナカガキは倒せず、フォイルひとりでふたりを相手にしていただろう。

 そんな不自然な状況であったが、証拠はなかったため、アルミナを泣かせたジャヴェリンの監視という形でガルシア・ジャヴェリン・ガッシュをひとまとめにしておくに留まった。

 当時、少なくともフォイルにとっての最優先はアルミナにナカガキの正体を知らせないまま始末するために慣れない土の魔術で脱出路をふさいだり、色々と細工をする必要があり、ガッシュは推定無罪で放置せざるを得なかった。

 暗い穴を登り切り、返り血を浴びた衣服を用意しておいたものに替え、フォイルはアルミナの元に走ろうとするが、城内の落ち着かない雰囲気を察した。

 自分が数分間連絡不能にはなっていたが、そのことは伝えておいたはずだが、そんな風に思いながら走り回る兵士を呼び止めた。

 「……あ、フォイル殿下! 殿下はご無事でしたか!?」

 「!? 何が有ったんだ?」

 「アルミナ姫さまが行方不明です! 何かお心当たりはありませんか!?」

 フォイルの意識が遠のいた。先ほどナカガキに顔面を踏み抜かれたとき以上の衝撃が襲うが、意識を失うわけにはいかない。

 そして、フォイルは手持ちの情報から回答を導く。


 ――だからこそ、ぶつけなさい。過去の言葉は消えなくとも、今の思いも消えません。その悩んだ分だけ伝えなさい。きっとジャヴェリンも受け止めてくれます――


 先ほど、ナカガキが戦う前にアルミナと話していた言葉がフォイルの脳内で琴線に触れた。

 アルミナはジャヴェリンに会いに行くために抜け出したのではないだろうか? “ガッシュと一緒に居るはずのジャヴェリンに会いに!”


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